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その心は 7
しおりを挟む──まだ耳がむず痒い気がする。
全くあの男は可愛いだの綺麗だの可愛いだの──
洗脳でもするつもりなのかと疑ってしまうほど口にする。あれも「溢れている」のだろうが、ここまで言い含められると文字通り体に染み込んでしまうのか、洗脳されかかっている気がして敬吾は頭を振った。
気付けにアイスコーヒーに口を付けると、待ち人の声が掛かる。
「ごめんねー、遅くなっちゃって……」
可愛いとは、こういう人のことを言うのだ。
ぱたぱたと小上りに上る柳田を見てそう思う。
仕事帰りに合流とのことだったが平服だ。スーツを着ていないと余計に若々しい。
柳田は中身も若々しい上、互いに数少ない話し相手になれることもあってこうして顔を合わせることは度々あった。
ひどい我慢をしているというわけではないが、誰と行ったの?誰と食べたの?今度一緒しよう、などと繋がりかねない話題はそもそも大っぴらには出来ない。それらを少しずつ飲み込んでいると意外とガスが溜まるものらしかった。
「すいません、先に飲み物だけ飲んでました」
「全然!飲んで飲んでー」
メニューを広げながら柳田は参ったというように笑い、「今日は暑かったねー」としみじみ言う。そして「今年の夏やばそうだからアラスカ行こうかなとか言い出したよ」と続けた。こういうことなのである。
「アラスカぁ!?また極端な」
「だよねぇ」
柳田は苦笑しているが幸せそうだ。
「オーロラ撮りたいんだって」
「絶対適当言ってますよ」
「あはは」
「あっほらオーロラのシーズン夏の終わりからですもん!」
敬吾が差し出した携帯の画面を見て柳田は「本当だ」と笑っている。
「適当だよねぇほんと」
「しばいた方が良いですよ」
「普通に無理だね」
苦笑しながらメニューを決め注文を済ませてしまうと、柳田は「そういえば」と敬吾を見た。
「逸くんの──」
そこまで言い、敬吾が引き取るのを待っているのか柳田は二の句を継がない。
敬吾が首をひねると、はっとしたように手を振った。
「あ、ごめんなんでもない。勘違いだった」
「えぇ?」
敬吾が苦笑する。
「珍しいすね、柳田さんがぼーっとするの」
「暑かったからかなー、今日お客さんの売り場づくり手伝ってきたんだけど、また日向でさー」
「うわっきつかったですね」
「俺よりお店の人が体調崩しちゃって──」
「あはは……」
──その辺りで先にドリンクが届き、改めて乾杯をすると柳田も人心地ついたようだった。
「うぁーーおいしい」
「あはは、お疲れ様です」
そしてまた、今度こそはっとしたように「そう言えば!」と言う。
「敬吾くんこの間すっごい美少年と歩いてなかった!!?」
「あ、あぁ……」
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