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断案と憧憬 14
しおりを挟む「…………うっま」
深刻そうな敬吾のその一言を聞いて逸は無言のままガッツポーズをし、「でしょ」と偉そうに言った。
火の通ったエゾアイナメの肝を気味悪がっていた敬吾に半ば無理やり食べさせたところである。
「味濃いぃ……」
「ねー?大根も豆腐もどんこの出汁入ってて旨いでしょーー????」
「おう……」
「骨は危ないやつですからね、ちゃんと取って」
「ん」
表面に脂の浮いた味噌汁は、もはやはしゃぐ気にもなれないほど旨かった。
逸がなんとか捌き切った平目の刺し身も骨の唐揚げも、生魚があるからと紅生姜を入れただし巻き卵も、旬の白菜を使ったサラダも文句なく旨い。
黙々と食べ進める敬吾の碗を取って、逸は石油ストーブに掛けた鍋の蓋を開ける。
「うおやべえ煮立ってる。敬吾さんこれ食べる時気をつけて下さいね、あっついですよ」
「ん、どうも」
「煮詰まっちゃっても旨いんですけどね」
しかし魚の身がこなれてしまうのだ。鍋を下ろして台所に下げていると、リビングから「あちっ」と敬吾の声がする。だから言ったのに──と逸は笑い、水を持って戻った。
「火傷しませんでした?」
「だいじょぶ……」
「ん」
唇を窄めて味噌汁を吹いている敬吾を少し眺めてから腰を下ろし、また少し敬吾を見つめから一瞬だけ目を顰めると逸も箸を上げる。
「──やっぱ誰かに食ってもらえると作りがいありますね」
「うん?」
「一人だと手抜きしちゃうから」
「お前でもそうなんだ」
「そうですよ」
「へえ……」
敬吾は濃い黄金色に揚がった唐揚げを齧り、心底意外そうに逸を見ていた。
その毒気のなさが、逸の目にはちくちくと痛かった。
──当の敬吾はやはり無邪気な様子で刺身を摘んでいた。そして手酌で日本酒など飲み始めていた。
「うまっ、合うわー」
しみじみそう言う敬吾に、逸の方は少々ささくれた気持ちで相伴を強請る。敬吾はやはり頑是なく訝しい顔をした。
「お前これ日本酒だぞ?大丈夫かよ」
「大丈夫です、暴れるとかはなくなりましたもん」
「それもだけどさ……今朝二日酔いしたくせによく飲む気になるな」
「それは敬吾さんだってよくあるじゃないですかー」
そう拗ねた顔をする逸に、まあ粗相をしないなら何でも良いと敬吾は酒を注いでやる。
「辛いぞ」
「はい。ありがとうございます」
やはり酌をしてもらうのは嬉しいのか頬を緩ませて舐めるように一口飲み、逸は首をひねった。
「……辛い、んですか?これ」
「んー?ああ、お前普段蒸留酒ばっかなんだっけか」
「ああ、そういうのもあるのか……すげえ良い匂いですねこれ」
「な」
冷たく澄んだ、花のような香りがする。誘われるように唇を付けるがやはり、気安くは飲み干せないような、気高い味がした。
少しずつ食べ進める刺し身によく合う。
「こういうの食うと日本人に生まれてよかったって思うよなー」
「────」
──あ。
余計なことを言ってしまった。
やや影の濃くなった逸の顔を横目に見ながら、敬吾はいそいそと酒を注ぎ足してやるのだった。
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