グリモワールの修復師

アオキメル

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1章 リリスのグリモワールの修復師

4 目覚め

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 騒がしい声がする。
 ぼんやりとした意識でそう感じだ。
 肌にはぬるい水が張り付いてる気持ちの悪い感触があった。
 私は、どうしたのだった?
 ただとても身体が重かった。
 このまどろみにもう少しおちていよう。

 次に意識がはっきりしたのはどれくらいだっただろうか。
 突然、頭の中に声が響いた。

 タスケテケ…
 キコエテルだろう
 オレサマを…タスケテ
 クルシイ…
 クルオシイ…
 タスケテ…

 世の中にこんな音を出すものがいるだろうか。
 とても禍々しいソレは頭に直接語りかける。
 耳に残る言葉がとても不愉快で目が覚めた。
 目を開けるとそこは見知らぬ天井。
 頭にねっとりと語りかけてきた。
 何が起きているのか考えないといけないはずがぼんやりとして思考が全然機能しない。

 コッチ…コッチにこい
 名前をイエ

「私は…リリス」

 むくりと上半身を起こし、自分の名前を口にした。

 このコエに答えたナ
 リリス

 するとどうしたことだろう…
 自分の意思と反して身体は声のする方へ歩みを進めた。
 身体が自由に動かせないことに気づきはしたが、すでに訳のわからない状態でここがどこかも分からない。
 抵抗もできないし、このまま身を任せることにした。
 ズルズルと足を引きずりながら部屋の様子を瞳に映した。
 鏡、白い服、ドロワーズ。
 頭に靄がかかったみたいだ。
 瞳に景色を映しては通り過ぎる。
 木製のドア、白い手
 続く大理石、地下へ至る螺旋階段
 頑丈な扉、昇る螺旋階段
 続く大理石、工房のプレート
 机の上に本。

 ココからダセ
 オレサマはココだ!
 触れるダケデイイ!

 また頭に語りかけてきた。
 机の上の本に手を伸ばす。
 もう触れてしまう。
 怖くなって、思わず目を閉じた。

 ガチャと音が聞こえた瞬間、思考する感覚と身体の自由が戻るのを感じだ。

「コホッ、ゴホッ。
 いったい、何が起きているの?」

 シャランシャラン
 鎖が解ける音が響く。
 本がくるくると空中に浮き回りながら鎖を地面へと落としていく。
 本はメリメリ音を立てながら表紙と文字が書かれている本紙が分離し、さらには本文の喉がぱっくり割れ綴じ部分が無残にちぎれた。
 そのまま本の残骸から火花と煙が立ち込めてきて、中から見たこともないような獣が出てきた。
 灰紫アッシュモーヴの毛並みを持つ狼のような獣だ。
 その姿もまた一瞬で霞むと、美しい青年が現れた。
 灰色の髪につり目気味の灰紫アッシュモーヴの瞳が野性味ある青年だ。
 よく見れば頭部から獣の耳がぴょこんと出ている。

「感謝する。
 美味しそうな、お嬢さん」

 真っ直ぐこちらを値踏みするように視線を寄越す。
 私は返事をせず困惑の表情を浮かべる。
 本から魔族が出てくなんて…。

「まさか、こんなに易々と洗脳にかかるとは思わなかったぞ。
 やはり人間はたやすい生き物だな」

 一歩一歩こちらに近づいてくる。
 そのまま、顔がだんだん近づいてきて、顎に手をかけられ顔を上げさせられた。

「それでは、味見を…」

「…っ!」

 唇に冷たい感触を感じた。
 唇を堅く閉じてさらに侵入しようとする舌を拒絶する。
 腰に手をまわされ、両腕は男の片手で拘束され、ゆっくりと床に倒された。
 男性に、たぶん狼だと思うけど…
 こんなことされたのは初めてだ。
 こんなにも抵抗出来ないものなのね。
 こわくて声も出ない。
 必死に抵抗の意思を込め、睨んだ。

「…なんて、美味しい魔力。
 波長が揃ってただけあるな。
 いつまでも食らっていたい」

 獣の男は腕で唇を拭うとニヤリと笑った。
 力が抜けるような感覚が体を走る。

「次はこの首元の味見を…」
「…っ!」

 かぶりと首筋に牙を立てられた、小さな痛みを感じるが、それ以上に身体がだるい。

「こっちも美味しい。
 すごく気に入ったよ、リリス」

 ぼんやりと獣の男が続けるのを聞く。
 もう睨む元気も出ないことに気づいた。
 このままこの狼の食事として生を終えるのかもしれない。
 吹雪の中の逃亡は意味をなさなかったということになる。

「俺様の声が届いただけでも、幸運だってのに封印まで解いてくれて、さらにはこんなに美味しい存在!」

 耳をフルフル震わせる動きから男の歓喜の感情が伝わってくる。

「そうだ!ただ全てを食らうだけなんて勿体ない。
 今日からお前は俺様の花嫁だ。
 俺様の糧となれ」

「!?…」

 ビクリと反射的に身体が動く。

「俺様の所有物として花嫁の印を刻んでやるよ」

 殺される訳じゃないが、このまま抵抗しなければ、この男に何かされる。
 しかし押さえつけられていて抵抗する力は足りず動けない。
 男は私の首筋の血を手に取り胸の中央に魔法陣を描いた。
 そこに男自身の血の雫をたらし、貪るように胸元に唇づけられた。

「くっ…」

「ふん、抵抗を感じるな
 だがもう遅いぞ」

 魔法陣が光輝き術式が展開したのが分かった。
 胸が締め付けられる苦しみに耐える。

「…くっ、痛い」

 何が花嫁の印だ、これは奴隷に施す術式ではないのか。

「耐えろ」

 表情は無表情であったが、しっぽを見るとご機嫌そうにゆらゆら揺れていた。
 魔法陣の光が消えると、痛みも苦しみもなくなった。
 胸を見ると刻まれた魔方陣が肌の中に沈み消えた。

「これでリリスお前は俺様ワーウルフ族のグレイのものである。
 俺様の糧として生きろよ」

 グレイは素晴らしいことであるかのように宣言する。
 これは殺され食べられてしまうよりも良くないことだ。
 生まれたその瞬間から、決まった道筋を歩いてきたけど、破滅への運命は私を追いかけて来るのだろうか。
 運命から逃げても違う運命にからめとられる。
 これでは逃げ出した意味が無い。
 一族から逃亡したのに違う魔族に捕まるだなんて。
 このまま、どこかに連れていかれるだろう。
 出てきたばかりなのに、息苦しい世界に戻るのだろうか?

「おい、何をいつまでも呆けている。
 俺様の花嫁に選ばれたんだ、もっと喜べ」

 瞳から涙が出てくる。

「泣いているのか?」

 ペロリとグレイは顔を舐める。

「美味しい」

 不快感が身体を走り、グレイを突き飛ばした。

「やめて、何もしないで!」

 ハッキリと拒絶したのと同時にピリっと身体に痛みが走った。

「…なに…これ、痛い」

「リリスが俺様を拒否するからだ。
 大人しく従っていれば何も無いぞ」

「こんなの、ひどい。
 私に何をしたの?
 印ってなに?」

「俺様の所有物である印だ。
 他の魔族に喰われないように施した。
 リリスは全てが美味しいからな。
 生かしていれば必ず狙われるだろう。
 あまり抵抗すると俺様も面倒になって。
 丸ごと喰らうぞ」

「…ひっ」

「ん、足音が複数近づいてくる!」

 急にグレイが動いた。
 グレイは耳を震わせ警戒の姿勢をとる。

「俺様のリリス。
 敵が来た、ここから移動するぞ。
 もちろんお前は連れていく」

 獣がそう告げたその時、部屋のドアがガチャリと開いた。
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