グリモワールの修復師

アオキメル

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1章 リリスのグリモワールの修復師

10工房その一

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「あっ、この本」

 ふと、メルヒの後にある作業机に目が留まる。
 そこには目の前で鎖が解け、無残な姿になった、あの本が置かれていた。
 これは私が壊してしまった本だ。

「あの狼を封印していた魔術書グリモワールだよ」

「私がここに来なければ、この本はこんな姿になかったのですよね」

 あの時のことを思い出して震える。
 落ち着くために自分を抱き締める形で腕を組んだ。

「寝ている時に声が聞こえたんです。
 その声に名前を聞かれてリリスって答えたら、気づいたらここにいて…
 声に促されるまま私がその本に触れたからこんなことに…
 助けて頂いたのに迷惑掛けてしまって、ごめんなさい」

 表紙、本紙とパーツごとに分解された本は痛ましい。
 心が痛んだ。
 喉に苦いものがこみ上げ、視界が滲む。

「気にしなくて大丈夫だよ。
 これは事故だ。
 リリス、君はあの狼に利用されただけだよ。
 そもそもこの本を書庫に戻さないで、置きっぱなしにした僕が悪いよ。
 こうならないように、書庫があったのにねぇ」

 そう言ってメルヒは申し訳な顔でこちらを見る。

「そんな顔しないでいいんだよ」

 メルヒは私の頭に手を伸ばし、落ち着くように優しく撫でた。
 心地よくて、心が暖かくなる。
 そしてメルヒは言った。

「壊れたものは、直せばいいんだ。
 そのために僕の仕事があるんだから」

 メルヒの言葉はとても心強くて、私の心をつかんだ。
 このどきどきはなんだろう。
 瞳が濡れたせいか世界がキラキラとして見える。
 これは恋?それとも新しい何かへの好奇心?

「この本のことそんなに気になるのなら、しばらく見ていくといいよ」

「いいのですか?」

「もちろん」

「ありがとうございます」

 本の修復なんて見たことがない、間近で見れるなんて貴重な体験だ。

「というわけだから…」

 メルヒはずっと静かにこっちを見ていた三つ子達の方に向かって声をかけた。
 三つこの子達はにやにやと笑っている。

「三つ子たち。
 リリスは僕が見てるから、君たちもどこかで遊んでおいで」

「「「いやー」」」

 全員で首を横に振っている。

「ここが楽しそう」

「ボクもここにいたい」

「…離れません」

 やれやれと言う顔をしてメルヒは言う。

「けっこう、長くなるんだけどねぇ」

「「「いやー」」」

 メルヒが仕方ないなという顔した。

「そう、なら好きなだけいるといいよ」

 それに三つ子達ら喜ぶ。

「「「主様好き」」」

 ボフッと音がして三つ子達はそれぞれカラスになり、メルヒの頭と両肩に乗った。
 スリスリと頭やくちばしをすりつけている。

「む、重い」

「えっ、鳥?
 ルビーちゃん?サファイアちゃん?エメラルドちゃん?」

 三つ子達は使い魔でカラス?
 この子達はカラス。

「ほら、急にカラスになったからリリスが驚いてるじゃないか」

「リリス様びっくりした?」

 青い目のカラスが首を傾げる。

「…ビックリしました。
 でもお部屋を見た時にうすうす鳥さんなんじゃないかと思ってましたよ。
 人にもカラスにもなれるのですね。
 どちらも、かわいいです」

 カラスをこんなに近くに見たことがないので珍しい。

「「「カァ、これが本来の姿」」」

 サファイア、ルビー、エメラルドそれぞれの石の名の通りの瞳をしている。

「驚いたけど、これからもよろしくね」

 カラス達に指を差し出す。
 ルビーとサファイアが順番にこちらに飛んでくる。
 それぞれ優しく顎を撫でた。
 フワフワの羽毛の感触が気持ちいい。

「「リリス様も好き」」

 スリスリと身体を擦りつけてくる。

「邪魔にならないところに、いるんだよ」

 そう言われて、三つ子のカラスはそれぞれのとまり木に飛んでいく。
 この部屋には、とまり木もあったのですね。
 不思議な道具がありすぎて、気づかなかった。

「さて、仕事をしようかな」

 メルヒは本の修復作業をはじめるようだ。
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