想えばいつも君を見ていた

霧氷

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克服の乾杯

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商店街のアーケード街を歩いていると、若い人達の列を為している場所があった。

そこが、目的のバーガーショップだ。

「……。」

隣を歩いていた水品の足が止まる。

やはり、まだ怖いらしい。


「大丈夫だよ。」

軽く肩に触れ、水品を店の前まで連れて行く。

「とりあえず、何食べる?」

この店は、ボード以外にも円柱状の柱にメニュー一覧が貼って有り、待っているうちにメニューが決められるのだ。

「チーズバーガーと飲み物。」
「ポテトは?」
「そんなに多くなければ、食べられる。」
「じゃぁ、俺と半分こしようか。」
「うん…あっ…。」
「どうしたの?」
「…これ…。」

水品が指さしたのは、『新商品』の枠に書かれた『フィッシュナゲット』だ。

「食べたいの?」
「…ちょっとだけ…。」
「そっか。じゃぁ、ナゲットも買おう。」
「…うんっ!」

水品は、笑って頷いた。

「…えっと、その場合なら、セットにするより、単品ずつで注文した方が、安いな。」

笑顔に一瞬、時が止まったが、平然を装って説明した。

「そうなんだ。」

水品は気にせず、財布を出して、中の小銭数えていた。


俺達は、大学生らしき女性の後ろに並んだ。

約束通り、水品が前で俺が後ろに並んだ。


「次の方、どうぞ。」

水品の番になった。

「チーズバーガーとフィッシュナゲットと…を下さい。」
「セットに致しますか?」

出た。セット勧誘。

名札を見れば、チーフと書かれている。

誘いもお手の物だろう。

「(大丈夫かな…水品…。)」

俺は、水品の肩に手を掛けようとしたが、

「単品で大丈夫です。」

水品は、はっきりと店員に向かって言った。

「かしこまりました。お召し上がりですか?お持ち帰りですか?」
「ここで、食べます。」
「では、合計で、五百十円になります。」
「はい。」

水品は、財布から釣銭の無いように出した。

俺は、もう大丈夫だと思い、手を引いた。

「五百十円丁度お預かりいたします。左側にあります、緑色の窓の前でお待ち下さい。」

「はい…。」

水品は、小さく返事をして左に逸れた。

その背が、少しだけ下がったのが分かった。

どうやら、息を吐いたようだ。


「(良かった…。)」

俺も安心して、息をついた。

「次の方、お早くお願い致します。」
「あっ、はいっ!」

自分の番になっていることを忘れていた俺は、店員の声に驚き、慌てて注文をした。


後ろからも前からも、嫌な視線を感じたが、横目に映る水品の安心したような顔を見たら、どうでも良くなった。


「買えたな。」
「うん。」

 俺と、水品は商品の乗ったトレイを持って、飲食スペースに続く、階段を上っていた。

 このバーガーマウンテンの店舗は、三階建で、一階部分が販売スペースになっており、その左奥になる階段から、飲食スペースである二階、三階に行くことが出来る。


二階を見渡すと、少々混雑していた。


「混んでるな、三階行く?」
「待って。あそこ、開いてるよ。」
「えっ?どこ?」

 窓際にある御一人様用の席は、一席ずつ飛ばして空いているが、二人掛け以上のテーブルは、埋まっているように見える。

「あそこ。あの、角が空いている。」

水品は、そう言って、進んでいく。

「ちょっ…あっ…。」

慌てて水品の後を追いかけると、御一人様用の席と仕切りの間に、奥まったスペースがあった。

丁度二人用の席だ。


「こんなところに、席があったんだ…。」

よく晋二と来るが、ここに席があることは知らなかった。


「あぁ~お腹空いた。」

席に着き、被っていた帽子を取ると、袋越しに漂うハンバーガーの香りに、腹の虫が合唱を始める。

「土沢、はい。」
「あぁ、ありがとう。」

水品から、テーブルに備え付けてある使い捨てのおしぼりを貰い、手を拭いた。

「土沢。」

もう一度、水品に呼ばれた。

「何?」
「…今日は、ありがとう…。土沢のおかげで、怖くなかった。」


照れながら礼を言う、水品。

そんな水品の可愛い姿に、俺は持っていたおしぼりを落とし、


「お前、マジで反則…。」

と言って、頭を抱えた。

「へっ?」

水品は、俺のことを鈍感って言うけど、水品の方が、俺より鈍感だと思う。


「土沢?」

今のように、首を傾げ、俺の呼ぶのは、夜な夜な、姉が鏡に向かって練習している小悪魔系仕草の一つだ。

計算高い女性が、男を落とす為の仕草なのだが、それを水品は素でやっている。


「水品ってさ…天然?」
「…えっ?天然?」

『天然』と言われて、水品は目を丸くした。

余程、驚いたのだろう。

その表情は、とても無防備だ。


「…天然なんて、初めて言われたから、よく分からない…。」

もともと少し垂れ目な瞳を、さらに下に向けながら言った。


「あぁ、ごめん。別に悪い意味言ったわけじゃないから。」

「そう…でも、土沢。天然って…女の子に使う言葉じゃないの?よく、漫画とかアニメの天然系のキャラクターは、女の子だけど…。」

「確かに…。」

少年少女漫画問わず、天然系の枠は基本女性キャラクターだ。

「だったら、俺は、天然じゃないよ。」
「えっ、何で?」
「天然系の女の子は、基本可愛い容姿の子が多いから。ちょっとズレたことを言っても、可愛いから許される。だから、俺は天然じゃないよ。」

「……。」


俺としては、水品は十分可愛いと思う。

もちろん、同じ男だということは分かっている。

でも、水品の表情や仕草、言葉は、吹き抜ける風にも、甘い蜂蜜にも、そして時には、刃にもなる。

時々、ズレているというより、よく分からないことを言うが、それすらも、魅力だと思う。

何より、人の事をよく見ていて、褒めるのが上手い。


「……どっちかというと、小悪魔か…。」

「え?…こぐま?」

ポロっと口から洩れた言葉は、水品の耳に僅かに届いたようだ。

「天然の次は、子熊?」

聞き取れなかったことで、水品はまた首を傾げる。

「うん。水品って、子熊っぽい。」

流石に、本人に『小悪魔』と言うわけにはいかないので、聞き取れなかったのを利用して、俺はそのまま話を進めた。

「…俺だって、そのうち、伸びるよ。」

少しだけ、頬を膨らませて返した。

水品は、身長の特徴だけで俺が『子熊』と言ったのかと思ったようだ。

少し拗ねた顔も可愛いと思い、口元が緩みそうになったが、何とか抑えた。


「機嫌直せよ。せっかく、ハンバーガー買えたんだから、乾杯しよう。」

「……。」

俺が、そう言うと、水品は無言でドリンクカップを持った。

「じゃぁ、水品のファーストフード店克服に乾杯っ!」

「乾杯…。」

硝子のグラスで無いので、綺麗な音は出ない。

しかし、プラスチックの蓋の擦れ、中の氷が容器の淵に当たり硬い音がする。

今は、この音だけでも嬉しかった。


いや、音よりも、穏やかな顔に戻った水品の表情を見れて、俺も自然と笑っていた。


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