隠密遊女

霧氷

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四つの蕾

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 古き時代から新しい時代に移り変わった。

それは、何度変わろうと、目の前の生活に追われる、江戸から遠く山里では、いつもの一日と変わらなかった。


 〝ザザザァァ″

 野を走る風は、生き物のように縦横無尽に、草むらを移動する。

それは一つでは無い。小さい影と大きい影が二つ。


「・・・チッ。」

小さい影の気配が消えると、大きい影も動くのをやめ、日輪の下に姿を現した。

それは、顔や髪は泥や葉っぱをつけ、石斧を持った少女だった。

「どこいったのよ・・・。」

 〝ガサッ″

「ッ!?なんだ、お雁ちゃんか。」

少女が振り返ると同じ年頃の弓矢を持った少女が立っていた。

「お玉、逃げられたの?」

「うん。あとちょっとだったんだよっ!」

「待って・・・まだ、近くにいるわ。」

「えっ?」

お雁は、目を伏せ空いている手で、辰巳の方角を指した。

その方向には、小さな林がある。

「お玉、あの木の根を狙いなさい。」

「うん・・・。」

言われた通り、木の影に隠れていると、


〝ザザァァッ″


「!?」

お玉の耳にも何かが近付いてくる音が届いた。

音が最も大きくなった瞬間、お玉は石斧を振り上げ、揺れる茂みに勢いよく振り下ろした。すると、


 〝ガンッ″


「グアァァッ!!」

衝撃音と呻き声が響き、茂みから、額から血を流した瓜坊が転がり出てきた。

「やったぁ~!!」

「獲れたわね。」

「うんっ!ありがとう、お雁ちゃんっ!・・・あっ。」

礼を言って、空を見上げたお玉は、息を漏らした。

「どうしたの?」

「あっちから、来るよ。」

お玉は空を指す。

しかし、お雁には晴天の空に白い雲が浮かんでいるようにしか見えない。

「・・・お玉、方角は?」

「えっと、子っ!」

「・・・。」

お雁は息を一つ吸い、弓を構えると子の方向に向かって射た。


 〝パァーンッ″


お雁の射た矢は、直後吹きだした風に押され、高い空に舞い上がった。

「・・・ピィィィッ!!」

その直後、甲高い呻き声が辺りに木霊した。

 〝ダンッ″

黒い傘のような塊が地面に落ちてきた。

「やったぁやったぁっ!流石、お雁ちゃんだねっ!!」

地面に落ちた鷹を見て、お玉は自分のことのように喜んだ。

「・・・今日は、ごちそうね。」

「うんっ!」

誇らしげに言うお雁に、お玉は笑顔で頷いた。


「お~いっ!」

声のした方を振り向くと、背に籠を背負った少女達が手を振っていた。

「あっ、お凛ちゃんとお風ちゃんだっ!」

「お疲れさん。今日も大量だね。」

お凛と呼ばれた少女は、二人の足元にある瓜坊と鷹を見て笑った。

「それは、貴女達もでしょ。」

お雁は、二人が下した籠を見て、頬をかいた。

「でしょっ!お寺の脇の道を行った先に、大量になっている所を見つけたんだ。」

お凛は、得意げに言った。

「お凛。それにしても、よく、私達が、ここにいるって分かったわね。」

村の四方を山や森、池や川に囲まれている為、どこで狩りをしているかなど分からない。だが、

「匂いで分かるよ。お玉とお雁の場所くらい。」

お凛は、鼻を擦りながら胸を張って言うのであった。

「そうだったわね。」

お雁はそう言って、息を一つ吐いた。

「うわぁ~お風ちゃん、今日のも美味しそうだねっ!」

「はい。今日は、この間の実とは別の物が採れたんですよ。」

「そうなの?これ、前と同じに見えるけど?」

「いいえ。食べてみると、違います。この前の方が、酸味が強かったです。」

「どれ・・・。」

お玉は採れた木の実を袖で拭き、口に入れた。

「同じような気がするけど・・・。」

しかし、首を傾げながら咀嚼をしたが、出てきた言葉はそれだった。

つづいて、お雁もお凛も食べてみたが、

「う~ん、違いが分からない・・・。」

「私も。匂いは違うけど、酸味は対して変わんない気が・・・。」

お雁もお凛も違いは分からなった。

「アハハ・・・本当にちょっとですから、そんなに考え込まないで下さい。」

「そう、だよね。美味しければ良いか。・・・っタっ!」

納得したお玉は、再び木の実に手を伸ばしたが、お雁に叩かれた。

「待ちなさい。そう言って、つまみ食いをしていたら、キリがないでしょ。あとは、うちに帰ってから。」

「えぇ~っ!」

「我慢なさい。」

「・・・はあい~・・・。」

「アハハ、お玉は食いしん坊だな。」

「本当に。」

「えへへ・・・。」

「フフフ・・・。」

「アハハ・・・。」

「ウフフ・・・。」



 笑いあう少女達の顔には、 多くの死傷者を出した大火も、遠い世界の夢物語に過ぎなかった。




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