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寸志の快感 5

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昼餉時、一般利用など珍しくもない学食で、それでもこの美貌は目立っていた。

「……なに君だっけ」
「隼でーす」

天真爛漫に応える隼とは対象的に、敬吾はがっくりと頬杖をついた。
頭が痛い。

「これ以上俺になんの話があんのかな……」

隼は先程から、馴れ初めだの記念日だのを聞き出そうとしては大した成果も得られず、かと言って不満な様子もなく感想を述べてみたりなどしている。
その様子に悪意も嫌味も欠片も見当たらず、それが返って敬吾を困惑させた。
一見、おしゃべりに興じる女子高生のような風情だ。

「だからー、いっちゃんとうまくいってる?って」
「それ君になんの関係があんの……」
「えー、ただの恋愛談義じゃん」
「だからね……」

それを、なぜ俺と君とで?

そう言いたいが藪蛇になる予感と毒気が抜かれるのとで敬吾は二の句を継げない。

「あんたがけーごさん?」などと話しかけられた当初はどこへでもマウントを取りに行く人種なのかと思ったが、不躾だが嫌味の影のないお喋りを聞かされるうち、それがただの本心なのだと知った。

心と唇が繋がってでもいるのか、しかもその間にカーテンの一枚すら無いらしい。

しかしそうなると、小馬鹿にしに来たわけではないのなら何の用がある、という疑問は残るのだが──

「じゃあさーじゃあさー」
「んー……?」
「もしいっちゃんと上手くいってないんならぁ」

隼がにっこりと笑う。
かわいいなぁ。隼の素直さにひきずられて敬吾もシンプルにそう思った。
隼は自分のこの笑顔の威力を知っているのだろうか。

「たまに貸して?」
「……………貸す?」
「うん。俺今人肌恋しいの」

──人恋しい、ではなく?

「人肌?」
「人肌」

首を傾げる敬吾に、うなずく隼。

二人は束の間、そのまま無言だった。



──それが重くなりすぎないうち、当たり障りのない言葉で破ったのは敬吾だった。

「──えーと、あいつは物じゃないわけだから」
「じゃあ本人に聞いて?」
「えっ俺が?」
「そりゃそうでしょ」

なんでだ。

そんな当たり前の言葉が、やはり毒気を抜かれて出てこない。
隼が余りにも当然のように当然だろうと言っているから。

意識すらせず信じ切っていた道理が実は間違っていたと知らされたような、聖職者の裏の顔を見たような、麦茶と思って飲んだら麺つゆだったような──とにかくそんな絶望的な混沌を感じ、それをそのまま顔に出している敬吾になぜか隼の方が呆れたような顔をして口を開いた。

「直接いっちゃんに言っちゃっていいのぉ?」
「……そりゃだめだけど」
「でしょ?だからちゃんと了承とってるじゃーん」

──「ちゃんと」か?これ。

相も変わらず自信満々に己の道理を貫く隼に、やはり自分の方がおかしいのかと敬吾は混乱を引きずっている。

藤の蔓を「まっすぐだ」と述べられて、紙の折り目もうねって見えた。

「ねー、ダメ?」
「………………」

敬吾はやっと考え始めた。
自分が見ているのは曲線なのか、それとも錯視で歪められた直線なのか。

そうしてその考えと自らの直線は一瞬で、感情の蜃気楼に掻き消される。

「ダメ。」
「えーーーーーーっ」

隼が初めてたじろいだ。
テーブルに思い切り顔を滑り込ませている。

「なんでー!いいじゃん!!」
「いや普通にやだよ」
「けーごさんのケチ!」
「あいつとより戻したいの?」
「そーゆーんじゃないー、人肌恋しいっつったじゃんー!」

──あれ?
敬吾は内心首をひねった。

今までになく、会話がまともに続いている。
隼はもとより、自分も理論を捨てたのに。

利己主義には利己主義であたった方が、二重螺旋のようにぶつかることなく案外上手く行くものだろうか。
新しい発見かも知れない。

「じゃああいつじゃなくてもいいんじゃないのそれ」
「そこはー……」

隼がまた笑った。今度はにやりと。

「良いほうがいいに決まってるじゃん」
「──」
「相性めっちゃいいんだもん……」
「………………」



──前言撤回。

やはり正論でとっととお帰り願うべきだった。

こんなことを聞かされるならば──。

「ちょっ。ちょっ!ちょーーー!!!!!
 ちょーーーーーっと待て隼くん!!!」
「もーなにー」
「こんっなとこでする話じゃねえからそれ……!!」
「へー?」

──セックスの頻度だの満足度だのよくする体位だの。
人前で──しかも微妙に注目を浴びつつ──捲し立てる話ではない。断じて。

赤面寸前、呆れることでどうにかそれを免れている顔を項垂れさせて敬吾は火の粉でも防ぐように隼の顔の前に手のひらをかざしていた。

「けーごさん真面目だねえ」
「普通だから」
「ふーん。まあ嫌だったならごめんねー」

存外素直に謝られ、敬吾が面食らっているうち隼は姿勢も声も少し低ませた。

「──けーごさん、セックスも真面目そうだし」
「────」
「いろいろと合わないとこもあるんじゃない?」




──ちょっと考えてみて。



鼻歌交じりに隼が席を立ってしばらくしてもまだ、その言葉が虫の羽音のように耳から離れなかった。






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