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TrashWorks 4
しおりを挟む「えー?普通に男じゃないすか」
大根をおろす手を一瞬たりとも淀ませることなく、ごく当然のように逸は言った。
敬吾の方はすっかり動揺してしまい、鳥の手羽元が空の土鍋の中へ急降下してごろごろ跳ねている。
「……え、嘘だろ?」
「なんでですか、休憩の時俺と入れ替わりに出てった子でしょ?」
「そうだけど……」
躊躇いがちに敬吾が肯定すると、逸はただ肩を竦めただけだった。
本当に特別変わったことに気づいたとは思っていないらしい。
「……え、マジで?そんな感じか?」
「って言うか敬吾さんがそこまで驚いてることに驚いてますから」
「えー………」
火に掛けた手羽元に大根おろしを流しかけると、やはりごく当然のように軽い味付けを施して逸はさっさと蓋を閉じてしまう。
「別にゲイだから気づいたとかそーゆーことじゃないですよー」
「お、おう」
本当に鋭い男である。
後は鍋に火が通るのを待つだけだ、つまらなそうに手を流して、敬吾に声をかけるでもなく逸はリビングへと戻ってしまった。
そうなると自分に手伝えることなど無いので敬吾もリビングで腰を下ろす。
やはり逸は大して興味もないような顔をしているが、ちらりともどかしそうに敬吾を流し見た。
「……その子がどーかしたんですか?」
「へ?」
「その、栗屋君?」
「え?別に」
「ふうん………」
「…………」
やはり何でもなさそうに──見えるように努力をして──逸は視線をテレビに戻す。
敬吾は二度瞬いて、その無関心さが堪えきれない興味の顕れであることを当然のように把握していた。
この男が敬吾に関する話に関心がないだなんて、それは訳あって隠している場合くらいしか有り得ないことだ。
──が。
拗ねている逸を眺めるのはこの上なく楽しいことでもある。
「単純に信じらんねーって思っただけ。ほんと可愛くないか?」
「俺はよく分かりません」
「あーそっか、だよな」
「………………」
「…………………」
「…………………………………」
「……………もう!なんで意地悪するんすか!!!!」
「あっはっはっ!お前が素直に聞かねーからだろ!っあー面白ぇ………」
「面白くない!」
「分かった分かった悪かった、う……」
涙すら滲ませながら笑っている敬吾は、ふと暗くなる視界に顔を上げる。
そこにあって光源を遮断していたのはやはり不服そうな顔をした逸でその顔はやはり近づいてくる。
触れた唇が柔らかかったのは一瞬で、すぐにそれは、表情に見合わない獰猛さを帯びていった。
(………どうしたらいいんだろうなあこの人)
情事のさなか、逸は考えていた。
平素なら絶対にしない考え事を呼んだのは、不安……とも言えないほどの、小さな疑問。
なぜこの人はこうなのだろう?
苛立っているわけでは決してないが、なぜ分からない!と冗談半分に問い詰めたくなるような鈍感さ。
頭脳はかなり優秀なはずだ。
そこに胡座をかくことも、さぼり癖もない。
──それなのに何故?
冗談半分、の半分のところ。
ほんの少しささくれだったような気持ちが、敬吾を頭から食ってしまうような乱暴さに繋がる。
そのくせ顔は妙に思慮深げだから敬吾は混乱した。
「なに、っ?お前……今日……、」
「んん……?」
「なんかへんー……」
「変ー……?」
ぐらぐらと揺さぶるのはやめないまま、逸は子供騙しな緩い口調で問い返す。
それなのに顔はやはりつまらなそうな、快感に眉を顰めただけの真顔だから余計に怖い。
「う……、」
そんな扱いをこの男にされたことはない。
何度か気分を害した時、不可抗力で、あるいは意図的にそうされたことはあるが。
こんな風に芯から無意識な様子で手間半分に触れられたことは無い。
「なに……、考え、てる、?」
「んー…………?」
やはり淀みなく抉りながら、逸はやっと、しかし緩慢に顔を上げて敬吾を見た。
──少し不安げに自分を見上げるその顔。
普段しっかり者のこの恋人がそんな顔を見せるのは、自分にだけだと知っている。
──知っているが。
「…………敬吾さんのことですよ」
その言葉に嘘は全く無く、もっと空々しい気持ちになるだろうと予想していた敬吾も内心驚くほどに真っ直ぐな声だった。
「──でも俺が考え事してるのはちょっと分かるようになった?」
「──う、んぅ……」
「ふふ、敬吾さん良い子」
「はあ………………?」
「だから……」
──もう少し頑張りましょうね。
それは言わずに、敬吾を不安がらせたことを後悔して逸は今度こそ目の前の敬吾にだけ浸ることにした。
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