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TrashWorks 17

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「それにしても全っ然っ気づきませんでした」
「んー?」
「栗屋さんが告白してたの」
「あー」
「いつぐらいの話ですか?」

憑き物が落ちたようにあっさりとした逸の口調に、疑念や嫉妬の影はもう無い。
そう理屈で判断する必要すら無い気軽さに、敬吾もトーストを噛みながら問の答えを考えた。

「いつだっけなあ、結構前だよ」
「え、ほんとですか」

贔屓目を差し引いても逸は周囲の感情の変化に敏い。
少しはそれを自覚しているらしく、驚いたように目を見開いた。

「えーっと……、……ああそうだ。この間のセールの前辺りだよ、ちょうどその後くらいから俺2号店に駆り出されてた気がする」
「えっそんな前!?マジで気づかなかったなぁ……その後も結構会ってるんですけどね俺」
「……すげー人だよな」

重くはないが真摯な敬吾の口調に、逸は一瞬だけ静止しゆっくりとコーヒーを飲んだ。
敬吾は気づかない。

やや内側に引き込まれたその視線は、その時のことを見ているらしい。

──彼は、早めに玉砕したかったと言っていた。






最初から断られることは覚悟していたような口ぶり。
そのお陰か、人の好意を拒絶してしまう引け目はあっても必要以上の罪悪感を感じずに済んだ。
もしかしたら栗屋はそこまで気を配って、最初から場を整えていてくれたのかも知れない。

自分が気持ちを整理したいだけだから何も気に病むことはない、むしろ我儘に付き合わせてしまって申し訳ないと言った栗屋の気持ちを労ってやりたいと思った。

応えてやることは出来ないが、彼が必要以上に傷つく謂れはないのだと思ったしそう伝えてやりたいとも思った。

栗屋はいわゆる同性愛者とは少し違い、心が完全に女性なのだと知ったこともそれに竿したのかも知れない。







「──本っ当少女趣味なんですよ、僕」

その言葉通り、彼の小さな手に包まれたカップには柔らかい香りのするオレンジ色のお茶が満ちていて──またも一新した彼の髪の毛と同じ色をしていた。

──そうして栗屋は「気持ち悪いくらい」と続け、そう言ったときの表情は、彼が見せた唯一の暗がりだった。

「昔っから、普通に自分女の子だと思ってて!少女漫画とか大好きでもーキュンキュンしまくってたんですよ──」
「へー。まあ俺も栗屋さんのこと女の子だと思ってましたけどね」
「あ、本当ですか?えへへ」

その言葉に嘘はないが、告白を断られた直後にこうしてさばけた話をするあたりはかなり男らしいと思ってしまう。
しかしそこが好ましいから余計なことは考えまい、と敬吾も目の前のアイスコーヒーに手を伸ばした。

「ずっとそういう恋に憧れてて。岩居さんはもう、ほんと王子様みたいでした」
「!」

咽る敬吾を見て栗屋は笑い、呼吸が落ち着き始めると敬吾も笑うしか無くなった。

「王子って!」
「いやほんとに!だってあんな出会いあります!!?」
「いやーうん、確かにね?」

苦笑いする敬吾を細めた瞳で見つめ、栗屋は幸せそうにため息をつく。

「すごく楽しかったです、自分が主人公になったみたいだった」
「……?」

栗屋の微笑に悲壮感はないが、辛い思いをした人間特有の、明るいだけではない、深みを帯びたものだった。
しみじみとした様子の視線をゆっくりとした瞬きで遮り、栗屋は今度こそさっぱりとした笑顔を咲かせてみせる。

「ほんと、ありがとうございました!岩居さんで良かったなぁ。最後まで紳士ですね」
「紳士って……」

にこにこと幸せそうに、しかし少し急ぎながらカップを傾ける栗屋に敬吾は苦笑する。

──そして、らしくもないことを言いたくなっていた。

無責任なことは言うべきでないと思いながらも、こみ上げる欲求を堪えられそうにない。

「──栗屋さんはすごい素敵な人だと思いますよ。良い人が見つかります。絶対」
「────………」

栗屋はその大きな瞳がそれこそ零れそうなほどに目を見開き、ほんの少し顎を落として寸の間呆然と敬吾を見つめた。

「………………はい」

その瞳が少し水面のような光を弾いた気がして、敬吾は視線を伏せながら伝票を取ったのだった。




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