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残響 4
しおりを挟む(どうすんだろうな……)
敬吾は、漠然と考えていた。
逸の生活のことは、なんとなく不思議に思うことはあってもこうも具体的に、しかも少々ひりつく気持ちで考えたことはなかった。
もしかしたらせっつくようなことをしてしまったのでは──という気もする。
そういった気持ちは、一切無かった。
逸が前向きに捉える話ならそれは良いことだとは思うが。
──この店から逸がいなくなって、規則正しくも自由の利かない生活を送り、新たな人と環境に出会う。
そんな当たり前のことが、なぜこうも、視線を下げるような、胸を押されるような気持ちにするのか。
自分にどうこう言える話ではないのに──
「おはようございまーす」
「!あ、さっちゃん……おはよう」
「敬吾さん、店長の話聞きましたー?逸くんのやつ」
「あ、うん」
「ですよね、逸くん行っちゃうのかなぁー、キツイー」
「どうなんだろうね……」
敬吾の少々困ったような声には気づいた様子もなく、幸は眉を下げて唇を尖らせる。
「敬吾さんだっていなくなっちゃうのにー、もうあたしもやめてちゃおっかなってレベル」
「あはは!店長泣くからやめてあげてよ」
もちろん冗談ではあるのだろうが、幸は本心から寂しげな顔をしていた。
「バラバラになっちゃうなあ。敬吾さん、ここやめても仲良くしてくださいねー」
「────」
驚いたように目を見開き、敬吾が焦ったように二度頷くと、幸はぐっと拳を握って追い打ちを掛ける。
「携帯壊れたとかナシですよ!住所教えて下さいよ年賀状出しますからねあたし!!」
「お、おう……ありがとう」
「ありがとうじゃないですよ敬吾さんも出すの!ほらメモして!!」
「えっ、あっはい」
幸に紙とペンを押し付けられ、敬吾は久しぶりに気持ちの軽そうな笑顔を浮かべていた。
「──さっちゃんは?どうするんだっけ、卒業したら」
「うーん」
敬吾──と逸──の住所が書かれた紙を手帳にしまい込みながら、幸は斜め上を見る。
「ほんとはお店やるの夢なんですよあたし、昔っから喫茶店がやりたくて」
「へえー」
「良い顔はされてませんけどね、実際大変なのは分かってるし。まあどうするにせよ先立つものは必要なんで、絶賛貯金中です」
幸は照れくさそうに笑っているが、彼女の生真面目な性格は敬吾も知っている。
こうして気軽に話してはいるが、きっとかなり緻密に現実的に考えているはずだ。
「大叔父が趣味でやってるお店があって。気が済んだらもろもろ譲ってやるよとか冗談半分で言ってくれてるので、まあ期待しとくことにしてます。できたら敬吾さん来てくださいねー」
「行く行く、常連になる。さっちゃんのお菓子美味しいし」
「あはは!材料費掛けたらお菓子なんて誰でもあんなもんですよ」
からからと笑った後、幸はわざとらしいほど悲しげに肩を落としてみせた。
「でも儲け出そうとしたらねー?バターと砂糖ケチったお菓子なんかおいしくないのにー」
「そういうもんなんだ」
「ですよー、卵も粉もお酒も良いの使ったらそれだけでもう……そうなったら料理のほうが難しい気がするなー。お菓子は基本配合通りに忠実にが原則ですけど、料理はプラスαが腕の見せ所って感じ」
「へえ……どっちもできないから分かんないわ……」
しかしそう言われれば、確かに同じ料理でも母のものと逸のものとでは味が違うか。
チョコレートやクッキーは、どこの店のものを食べても余程でない限り違いが分からない。
(この解釈で合ってんのかはビミョーだけど)
不思議そうに首をひねる敬吾に、幸はからりとした笑顔を向ける。
「敬吾さんは?どんな企業狙ってるんですか?」
「あー、」
言われて、敬吾はやや重要度の薄らいだような顔をした。
「それなんだけどね」
「はい?」
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