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その心は 5
しおりを挟む──甘い甘い、蕩けるような情事だった。
髪の毛の先まで蜂蜜に浸されるような、慈しまれるような。
「──お前さあ……なんなのほんと……」
「はい?」
ぐんにゃりと体を放り出した敬吾の横に半身を立て、逸は甲斐甲斐しく子猫を舐めてやる母猫のように飽かず唇を落としていた。
首をひねっていてもなお、うっとりと嬉しげである。
「あんまり気持ちよくなかったです?」
「違、ばか……そうじゃねえ……」
逆だがそうは言えない。
すりすりと内腿を撫でる手を反射的に掴んで止めて、やっと不満げになった逸の顔に敬吾は視線を合わせる。
「なんでそこまですんの……」
わけが分からない、とでも言いたげに、訝しげな顔をそのまま傾げる逸にため息をつき、敬吾はもぞもぞと体ごと逸の方へ向き直った。
「お前がどう思ってるか分かんねーけどさ」
「はい」
「あと俺もお前以外に抱かれたことなんかねえからそれも分かんねーけどさ」
「はい」
「お前のセックスって相っっ当甘いと思うわけだ」
「はあ」
逸は更に分からなくなった、と言うような顔をする。
なんと言ったらいいものか──敬吾は悩む。
無論少々乱暴に、強引にされることがないわけではない。
が、そんな時でも純粋な肉欲だけを感じるということはまずないのだ。
むしろ、好きで愛しくて仕方がないとでも言うような──それらの暴走であるようにしか思われない。
「溢れてんだよ……お前はいろいろ」
「?」
やはり不思議そうなままの逸の頬をぺたぺたと叩いてやる。
「……そんなに俺のこと好きか?」
やっと、逸の顔からすっきりと疑問符が消える。
愛しげに瞳を細めた笑顔で逸は「はい」と言った。
「………」
「そんなことですか?当たり前じゃないですか」
「や、そんなことって……」
「好きですよ、大好き。おかしくなりそうなくらい」
「おか……」
──それは、いつだったか──、
「……恋なんかだいたい頭おかしいっつってなかったか?」
「うん?」
──そうだったっけ。
敬吾の頭を引き寄せているところだった逸はそちらにばかり神経を注いでいて、片手間に思い返してみる。
言われてみれば、言ったかも知れない。
「……うん、でも俺はもう……今の方が正常な気がする」
「あん?」
この人が視界の中にいて、声を聞き、触れて、重なることで──
「敬吾さんと会う前の俺ってなんか……」
「っちょ、」
──やっと補填されるような気がするのだ。
「おいこらっ!」
「だめ?」
「ダメだろ!何回する気だよ!!」
「えーでも火ぃ点けたの敬吾さんなのにー」
──やはり、逸は言うことを聞かなかった。
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