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TrashWorks 8
しおりを挟む「──敬吾さん、あのね」
「んん?」
「……俺、性格悪いのは重々承知で言うんですけど」
「? うん」
縋り付くような、少し怯えているような表情の逸を敬吾はただ不思議そうに見返していた。
逸はただただ真摯な視線を寄越しているが、逸の性格が悪いと思ったことなど一度もないので敬吾としてはただ未知の予測に困惑するしかない。
「──あの、栗屋さんいるでしょ。上の服屋さんの」
「ああ」
「あの人………」
──と、あまり会って欲しくない。
その言葉を飲み込んで、逸は一気に混乱した。
そんなことを言おうと思ったのではない。
何か他の、上手な言い回しを思いついたからこうして口火を切ったはずだった。
──なのに、そのあったはずの妙案は今言葉の迷路の奥深くに引っ込んでいってしまった。
道筋の見当すら立たない。
「………栗屋さんがどうかしたか?」
「いやあの、あの人がどうってわけではなくて──」
──そう、彼が悪いわけでは決して無い。
自分が狭量なのだ。
「──心配で、おれ」
「あ?」
「敬吾さん……自覚ないだろうけどすげー色んな人から好かれるから……」
「……………………」
敬吾の細まった瞳が嫌悪感を帯びているような気がして、逸はまた冷静さを失った。
「ただの勘なんですけど、でも多分そうだと思うんですけど、あの人──」
敬吾が溜め息をつく。
また逸は取り逆上せた。
だが敬吾は口を開かない。
数秒、その状況が変化するかどうかを見届けて逸はまた口を開いた。
「──敬吾さんに惚れてませんか」
「…………………」
敬吾はただ聞くことにしたようで、先を促すようにコーヒーに口を付ける。
熱くなった額を擦り、逸はその中を整理しようと試みた。
ここからまだ、敬吾を幻滅させずに済むだろうか。
「敬吾さん……優しいから。もてるのはすげえ分かります、俺だってそうやって敬吾さんのこと好きになって、敬吾さんはやっぱ優しいから俺のこと振れなかった」
「…………………」
「──それを、他の人にも思っちゃったらどうしようって俺、」
「…………………」
「────心配で」
「…………………」
敬吾は、やはりまだ何も言わない。
静かにマグカップを置いて、「それから?」と言った。
──それから。
「──いや、あとは………無いです」
いや、あったはずだ。
もっと上手に言いたいことを言いながら。
かつ自分を取り繕う、弁解が。
それを必死で考えていて、敬吾の唇が今にも何か言いそうに開いた時、逸は食いつくようにまた言葉を重ねる。
「あ………っでも俺、分かってはいるんです栗屋さんすげえいい人だって言うの。だから余計にっつーか、どうなるにせよ敬吾さんも嫌な思いする気がして、それで──」
「………分かった」
実際の所逸の吐露の何を分かったというのか確証はなかったが、敬吾は遮るようにそう言った。
「──お前俺に、自分以外には優しくすんなって言ってんの?」
静かな声でそう言われ、逸はしばし言葉を失っていた。
「……………ちが、………そうじゃなくて」
半ば反射でそう言いはしたものの、それが本意でないことはその声音の頼り無さを思えば問うまでもなかった。
敬吾は小さく溜め息をつき、逸は自分の情けなさと
、降って湧いたような敬吾の問いかけの鋭さに頭を殴られたような気がしていた。
その衝撃にまだ呆然としている。
「……そう言ってるように聞こえるぞ」
てっきり失望されたものと思っていた逸は、敬吾の声が思ったよりも温かかったので密かに安堵した。
だがやはり表情はどう見ても呆れていて──これも、自覚よりは素直な性格がそうさせるのだが、本人はそうとは思っていないので逸だけが今敬吾の内心を予想できている。
有り難くはない内心を。
今すぐに土下座してでも、許しを乞いたい気分だった。
──だがそんなものは、今敬吾にその顔をさせているのであろう自分の不甲斐なさに拍車をかけるばかりなのだ。
「……それと」
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