想えばいつも君を見ていた

霧氷

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武勇伝

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 時は、一学期の学期末試験最終日に遡る。


五日間に渡るテストを終え、皆、屍のようになっていた。

一日、三科目、もしくは四科目を熟すのは、いくら午前中で終わると言っても、生気の消耗が激しい。

さらに、テスト後の全体集会による、校長先生の長いお話は、トドメを刺すには十分だった。

よって、週末も部活動は無しだ。

帰りの会が終わると、皆、一斉に下駄箱を目指す。

一刻も早く帰って、好きなことをやりたいのだ。


俺は、ゆっくりと帰り支度をしていた。

人ごみで、これ以上疲れたくないからだ。


「なぁなぁ、水品。」

そこへ、坊主頭の五十五と根岸、クラスで一番背の高い元橋と少し小柄な砂野がやって来た。

「何?」

俺が、この四人と話したのは、今日が初めてだ。

反応すると、四人は顔を見合わせた。その時、口角が上がったのが目についた。

「お前、こういうの好きだろ。」

根岸に渡されたのは、『萌えキュン戦隊!メイドスターズ!』といアニメの同人誌だった。

ただ、普通の同人誌では無く『R-15』指定がされている内容だとは、表紙のキャラクターを見れば分かる。


俺は、本と彼らを交互に見つめ、

「うん。好きだよ。」

と、返した。

「やっぱりなっ!」

「アハハッ!あったり~!」

五十五と元橋ははしゃぎ、

「なっ、言った通りだったろう?」

根岸は、得意げな顔をし、

「根岸、本当に勘いいな。」

砂野が煽る。


俺は、そんな彼らの反応を無言で見ていた。


「やっぱ、水品はオタクなんだぁ。」

「…どうかな…。」

「だって、こういうの好きなんだろ?」

根岸は、同人誌を指さして言った。

「あぁ。この作品は、王道ストーリーを取っている中、どこかのアイドル物と違って、あるキャラクターの絶対王政をしかれることなく、キャラクターそれぞれの個性をしっかり出しているから、観ていて楽しいし好きだ。」

「うわぁ~解説しちゃってるよ。」

「マジで、オタクだな。」

五十五と元橋は、根岸の後ろで声を立てる。

「解説したら、オタクなの?」

「オタクだろ。こんな『萌え』とか書いてある本が、好きだなんて…笑える。」

「…そんなに、笑えるの?」

「あぁ、笑えるね。」

「笑える笑えるっ!」

「そんなに笑える内容じゃないんだけどなぁ…コメディ要素ももちろんあるけど、シリアス展開もあるし、真面目な回もあるし…。」

ニヤニヤ笑う根岸と五十五に、俺は本の表紙を撫でながら言った。

「水品っ!内容じゃねぇよっ!」

今度は、元橋が前に出る。

「違うの?」

「違うっ!俺達が言ってるのは、こういう絵が好きかってことっ!!」

「絵?」

俺は、再び同人誌を見た。

「何だよ、興味ねぇの?」

「もっと、ムチムチなお姉さんが良いとか~?」

五十五は、まだニヤニヤしている。

「いや、この人は他の作品でも同人誌を出しているけど、今回のこれは、かなり手が込んでいるなぁと思って。ページ数も多いし、なにより、扉絵にまでこだわっている。」

「だから、そういうことじゃなくて、お前も男なら、こういう絵をおかずにして、毎晩やってんだろって、聞いてんだよっ!」

痺れを切らした根岸が再び前に出る。

「おかず?あぁ、確かに、ご飯食べながらテレビ観るね。」

「そのおかずじゃねぇよっ!!」

「じゃぁ、何?」

「夜のお供だよ。」

「お供?この作品、ぬいぐるみシリーズは、まだ発売されてなかったと思うけど…。」

「だれもそんなこと聞いてねぇよっ!あっ、これは、もしかして、ぬいの使い方を遠回しに言ってるとか?」

五十五は、大声を出すものの相変わらず楽しそうに聞いてくる。

「ぬいぐるみの扱いって…そういうことは、女の子達に聞いた方が…。」

「あぁ~調子狂うなっ!」

元橋は、叫んで椅子を蹴る。

「もしかして、水品、彼女いるの?」

傍観していた砂野が、口を開いた。

「あぁっ!本物がいるから、使わないってことか?」

「彼女?いないけど…。」

「だよな…水品って、女子と話さないし…。」

俺が言うと、五十五は胸を撫で下ろしていた。


「やっぱ、現実の女が苦手なんじゃねぇの?アニメや漫画と違って、口うるせぇ奴等多いし。」

根岸の口角が再び上がった。

「別に、そういうわけじゃ…。」

「いや、そういうことだろ。お前等、オタクは、画面の向こうに、理想の『嫁』を作って、毎晩可愛がってんだろ。」

「それか、その『嫁』に、イヤらしい服を着せて、観賞してるとか。」

「漫画が好きなんだ。自分でこの同人誌みたいに、好きなキャラクターに欲望を満たしてもらってるんだろ。」

根岸、五十五、元橋は、次々に言ってくる。

三人の口角を見れば、面白がっているということが分かった。



「残念だけど、三人が思っているようなことはないよ。」

「何だよ、今更、隠す気か?」

「違う。ただ、単純に、触れようと思ったことが無いだけ。」

「はぁ?何言ってんだよ?」

「画面の向こう側じゃ、触れられない。」

「だから、漫画とか小説にして、妄想の中では、キャラクターに触れてるんだろ?」

砂野が、首を傾げて聞いてきた。

「…分からない。」

「あぁっ?何だよ、実際に、そういう使い方をしないって言うのかよっ!?」

「そういう人がいない、とは言わない。けど、俺はしたことがない。」

「嘘言ってんじゃねぇよっ!オタクは、キャラクターと付き合うとか、結婚するとかの夢で、頭の中がいっぱいのくせして。」

元橋は、鼻で笑いながら言った。

「キャラクター達に夢をみることがあるのは事実だけど、でも、それは、芸能人が好きになる感覚と変わらない。」

俺は、変わらず続けた。

「何言ってんだよっ!芸能人とアニメのキャラが同じなわけねぇだろっ!」

「同じだよ。ただ、同じ人間として、同じ次元に生きているから、そう感じないだけだ。実際、手が届かいでしょ?」

「そりゃぁ、そうだけど…やっぱり、現実にいる方がいいだろ。」

「いないものに、いくら想いを馳せても無駄だろ?」

「そんなことはないっ!」

「っ!?」
「!」
「うっ!?」
「!?」


俺の大声に、四人は肩を震わせた。


「作者が、演者が、俺達、読者を裏切られなけば、作品もキャラクターも、ずっと有るべき場所で、輝いていられる。信じている限り、存在していられるんだ。芸能人もそう。ファンが応援しているから、主で舞台に立っていられるんだ。」


俺は、四人に向かって、真っ直ぐ言った。

「まぁ、そうか…。」

「うん…。」

元橋と砂野が納得したように相槌をうった。

「おい、元橋、砂野っ!」

「根岸、元橋。」

「何だよっ!」

「この同人誌も、ファンが、作品を応援している証なんだ。芸能人にはファンクラブとかあるけど、漫画やアニメにはない。だから…。」

「だから、何だよ?」

「好きな物を応援している人達を侮辱しないで。」

「!?」

「っ!」

身長差があるため、必然的に見上げる形になる。

俺は、出来る限り背伸びをして、高身長の二人の瞳を正面から捉えて言った。

「……。」

「……。」


教室中に沈黙が広がる。

「あぁ~もういいっ!」

先に沈黙を破ったのは、根岸だった。

「もういいい、水品。それ、お前にやるよ。」

「…へっ!?」

俺が手に持っていた同人誌を指さして言った。

突然のことに俺も、反応が遅れた。

「えっ?でも…。」

「いいからっ!皆、いこうぜっ!」

砂野が何か言いかけたが、根岸はそれを掻き消し、鞄を肩にかけ、教室を出て行った。

「おい、待てよっ!」

元橋達も、続くように教室を出て行った。

最後に、砂野だけが、何度も、こちらを振り返っていた。






「…ということがあったんだ。だから、もう言ってきたりしないよ。」


話し終えた水品は、息をついた。

話を聞いている間、俺は、とりあえず、五十五あたりを殴ろうかと密かに思った。


「水品。」

「何、佐伯?」

「根岸達には、それ以来、何もされてないのか?」

「うん…ただ、根岸と元橋には、ちょっと避けられてるかなって…でも、俺の勘違いかもしれないし…。」

「そりゃぁ、避けたくもなるって。普段、大人しい水品に、論破されちゃぁ…。」

晋二は、両腕を組み、納得するように、首を縦に振る。

「別に、論破したつもりは…。」

「してるしてる。これは、水品の武勇伝に入るぞ。根岸、元橋は、うちの学年でも、一、二を争う身長だし、五十五なんて、柔道部の奴よりガタイがあるんだぜ。そんなタッパのあるやつらが、自分より小さい相手に打ち負かされたんだ。避けたくもなる。」

「……。」

晋二の言っていることは、珍しく的を射ていた。

誰でも、自分より背の高い者に威圧されると、逃げ腰になってしまう。

それを水品は、戦い、勝利したのだ。武勇伝と言われてもおかしくない。


「水品君、気にしなくてもいいんだよ。悪いのは、根岸君達なんだから。」

「金森委員長…。」

「でも、また、同じような事があったら言ってね。力になるから。」

「…ありがとう…。」


金森委員長に向かって頭を下げる水品。

俺は、そんな水品の頭に触れようと左手を伸ばした。が、


「俺にも言えよ。聞いてやる。」

「!?」

俺の左手より早く山賀の右手が、水品の頭に触れた。

おまけに、俺が言いたかったことを、みんな言われてしまった。

俺の左手が空しく、膝の上に落ちる。

「…うん。」


水品は、俺の手の気配には気付かず、山賀に向かって首を縦に振った。


その穏やかな表情を横目で見て、俺は、落ちた左手を強く握り、足で絨毯を蹴り飛ばした。


そんな俺の態度を掻き消すように、チャイムが鳴った。



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