グリモワールの修復師

アオキメル

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1章 リリスのグリモワールの修復師

11 工房その二

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 分解された本の横にはピンセットやヘラ、ハサミなどの道具が置いてある。
 机の上には他にも道具が置かれている。

「こんなにボロボロなのに、本当に直るものなのですか?」

 直せると聞いたものの、こんなにバラバラの状態だ。

「本としての元の形態になら直すことはできるよ。
 ここまで分解してると解体の手間が省けて、むしろ楽かもねぇ。
  まぁ、封印するための効果までは直せないけどねぇ。
 魔法陣が焼き切れてるし、古の術式みたいだから現代の技術では再現できない」

「本としては直せるけど、封印の道具としては使えないのですね」

 私は眉をひそめる。
 やはり、私はけっこうな罪を犯してしまったようだ。
 メルヒはさっき”壊れたものは直せばいいそのために僕がいる”と言ってたけれど重要な魔術部分が直らないのでは直せないのと一緒なのではないだろうか。

「この世に完璧な修復っていうのは、存在しないんだよ」

 メルヒは困惑している私に諭すように言った。
 封印の魔術書グリモワールとしてはもう使えないのなら、メルヒはなんでこの本を直しているのだろう。

「この本を直しても、あの狼を封印することは出来ないのですよね?
 それなら、なんでこの本を直そうとしているのですか?」

「この魔術書グリモワールは何も出来ない本だとしても貴重なんだ。
 封印が出来なくても、調べる人にとったらこの焼き焦げた魔法陣だって術を使うヒントになる。
 僕も直しながらヒントを見つけようとしてるところなんだよ。
 あの狼はけっこう手強そうだからねぇ。
 自分が壊した本があると思うとリリスも落ち着かないでしょう」

「何もかも気を使わせてしまって申し訳ないです」

 しゅんと気持ちがしぼんでいく。

「いいんだよ。
 知らないこと疑問に思うことがあるなら、どんどん聞くといい。
 手は働いてるけど口は自由だから」

 こうやって話している最中もメルヒの手は動いてた。
 その作業はテキパキとしていて、見ていて面白い。
 メルヒは破れた本紙に合わせて、薄い紙をちぎり水のようにサラサラとした糊を使い、破れを繕っていく。
 糊がくっつかない布をあて、アイロンをかけた。
 布をとると糊は乾いている。
 本紙からはみでた紙をハサミでチョキンと切り取りとればこの作業は完成だ。
 破れは見事に塞がってる。
 トントントンと折帳を揃えていく。
 次は針と糸を使うようだ。
 メルヒは切れた綴じ糸をルーペを持って観察している。

「ふーん、麻紐とかじゃなさそうだねぇ。
 特殊な糸で綴じられていたのかな…
 これにも魔術的要素を盛りこんでいたんだねぇ」

 そう呟きながら、棚を開ける。

 そこにはたくさんの種類の糸があった。

「わぁ、こんなに種類があるのですね」

 太さも色も様々な糸が並んでいた。

「このつやつやして光沢があるのが絹糸、こっちの金糸がリリスが着ている服に使われてる絹糸。
 同じ蚕からできてるけど、幼虫のときに与える葉が違うんだ。
 魔素が入った特別な葉を食べてるんだよねぇ」

 そう言って、二つの糸を見せてくれる。
 キラキラしていて面白い。

「同じようにこっちの麻糸も植物の段階から作り手が魔素を与えて育てたものを紡いだものだよ」

 机の上には置いてある通常の麻糸と並べてみる。
 こちらにもキラキラした靄が見えた。

「ふむ、この本に合う糸を出してみたけど違うみたいだねぇ」

「そうですね、なんかキラキラの色とか靄が違いますね」

「そうそう、なんかしっくり来ないんだ…ん?
 リリス、君なにか見えてる?」

 不思議そうな顔をしたメルヒがこちらを見つめる。

「色違いの糸は全部キラキラしてます」

 見ていてとっても面白い、キラキラ光る粒子に触れた。
 パチンと弾けて、煌めきが増える。
 指先に光がともって魔法みたいです。

「ふふ、綺麗ですね」

「…さわれてるねぇ
 それなら、少し手伝って貰おうか」

 メルヒはそう言って、私にルーペを手渡した。

「そのルーペで綴じ糸を観察して、この棚の中から見つけてくれるかな」

「えっ、いいんですか?
 私、メルヒ様みたいな専門家じゃないのに…」

「試しに探してみてよ。
 見てるだけだと退屈だろうしねぇ
 これはただの物探しだよ」

 試すような微笑みをこちらに向ける。
 私はルーペを受け取り、綴じ糸を眺めた。
 白くて光沢があるつやつやとした糸
 太さはそこまでない。
 纏っている粒子の色合いは透明な煌めく水
 触れるとひんやりと冷たい感触が指先に伝わった。
 これと同じものを棚の中から探せばいいのよね。
 たくさんの糸がある棚を見る。
 似たような色がたくさんあるが、一つだけ水の粒子を纏った物があった。
 触れると先ほどと同じように指先がひんやりと冷たい。
 糸を探してと言われたが、これは糸なのでしょうか?
 液体の入った小瓶を手にとる。
 光に透かしてみてもやっぱり液体だ。
 糸の棚にあるものとしては不自然。
 これ、糸じゃない気がする。
 なんで、この棚にあるんだろう。
 首を傾げる。
 でも、この瓶から同じ煌めきを感じる。
 もしかして…ひとつじゃない?
 あの綴じ糸を再現するには…
 はっとひらめいて、メルヒが先ほど取り出した通常の絹糸を手に取った。

「きっと、この小瓶とこの絹糸です」

 私は二つを差し出した。
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