想えばいつも君を見ていた

霧氷

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佐伯の提案

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図書館の玄関周りに、お年寄りや子どもが集まりだす。


もうすぐ、開館時間ということだ。


「うわぁ~これ、美味しそう!」


「それ、九月限定の梨のクリームドーナツ。」


「梨のクリームっ!?あの果物の?」


「うん。娘さんが、去年、開発した。とっても美味しくて、十月に入っても、欲しい人が来てた。」


「食べてみたい~!水品君、明日、テスト終わったら、行こうっ!」


「う、うん…。」


水品達は、ドーナツの話に花を咲かせている為、


「佐伯は、山賀のこと何か知ってる?」


俺は、先程出来た協力者の佐伯に尋ねる。


晋二達は、何故かゆっくり近づいてくるので、俺は佐伯に話を振ったのだ。


「漫画研究部で、文化祭実行委員。手先が器用で、ノリも良く、男女関係なく友達がいる。だが、何を考えているか、分からないところも有る、油断のならない奴だな。」


「…佐伯でも読めない?」


人の気持ちを読むことに長け、洞察力も高い佐伯だ。


読めないとは思えなかった。


なにより、俺の気持ちもすぐに見破った程だ。


「あぁ…あいつは、読みにくい…。」


佐伯が目を細めたのを見て、


「水品とは、どんな関係か、分かる?」


俺は質問を変えた。


「昨年の文化祭で、美術部と漫画研究部が共同で、壁画を制作した際、一緒の作業担当だったな。」


「へぇ~よく知ってるなぁ。」


「去年も学級委員は、文化祭の雑務に駆り出されるんだ。」


「あぁ、なるほど…。」


俺は、心底、学級委員なんてやりたいとは思えないが、それを熟す、佐伯も金森委員長も凄いと正直に思った。


「土沢の方は、どうなんだ?昨日、途中から、二人を見る目が変わった気がしたが…。」


今度は、佐伯に尋ねられた。


俺は、そんなに分かりやすいのだろうか。


「昨日、俺、トイレに行ったじゃん。出ようとしたら…。」


俺は、トイレの前での二人の会話を佐伯に説明した。


「…なるほど。名前で呼び合ってたわけか。」


佐伯は、顎に手を当てて考える。


その仕草は、どこぞの名探偵顔負けだ。


「うん。でも、普段は、名字で呼んでるし、示し合わせたみたいに、一定の距離を保ってるだろ?だから、余計に不安で…。」


「名前で呼び合ってるということは、親しい関係。土沢や檜山、俺や恵のように、付き合いが長いってことなんだろうな。」


「だったら、隠す理由が無いと思うんだけど…。」


付き合いが長い友達同士なら、普段一緒に行動するもの。


距離を置く必要など無い気がするが…。


「人それぞれ、事情が有るんだろう。周りに関係を知られたくない理由が…。」


「…俺には分からない…昨日、俺がいない時は、どうだったの?」


トイレに逃げている間のことを尋ねる。


「いつもと変わらなかったな…必要以上に会話もしないし…土沢が見た会話も、檜山が飲み物を買いに行った時、山賀は『電話をかけてくる』と言って、一緒に席を立った。入れ替わりに、恵が帰ってきて、水品はおしぼりの予備を取りに一階に降りて行ったんだ。帰って来る時は、水品が先に、山賀が後に戻った。」


「徹底してるな…。」


「あぁ。俺も、土沢の話を聞くまで、あの二人が、そんな関係だと思わなかった。」


「…やっぱり、水品と山賀って…特別な関係なのかな…。」


横目で、金森委員長と話す水品を見ながら、俺は鞄の紐を強く握った。


「まだ、分からないな。土沢、そんなに不安なら、今日は、水品に教えてもらえば、どうだ?」


「…そうしたいけど、ダメなんだ…。」


「はぁ?何がダメなんだ?」


『意味が分からない』という顔で、俺を見る佐伯に、水品にご褒美を頼んだことを話した。


「…随分、強引な手を使ったなぁ。」


話を聞いて、佐伯は呆れたように、肩を落とす。


「だ、だってさ…そうでもしないと、水品と一緒に遊べないと思って…。」


「…気持ちは分かるが、大丈夫のか?点数。」


「…正直、自信ない…。」


有るわけない。有るようなら、勉強を教わったりしない。


今の実力だと、取れても七割。


水品の条件には、十点以上足りない。


「…ふぅ~分かった。手を貸してやるよ。」


「えっ?」


「耳を貸せ。」


「ん。」


耳を佐伯に近づける。


「いいか……。」


「?!う、うん、分かった…。」


目を丸くさせつつ、返事をした。






「おはよう~…。」


「…はよう。」


そこへ、晋二達がやって来た。


視界に入ってから、随分ゆっくりだと思ったが、二人は眠そうな顔をしていた。


「おはよう。晋二、山賀、眠そうだな…。」


「いや~昨日、貰ったテストでさ、意味分かんないっていうか、もう、なんじゃこりゃぁ!?みたいな問題があって…。」


「あぁ、あのテストな、で、解けたのか?」


「出来るわけないじゃん!山賀と二人に、二時までやったけど、諦めて寝た!」


前半、やたらと胸を張って言うあたりが、晋二らしい。


「佐伯、あの問題、他のと全然違うぞ?入試問題か何か?」


山賀は目を擦りながら、佐伯に尋ねる。


「悪い。俺も家に帰ってから気づいたんだ。兄貴達に貰ったやつだったんだが、あの問題は、上の兄貴が選択科学をした時のテストなんだ。」


「佐伯の兄貴、選択で科学取ったのっ!?」


「マジでっ!?」


「うそぉぉ~っ!?」


佐伯の告白に、俺はもちろん、山賀も晋二も目を見開き、声を上げた。


眠気も吹っ飛んだようだ。


「落ち着け。受験に必要だってことで、取ったらしいんだ。」


「そ、それは、分かるけど…佐伯の兄ちゃん、頭良いんだな…。」


「だな、化学取るなんて…。」


うちの高等部には、選択科目が三つある。


一つは、芸術及び技術科目の選択。


そして、残り二つは、文系、理系の選択。


もちろん、それぞれテストがあり、理系の科学クラスは、毎年、人が少ないことで有名だ。


「…平気じゃ無かったさ。当時、中学に入ったばかりの俺にも、死にかけた魚のような兄貴の顔が今でも、焼き付いてるよ。」


佐伯が珍しく天を仰ぐ姿を、俺も晋二達も一生忘れないだろう。


「あっ、皆、集まってたんだね。おはよう。」


「おはよう…。」


こちらに気づいた金森委員長と水品が、やってくる。


俺達の話は、ここで打ち切られた。








図書館が開くまで、まだ三分程ある。


「さて、今日だが、昨日と教えるメンバーを変えようと思う。」


「えぇっ!?何でっ?!」


佐伯の提案に、晋二の顔が一気に歪む。


「色々な人間に教わった方が良いんだ。やり方も、それぞれ違うから、自分にあったテスト対策が模索できる。」



「そ、そっか…。」


晋二は、まだ不安そうだ。


「じゃぁ、昨日とは別のペアを組むが、希望は…。」


「!?か、金森委員長、教えてっ!」


「えっ?」


佐伯が言いかけた際、一瞬目が合った。


俺は、誰も言わないうちに、金森委員長に懇願した。


「おい、瞬也っ!」


晋二が、文句を言おうと前に出る。


「晋二、悪いけど、今回は譲れない。実は、姉ちゃんと賭けをしちゃったんだ…。」


「賭け?時(チカ)さんと?」


「あぁ。俺が、テストで八十点以上取らないと、姉ちゃんの買い物に付き合わされるんだ!」


「えぇ~羨ましい~チカさんと買い物とかっ!」


「晋二、お前はお姉さんなら、誰でもいいのかっ!?」


これは、割と本気で言っている。


いくら、お姉さん好きでも、うちの姉はあり得ない。


「だって、チカさん、優しいし…。」


「晋二、悪いことは言わないから、一回、眼科に行けっ!お前は、俺の姉ちゃんの恐ろしさを知らないんだ!!考えてみろ、女性だらけの下着売り場とか行きたいか?観たいテレビがある時に、パシリにされたいか?」


俺は、普段されていることが、雪崩のようになって出てきた。


「……し、下着売り場は、嫌だ…。」


腕を組み、首を傾げ、数十秒唸ってから、漸く、絞り出したのが、それだった。


いくら晋二でも、下着売り場は嫌のようだ。


「土沢、分かるぜ。俺も、姉貴によくパシられてるから。」


山賀も以前、姉がいると言っていたが、どこの家でも、姉を持った弟は虐げられる運命らしい。



「まぁとりあえず、僕は今日、土沢君を担当するってことで、いいのかな。」


金森委員長が話題を戻す。


「うん!金森委員長、お願いします。」


俺は、頭を下げた。


晋二は、もう何も言ってこなかった。


「よろしくね。」


「うん。」



俺は、無事に金森委員長とペアを組めた。



「土沢が金森委員長と組むってことは、俺は佐伯とだな。よろしく。」


「あぁ、よろしくな。山賀。」


山賀と佐伯のペアも完成。


「じゃぁ、俺は…。」


「……。」


佐伯が山賀と組むということは、自動的に晋二と水品が組むということ。


俺と佐伯の狙いはこれだ。



山賀と水品を組ませず、約束を守って、水品に教わらない。


それに、晋二なら問題ない。お姉さんにしか興味の無い晋二だ。


間違っても、水品を特別な目で見たりしない。



「み、水品、よろしく…。」


「うん…よろしく…。」



始まる前から、二人の間に微妙な空気が流れていることを、俺は気付かなかった。



開館のベルが鳴った。





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