オチのある話

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タイマー

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 製品タイマーはご存知だろうか。都市伝説として扱われているこのタイマーは、一定の期間が経過すると作動し、家電製品などが故障するといった物である。保証期間が過ぎたタイミングでこのタイマーが作動すると、消費者は修理依頼や買い替えを検討する。何とも恐ろしいタイマーがあるのだろうか。しかし、あくまでもこれは都市伝説である。だが、火のない所に煙は立たぬともいう。

 未来は製品品質保証部に所属している。そこでは製品可否検査および分析を行なっている。未来は分析業務が担当であった。いつものように業務をこなしていると、一つの疑問が生まれた。未来は上司の風間に話しかけた。
「風間さん。今よろしいでしょうか?」
 風間は未来の顔に視線を向ける。
「どうした」
 未来は手元の電子パッドを渡した。
「これを見てください」
 そこには製品に問題がないことを証明したデータが表示されていた。
「これが何か?」
「あくまでもサンプリング検査によるものですが、いずれも問題がありません。なのに、保証期間が過ぎると故障する製品が多発しています。保証期間を終えてから数年間は故障する可能性が低いと、AIによる分析で分かっています。それなのに…」
 風間は未来の言葉を制止した。
「言いたいことは分かった。それでもAIはまだ完ぺきではない。まだ開発途中なのだよ。分析通りに行かないこともある」
「ですが。これはあくまでも私の予想ですが、わざと故障するようにしているのではないですか?修理費や買い替えによって収益を得て、それをAI開発費に充てているという噂も…」
 風間は電子パッドを未来に返した。
「あまり良からぬ妄想はお勧めしない。君は与えられた仕事をこなせばいいのだよ。話は終わりだ」
 そう言って風間は部下を一人連れて、分析室から立ち去った。納得のいかない未来は、技術部に向かうことにした。

 技術部には、主に三つの業務で分かれている。一つは新製品を製造する業務。ここは開発部が新たにアイディアを出し、それを設計部によって図面化する。その図面を用いて製造するのだが、その内容は極秘であり、その部門以外の社員は発売前日まで知ることはなかった。もう一つは故障した製品を修理する業務であり、保証期間の有無に関わらず、顧客が修理を望む場合はその製品を修理する。そしてもう一つが、リユース業務である。ここは顧客が不要となった製品を下取りし、故障していない再利用可能な部品を仕分けする部門であった。
 未来はこのリユース部門の倉石に用があった。倉石は作業場所で電動ドリルを片手に、製品から部品を取り外していた。その様子を扉についている小窓から覗き、呼び出しブザーを鳴らした。倉石は手を止め、扉の方を見た。窓から顔を覗かしている未来を見つけると、電動ドリルを持ったまま扉を開けた。
「どうした?」
「ちょっと聞きたいことがありまして。入室しても?」
「ああ、いいよ。入って」
 未来が作業場に入ると、倉石は扉を閉めた。
 倉石は電動ドリルを作業台に置き、冷蔵庫から麦茶を出した。未来は前に置かれると、軽く頭を下げた。倉石は一気に飲み干すと、もう一度入れ直し、椅子に座った。
「で、どうしたのよ?」
「リユースする製品に、こう何か違和感ってありますか?」
「違和感?例えば?」
 未来は風間にも見せた分析データを、倉石に見せてみた。
「これなんですが」
 倉石はそれを見て、数回頷いた。電子パッドを未来に返して言った。
「言いたいことは分かった。数字が気になるのは、アナリストの性かもな」
「実際どうなんですか?」
 倉石は麦茶を一口含み、軽く溜め息を吐いた。
「実際のところ俺には分からない。けど未来の考えも分かる」
 倉石は少し前屈みになり、小声で言った。
「ここだけの話な。故障で下取りされた製品のいくつかに不可解な点があってな」
 未来は頷き、黙って聞いた。
「普通は俺らの部署に最初に来る製品が、なぜか新製造のとこを経由して来るときもあってな。理由は分からないけど、もしかしたら」
 未来も合わせて小声になった。
「何か取り外された痕跡はないんですか?」
 倉石は首を振る。
「いや、分からなかった。仮に何かあったとしても、蓋開けてバレるような簡単な物を付けないだろう」
「そうですか。分かりました。ありがとうございます」
 未来が立ち去ろうとすると、倉石は置いてある麦茶を見た。
「今日も飲まないのか?」
「あっすみません。喉が渇いていなくて」
「人の好意を」
 そう言って倉石は去っていく未来を見ながら、その麦茶を飲み干した。

 倉石の話からして、未来は何らかの装置が製品に取り付けられており、その装置によって製品の故障を発生させているのではないかと予想した。未来は新製造を業務としている小山内に声を掛けることにした。
 小山内は昼休憩で外に出るところであった。待ち構えていた未来は小山内のタイミングに構うことなく、話しかけた。
「小山内さん。今大丈夫ですか?」
 小山内は未来をじっと見つめ、軽く頷いた。
「いいよ。どうした?」
 小山内は未来がここで働くことになってから、親身に話を聞いてくれる存在であった。無表情に淡々と話しを聞くのも、小山内の特徴である。
「ここだとあれなので。どこか移動してもいいですか?」
「いいよ。ミーティングルームに行こう」
 小山内は昼食を後回しにし、未来とミーティングルームに向かった。

 ミーティングルームに着くと、未来は倉石の名前を伏せ、噂で聞いたことにして先ほどの話をした。その間の小山内はじっと見つめて、黙って聞いた。話を終えると、小山内は首を振った。
「それは真実ではない。そんな噂に付き合うことはない」
 しかし、未来は食い下がらなかった。
「ですが、なぜ新製造に経由する必要があるんですか?」
「それは故障している部分が、新製品に関わっているからだよ」
「噂だと、特に取り外した形跡がないと聞きました。その部分って具体的に何ですか?」
 小山内は変わらず無表情のまま、未来をじっと見つめていた。
「それは秘密の案件だ。これ以上、話すことはできない」
「分かりました。ただ修理費や買い替えによって得た収益を、AI開発費に充てているというのは本当ですか?」
「充ててなくはないだろう。それは収益をどこに活かすかは経営者の判断だ。君の憶測で生まれた利益ではなく、ちゃんと正当性のある利益だけどね」
 未来が黙り始めると、小山内は席から立ち上がった。
「話は終わりかな?また何かあったら聞くよ」
 未来は小山内から聞き出す術を、これ以上持ち合わせていなかった。それでも未来は自分の考えが正解であると、信じて疑わなかった。証拠を手に入れれば、風間も小山内も、言い逃れはできない。未来はあることを決意した。

 このまま聞き込みするだけでは、証拠を集めることはできない。また時間を掛けることで相手の警戒心が高まり、証拠を消される可能性がある。未来は今日の夜にでも、行動する必要があった。
 就業時間が過ぎても、残業組は引き続き働いていた。それでも日付が変わるころには、全員が退社をする。未来は普段から会社で寝泊まりしていたため、そのまま会社にいても不審に思われることはなかった。
 時計の針が深夜二時を指したとき、未来は行動に移した。警備員の見回りも過ぎ、この時間帯が一番手薄であったのだ。風間のデスクの後ろにある管理ボックスに行き、パスワードを入力した。偶然にも風間が入力しているところを目撃していた未来は、この管理ボックスを開けることができた。中に収められているマスターカードキーを手に取り、すぐに新製品の製造が行われている開発ルームへと向かった。
 案の定、警備員と遭遇することはなく、開発ルームまで向かうことができた。未来はポケットからマスターカードキーを取り出し、ロックの解除を行った。扉から解除された音が聞こえると、未来は中へと侵入した。このとき、開発ルームに入るのは初めてのことであった。
 中は暗く、未来はあらかじめ用意していたペンライトを片手に進んでいった。デスクの上には書類が多く、どこにも製品があるようには見えなかった。それでも進んでいくと、一つの扉に遭遇した。未来はペンライトを上に向けると、小さく呟いた。
「システムルーム…」
 未来は扉を開けようとしたがロックが掛かっており、辺りをペンライトで見回した。すると扉の横にもカードリーダーがあり、マスターカードキーで開錠する。このとき、未来は直感した。もしかすると、この部屋に証拠があるのではないかと。
 中に入り、ペンライトで徘徊すると、大きなテーブルに何かが置かれていた。未来は早歩きでそれに近づき、ペンライトで照らす。
「これって…」
 そこには保証期間を終えてから、すぐに故障が多発している製品が置かれていた。未来はその製品を見ても、意図的に故障を発生させている何かがあるのかまでは、理解できる自信がなかった。その何かが、今も付いているとは限らない。しかし、何か手掛かりがあるのではないかと、辺りを探した。そして、その証拠はすぐに見つかった。
 未来は近くに置かれていた書類を手に取った。
「これだ…」
 そこにはタイマーを入力し、その時間が経過すると線の一部が断線する装置の説明が書かれていた。
「やはり、これって意図的に…」
 証拠を手に入れた未来は、すぐにその場から離れようとした。しかし、もう一つの書類が未来の足を止めさせた。
「…人間型AI?」
 未来はフリーズしたかのように、その場から動くことはなかった。

********

 ほとんどの社員は七時過ぎに出社する。それでも早朝五時のミーティングルームには、風間と小山内がいた。風間は溜め息を吐き、小山内に書類を渡した。
「人間型AIも、こちらの思惑通りに動いてはくれないね。変に正義感を持っちゃって」
 小山内は頷き、書類を手にした。
「分析では、このような行動を起こすはずはなかったのですが」
「AIはまだ完ぺきではない。まだ開発途中なのだよ。分析通りに行かないこともある」
 風間は立ち上がり、小山内の肩を軽く叩いた。
「次に期待しているよ。そのための製品タイマーだ」
 風間がミーティングルームから去ると、小山内は目の前に置かれてある製品タイマーを見つめた。その横には『新型家電製品 人型AIロボット【未来】』の取扱説明書と書かれた本が置いてあった。

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