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あの日の報想 17
しおりを挟む「あのなあ……」
心底呆れたような敬吾の声とため息に逸が背筋を伸ばす。
「そもそもお前と後藤の関係ってなんだよ」
「へ……」
「お前、後藤が俺にちょっかい掛けたからぶち切れてなかった?」
「────」
「姉貴は?俺がしばらく実家帰ってて会えなくてお前がへそ曲げて。一緒に車返しに行った時に会ったんじゃなかったか?」
「──あ………」
徐々にそして鮮やかに、敬吾の言葉が心に落ちて沁みていく。そうだ。
「敬吾さん……!!」
「……おう」
突如、鎖から解き放たれた熊のように抱きついてくる逸を受け止めてやり──やはり受け止めきれず横倒しになって、敬吾は苦笑しながらその背中を叩いた。
「敬吾さんっ、敬吾さん────」
「よーーやく思い出したかよ………」
──そうだ。なぜ少しでも、あの夢の方が現実だったのかもなどと思ったのだろう。
全く自分は大馬鹿者だった。
本当は分かっていたのに、もし本当にまだ片想いをしているのならと穿った想像をして、傷つかずにいられる立ち位置を選んでしまった。
腑抜けにもほどがある。
「敬吾さんっ──ごめんなさい、だいすき」
「はいはい……」
敬吾とて呆れてはいるが本気で怒る気にはなれなかった。
──あんな風に素直に喜べない、いっそこのまま死にたいとすら言わせしめる、逸の片想いがそこまで歪んで救いのないものだったことを敬吾も痛々しく感じていた。
それを少しでも慰めてやりたいと思ったのだから。
「わかったわかった……、怒ってねーから」
全身で、しかし控えめに擦り寄って許しを乞うているような逸の体をやはり敬吾はぱんぱんと叩いてやる。
「……ちょっとでも良い思いできたのか?」
──あの頃のお前は。
そう艶っぽく尋ねられ、逸ははたりと昨夜のことに思いを馳せた。
今感じている愛情ではなく、焼け付くような欲情と所有欲、憧憬の色眼鏡で見る敬吾。
ほんの少しでも良いから触れたい、こちらを見て欲しいと願っていた頃の自分が手にした僥倖。
──それは膨大な幸福感と興奮だった。
本当に、そのまま死にたいと思うほどの。
敬吾が、そうしてくれた。
しみじみとした嘆息が漏れ、敬吾の首元を擽る。
目を細めた敬吾が甘く呼吸を漏らした。
「すごい……幸せでした」
「ん……」
「夢かと思った、本当に……あの頃の俺が敬吾さんに触れるなんて──」
「………………良かったな」
「うん……、有難うございます。本当に」
「………………」
とろりと目蓋が落ちていく。
幸せだった。今こうしているだけで溶け落ちそうなほどだが、当時の自分まで報われたような気持ちだった。
あの先の見えない、ただ一人で熱情と恋慕に暮れるだけの虚しさ。
敬吾が自分の手を取ってくれた時、そんなものは全て報われ雪がれたと思っていたが──
「敬吾さん……好きです……」
「ん……」
──あの頃の自分までこうして慈しんでくれる恋人が、愛しくて尊くてたまらない。
なんと言えばこの気持ちが伝わるのか分からずに、逸はただ恭しく唇を落としていた──。
「……ところでさ」
「ん……、はい?」
「お前はなに、プロのお兄さんに相手してもらったことがあんの?」
「はいっ!?????」
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