甘夢の旅人

霧氷

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 酒場から出たユメとソニアは、街を歩いていた。


夜には分からなかったが、木造りの独特のウッドデッキ付きの家、荷物を運ぶ馬が繋がれた餌場、また、小さな店があちらこちらに点在しており、商店街を思わせた。


そして、やはり樽が家の脇に置いてある。

見た目は映画で観た西部劇の街並み。

ユメにとっては、遠い時代の遠い国の街の筈だが、どこか懐かしさを覚えたのだった。


「ユメ、ボーっとしてると、藁が転がってくるわよ。」


「あっ?!ご、ごめん・・・。」


街を見渡していたユメは、案内されていることを忘れていた。


「フォッシュに怪我させられた足の傷が痛むの?」


ソニアは、靴下で隠しきれない包帯に目線をやる。


「ううん、足は大丈夫だよ。ただ、この街を見ていると、何だか、懐かしいって言うか、居心地が良いなぁって・・・。」


「それは、この街にとっては、有りがたい言葉ね。」


「えっ?」


「よっと。」


ソニアは、置いてある樽の上に腰を下ろした。


「この辺り一帯には、この街以外に様々な街が存在するの。」


「・・・・・・。」


ユメも樽に腰かけ、ソニアの話を聞く。


「最初は、皆、東から夢を求めて来るんだけど、そうそう上手くなんていかないわ・・・。この砂だらけの渇いた土地を耕して畑を作り、次に水脈を探して井戸を掘る、物資を運んでくれる馬車の為に道を整備し、線路を引いて、炭鉱や他の街に行き来できるようにする・・・。これだけじゃないけど、井戸が無ければ生活できない。水を求めて、人々は色々な場所に移るの。食べ物だって、狩猟で獲るしかない。子どもだろうが、何だろうが、生きるために銃を握るの。」


「・・・・・・。」


ユメには考えられなかった。


日本という法治国家にいるユメは、特別な職業やスポーツとしての射撃をする人以外、銃を持つことなどない。


子どもの頃呼んだ昔話で、よく見かける『狩猟』も、ユメにとってはお話だけの世界なのだ。


「・・・・・・。」


ユメは、無意識にスカートの裾を握った。


ソニアは構わず話を続けた。


「この街は、幸い、早くに水脈が見つかって、炭鉱も出たの。運が良かったのよ。でも、他の街は違うわ。ある街には、東の金持ち達がお忍びで来たりして、ならず者達が相変わらずのさばっていたり、法外な値段で商売する商人がいたり、東と何にも変わらないわ。」


「東?」


「ユメは知らないかもしれないけど、この国で、東の地にいる上流階級以外の女は、人としては見られないわ。」


「・・・どうして?」


「女を下に見るのよ、この国は。どこもかしこも男社会だからね。」


ユメの頭の中に、『男尊女卑』という四字熟語が浮かんだ。

誰かが、外国の事を『女冥利のお国柄』だと言ったが、実際は違う。

やはり、何処の国でも、性別の差別は有るのだと、ユメは思わずにはいられなかった。


「でも、ここは違うわ。女だろうが男だろうが関係ないの。女だって、自分のやるべきことやって、生きている。
性別で差別される言われは無いの。」


樽から立ち上がって言ったソニアの背中は、ユメにとっては、とても大きく見えた。


「ソニアは、この街が好きなんだね。」


「えぇ、好きよ。」


振り返ったソニアは、白い歯を見せて笑った。


ユメは、


「(この街に来て良かった・・・。)」


と、思えたのだった。








「ユメ、こっちよ。」


「うん。」


ソニアに手招く先には、石を筒状に積み重ねた物があった。


「これは、何?」


「井戸よ。」


「井戸っ?!これが・・・。」


ユメは、驚いた。現代、井戸そのものを見るのも少ない。

しかし、ユメの母は大の時代劇好きで、ユメも幼稚園から帰ると、洗濯物を畳む母の隣で、夕方再放送の国民的時代劇を共に観賞していた。

その時代劇の中で、地面に木造りの箱のような物を置き、覗けば下に水があった。

おまけに、そこには屋根もついていた。


「ユメ、井戸を見たことがないの?」


「こういうのは、初めて。林間学校で見たのは、屋根に滑車がついていて、井戸の周りを木の箱で囲んであるものだったから、驚いたの。」


ユメは、物珍しそうに井戸の周りを一周する。


「りんかーんがこう?」


ソニアの顔が強張る。ソニアは、少し間を置いてから、


「・・・ユメ、貴女、エイプ氏を知っているの?」


恐る恐る尋ねた。


「エイプ?誰それ?」


「・・・知らないなら良いわ。それで、そのりんかーんがこうって、何?」


首を傾げるユメを見て、ソニアは追求を止めた。


「りんかーんがこうじゃなくて、『林間学校』。簡単に言うと、子どもが自然体験をする学校の行事だよ。そこで、初めて実物の井戸を見たのっ!」


昔のことを思い出しながら、楽しそうに答えるユメ。

ユメの様子を見て、ソニアは質問の答えを本当に知らないのだと認識した。


「初めてってことは、ユメのいた所に井戸は無いの?」


「井戸は無いけど、『水道』って言う、えっと・・・雨水を溜めて、汚れを取り除いて、地下に埋めたパイプを通して、家に水が運ばれてくるんだ。だから、蛇口を捻れば、水が出て来るんだよ。」


ユメは、井戸の水を覗き込む。

中は暗くはっきりとは見えないが、僅かに届く日輪の光が水面に反射していた。


「その水道は、ユメのいる所だけにあるの?」


「ううん。私の住んでいた国のほとんどは水道が通っているよ。離島とかでも。」


「そう・・・ユメのいた所は、進んでいるのね。」


ソニアは、遠くを見つめながら言った。


「ソニア?」


「・・・何でも無いわ。さぁ、次、行くわよ。」


「う、うん・・・。」


ユメは、先に進むソニアの背中が、どこか遠くに感じた。





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