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寸志の快感 6
しおりを挟む──敬吾さん、大丈夫かな。
敬吾の部屋の前に立ち、ドアノブに手を掛けたままため息をついて逸はしばし固まっていた。
敬吾のことだから怒っていないと言うなら本当なのだろう。
それなのにどうやら自分が気分を害してしまった。
逸としては、怒ってはいなくとも不愉快な思いはしたであろう敬吾を慰めたかったし知人の非礼を詫びたかった。
何より誰が何を言ったところで今自分の心の中には敬吾しかいないと分かってもらいたい。
昨夜一緒に食事をした時の敬吾は、逸にその思いを強くさせた。
──どう見ても塞いでいたのだ。
(──よし)
今日は何を言われても怒られても抱き締めて、鬱陶しがられても離さずにいよう。たくさん好きだと言おう。
そして──
──力を込めてノブを回し、決戦に臨むように部屋へと踏み入る。
「敬吾さーん、お邪魔しまーす」
「……おー」
返ってきた敬吾の声は、やや低いが昨日のように沈んではいないようだった。
(無理してんのかな……)
胸の奥が重くなる。
一瞬だけ痛ましげに眉根を寄せた後、逸はまた気合を入れて框に上がり、意識して大股にリビングへと向かった。
もう今にも抱き締めたい。
「──敬吾さん!」
胸を反らして逸がドアを開くと──
「……おう」
──そう出迎えた敬吾の瞳の冷たさに、伸びた逸の背筋はひんやりと凍らされてしまった。
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