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三浦屋
しおりを挟む市ノ瀬や吉兵衛と別れた二人は、三浦屋にたどり着いてた。
階段や障子の影から、チラチラとお玉を見ている者もいたが、お玉は気にしなかった。
「旦那様、お玉さんを連れてまいりやした。」
「あぁ、権助、ご苦労だったな。」
お玉の前には、自分の父親より若いくらいの男と艶のある二人の女性が座っていた。
「へい。お玉さん、こちらが、三浦屋楼主の四郎衛門さんとあねさん、遣手のお浅さんとお深さんです。」
「お玉です。よろしくお願いします。」
お玉は、頭を下げた。
「四郎衛門だ。まぁ、堅くならずに、お勤めをすることだな。」
「は、はい・・・。」
煙管を吹かしながら言う、四郎衛門はぶっきら棒で、どこか、近寄りがたかった。
「親父様。そんな言い方しては、怖がりますよ。」
「そうか?」
「おっかさまが、お帰りになったら、どうなるか・・・。」
「ほな、皆に避難せい言わな。」
「・・・お浅、お深、部屋に案内しておけ。」
煙管の灰を落とすと、四郎衛門は立ち上がり、部屋を出て行ってしまった。
「お玉さん、参りやしょうか。」
「は、はい・・・。」
「親父様は、ぶっきら棒だけど、優しい人やよ。」
「は、はぁ・・・。」
「誤解受けやすいけど、そこら辺の女郎屋の主人とはちゃいます。道理の通ったお人ですから、怖がらんといてなぁ。」
「・・・・・・。」
お浅とお深は、お玉を間に挟みながら、廓の中を案内していた。
しかし、案内というより、話は、楼主、四郎衛門のことばかりだった。
「えっと、次は、ここよ。」
お浅が開けた部屋は、大部屋と言われ、部屋を持てない遊女達が、寝起きする場所だ。
広い部屋の隅に布団と鏡台があるだけで、小ざっぱりとしていた。
「!?」
しかし、お玉の目にとまったのは、その部屋から出てきたお玉と歳の変わらない色白の少女だった。
「あら、お春ちゃん。」
「お浅さん、お深さん・・・どうも。」
お春と呼ばれた少女は、頭を下げた。
「丁度よかったわ。お春ちゃん、今日から、ここに来はった、お玉ちゃんよ。仲良くしてやってな。」
「お玉ちゃん、こっちはお春ちゃんや。」
「薄雲太夫付きの禿やよ。」
「薄雲太夫の・・・。」
薄雲太夫。先程、道中で見た高尾太夫と並ぶ、この三浦屋の二代遊女の一人だ。
そんな人の禿となれば、いずれは、新造となり、太夫候補となるべく修行中の人だ。
しかし、お玉は、
「私、お玉ですっ!よろしくお願いしますっ!」
自分と同じ年頃の子に会えたのが嬉しく、手を差し出した。
「・・・・・・。」
だが、お春は一度目線を向けただけで、そのまま、お玉の横を通り過ぎて行った。
「あっ・・・あのっ!」
お玉の呼びかけにも、お春は振り返ることは無かった。
「・・・・・・。」
「お玉ちゃん、気にせんで。お春ちゃんは、気難しい子やの。」
「懐いた人としか、殆ど口をきかんのよ。」
「そうですか・・・。」
お玉は、吉原に来てようやく同年代の子どもを見付けて喜んだが、相手は、そうでは無かったようだ。
名前とは異なり、『冬のような子』だと、お玉は思わずにはいられなかった。
それから、お玉は井戸や厠、各部屋を回った。
「お玉さん、こちらです。」
「えっ?」
案内も終わり、お玉は、先程案内された大部屋に行くと思っていた。
しかし、連れて行かれたのは、大部屋とは違う方向だった。
お浅とお深は、とある部屋の前で、膝を着き、
「お深でございます。」
「入りなんし。」
お浅が、ゆっくり障子を開けると、目線の先に、一瞬走る光が見えた。
「んっ!?」
〝カンッ″
〝ドタッ″
お玉は、瞬時に光を避け、廊下に倒れた。
「あっ!?」
顔を上げると、銀色の簪が、柱に刺さっていた。
「な、何で・・・?」
刺さった簪を見ても、顔色一つ変えない、お浅とお深を見て、お玉の顔は強張り、刺さった簪を見つめるしかなかった。
「ハハハッ!」
「!!?」
甲高い笑い声が届いた。
「見事見事っ!」
「あっ!?さっきの・・・。」
開け放たれた障子の向こうには、着物も化粧も少々異なるが、あの道中の中心にいた高尾太夫が座っていた。
「おや、わっちが分かるのでありんすか?」
「さ、さっき、道中で、見ました・・・。」
「ふむ。話通り、目がとても良いのでありんすな。」
「話通り?」
「太夫、私の言った通りでしょう。」
「えっ?」
閉まっていた片側の障子が開けられた。
そこには、先程会った吉兵衛が座っていた。
「吉兵衛さんっ!」
「お玉さん、先程はどうも・・・。」
「ど、どうして、ここに・・・?」
「ここは吉原、廓でございますよ。ここに来る目的など、太夫に会う以外ございません。」
そう言う吉兵衛の横には、菓子折りが置かれていた。
「申し遅れましたね。私は、廻船問屋、丹波屋の主の吉兵衛でございます。」
「!?」
お玉は目を丸くした。
権助から話された江戸の大商人と言われる中に、廻船問屋の丹波屋と言うのがあった。
大商人ともなれば、全てが全て真っ当では無いが、この廻船問屋は、家康公の時代から続く老舗の御店で、幕府の御用を務め、真っ当な商人として有名だそうだ。
「・・・ゴクッ。」
お玉は、無意識に唾を飲んだ。
「わっちのお得意さんどす。」
「先程、お玉さんに財布を取り返して貰ったのを、太夫に話したら、ぜひ会いたいと言われましてね。そこで、呼んでもらったんですよ。」
「そ、そうですか・・・。」
「おい、お玉、そんな所で尻餅をついていないで、部屋に入れ。」
部屋の奥の障子が開けられ、入って来たのは楼主の四郎衛門だった。
「は、はい・・・し、失礼します。」
お玉は、恐る恐る部屋に入る。
品よく焚かれた香は、お玉の鼻まで届いた。
しかし、お玉はその香ですら息苦しかった。
太夫に四郎衛門、お浅にお深、吉兵衛の皆から見られ、自然と身体が硬直していく。
「お玉、そう固くなるな。」
固くなるな。そう言われても、お玉の身体の線は解れない。
「わっちの簪を躱すとは、お前さん、なかなかやりおすな。」
「あ、ありがとう、ございます・・・。」
何とか口を動かし、礼を述べた。
「まさか、太夫の簪を交すとは、お玉、本当に目が良いんだな。」
四郎衛門も感心する。
「む、村では、一番良かったと思います・・・。」
「なるほど・・・親父様。このお玉、わちきが、面倒見やしょう。」
「って、ことは、太夫・・・。」
「禿として、一から鍛えてしんぜやしょう・・・。」
「お前が、そんなことを言うとは、珍しい・・・。」
「わっちのお得意さんを助けて下さった御子どす。わっちが、面倒見るんは、筋という物でしょう。」
「俺は、構わねぇが、本当に良いのか?」
「親父様。わっちは、高尾。お得意さんの吉兵衛さんがいはる前で、嘘などつきやせん。」
高尾太夫は、四郎衛門に向き直り、持っていた扇子を閉じた。
「あぁ、四郎衛門さん。私が証人になろう。もちろん、お玉さんの目のこともね。」
吉兵衛は、どこまでも穏やかな口調で言う。
「・・・わかりやした。もう、何もいいやせん。」
お玉は、二人が何を言っているか分からず、ただ、二人の顔を交互に見るか出来なかった。
「お玉。」
「は、はいっ!」
「おまえさんは、今日から、わっちの禿や。」
「か、禿・・・?」
お玉は、太夫の言葉に返答できず、押し黙った。
「どうした?」
「わ、私、今日、ここに来たばかりなんですけど・・・そ、それなのに、い、いきなり、太夫付きだなんて・・・。」
「だからどうしたと云うのじゃ?この吉原の往来で、捕物を見せたその度胸と目。わっちは、いたく気に入りやした。この高尾。言葉に二言はございやせん。」
「分かった。お玉、今からおめぇは、高尾付きだ。」
「っ!?」
「良かったですね。お玉さん。」
「本当。太夫なら、お玉ちゃんも安心ね。」
「は、はい・・・。」
お深もお浅も、喜びの声を上げるが、お玉は、どうして良いか分からず、心中は屑糸のように絡まっていた。
ただ、お玉の救いは、吉兵衛が笑顔であると言うことだけ。
「これから、毎日、お稽古がございやす。
お玉、覚悟は、よろしいおすな。」
「・・・はい。」
高嶺の花から香る、氷のような鋭い視線。
佇む美しき花は、一瞬にして、刃へと変貌を遂げた。
これが、女の変わり身。吉原遊女の為せる技だ。
「・・・・・・。」
お玉は、何度目かの唾を飲み込んだ。
草木も眠る丑三つ時。
皆、それぞれの客と共に夢の中か、現をさ迷っている頃。
三浦屋遊女の中でも、特別な部屋が二部屋ある。
その部屋は、外から見えないように月を眺めることが出来た。
月光が差し込む部屋は、行燈の光より明るかった。
「眠れないの?」
そんな自室で、徳利を傾ける高尾の下に来客があった。
「・・・薄雲か。」
「高尾ちゃん、聞きはりやしたよ。禿を取ったって。」
「耳が早いわね。」
「それは、そうでしょう。今まで、特定の禿を付けんかった高尾ちゃんが・・・。」
太夫ともなれば、自分付きの禿や新造がいるものだが、高尾は誰も付けていなかった。
「それは、薄雲もそうでしょ。つい、この間、お春を禿にしよって。」
「お春ちゃんは、誰かが付かなきゃ、やっていけんよ。お玉ちゃんやっけ。あの子が、なかようしてくるとえぇやんけど。」
「どうかしらね。お浅達の話やと、お春は逃げた言うとったし。」
「あら、残念やわ・・・。」
「飲む?」
「あら、高尾ちゃんの盃だなんて、高いわ。」
「嫌ならあげやせんよ。吉兵衛さんのお土産やけど。」
「いじわるせんで。吉兵衛さんのお土産は、いつも上物なんですもん。」
高尾は、空いている盃に酒を注ぎ、薄雲に渡す。
「それより、何で、お玉ちゃんやの?素直やから?」
「それもあるけど、お玉の目は必ず役に立ちやす。捕物の話を聞けば、欲しって当然でやんしょ。」
「そうやね。わっちも、お玉ちゃんみたいな子は、楽しみやわ。」
薄雲は、受け取った盃の中に月を映してから、口の中に流し込んだ。
「・・・・・・。」
高尾は、顔上げて空を見上げた。
今宵は、美しい十六夜が輝いていた。
時は、明暦から万治へ。
増築された吉原は、まさに百花繚乱の孤島。
そこへ、名も知らぬ花種が飛び込んできた。
地に根付き、どのような花となるかなど、この頃は、誰も知らない。
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