こっち向いてください

もなか

文字の大きさ
上 下
247 / 345

残響 2

しおりを挟む




さてどうしたものか──と敬吾が考えていると、アパートの前で逸と鉢合わせた。

「あ、敬吾さん──」
「あれ……今帰りか?早番じゃなかったっけ」

バイト帰りらしい逸に、敬吾は不思議そうに問いかける。
逸は少し疲れたように苦笑した。

「2号店からお呼びかかっちゃって」
「ああ──」
「夕飯、先仕込んどいて良かったー。今日角煮ですよ」
「んん」

その微かな疲労も、敬吾に笑いかけることで消える。
しかし急な予定変更は困ることには変わりないらしかった。

「もう他のバイト入れないことにしようかなあ、なーんか最近あっちもこっちも忙しいすよね」
「そうだな……」

この話の尻馬に、敬吾は乗ることにする。

「……ていうかさ、そもそもなんでお前そんなにバイトばっかしてんの?」
「うん?」

今ひとつ気の乗らない話は、エレベーターの扉の音に紛れてしまう。

「──いや、立ち入ったこと言うつもりじゃないんだけど。就職する気あるんだったら紹介したい話があるんだけどって、店長が言ってて」

逸は特にこれと言った返事をせず、不思議そうに瞬きながら敬吾を見返していた。
エレベーターが止まって扉が開き、とりあえず敬吾が外に出るとやはり不思議そうについてくる。
よく分からないので説明してくれ、という沈黙なのだろう。

「前から不思議に思ってたっぽいんだよ、なんでもできそうなのになんでフリーター?つって……」
「……?えーと……」

敬吾らしくない、いまいち要領を得ない喋り口に逸はまだ腑に落ちないようだった。
しかし話は見えてきたので訝しげながらも口を開こうとするが、慌てたようにまた敬吾が二の句を継ぐ。

「えーっと詮索とかするわけじゃないんだけどな。店長的にはもったいねえなって思ってるらしくて。それは俺も思う。なんだかんだで優秀じゃんかお前──高校も頭いいとこだったんだろ?」
「はあ……」

やはり敬吾らしくない話のつなぎ方に逸はまた瞬く。
不思議ではあるが人によってはデリケートな話題だ、意識して気を使ってしまっているのだろうかと納得することにして、逸は部屋の鍵を開けながら気軽に返事をしてみせた。

「俺高校の時いろいろバイトしてたんですよ」
「ああ、言ってたな……」
「それがすげー楽しくて。色んな人と会ったり色んな業界見るの好きになったんですよね、んでほら」

やはり気軽に、部屋に入り靴を脱ぐ逸の様子はいつもと何ら変わらない。

「俺は家族もって子供養うってことがないじゃないですか」
「────」
「だからまあ、そんなにそんなに安定とか待遇とか拘らなくても、自分が食っていければいいわけだし……若いうち何年かはこうしてるのもいいかなって思ったんですよね」

言葉を失ってしまっている敬吾にやはり気軽に「でも父親は激怒でしたけど」と逸が続けたので、敬吾はやっと「だよな」となんとか平静に聞こえる声で相槌を打った。
親としては、だからこそ足元を固めておけと言いたくもなるだろう。

逸はさもない顔をしているが、ながらで聞いては悪いような気がしてきて敬吾は腰を下ろす。
お茶を淹れてくれるのは結局逸なのだが。

「じゃあこの大学合格すんのが条件だって言われたんですけど……受かってもどうせ辞退すんのにって、高校の成績落とさないってことで手打ちになりました」
「……………」
「入学金も自腹とか言われて。意味分かんないっすよねー、返ってこないでしょそれ」

逸は綺麗に下げまで付けたが、敬吾は笑う気にはなれなかった。

「そんな感じです。実際高校出てからは短期のバイト色々やってましたよ」

期間どころか拠点も定めずにいた逸からすると今のバイト先はかなりの例外である。

事実最初は「少しの間だけでも良いから手伝ってくれ」という話で、状況が落ち着けば辞めてくれてもいいということだったのだが、それがこうも長く一つところに留まることになったのは、偏に──そこに敬吾がいるからだった。

神妙な顔で揃いのマグカップを見ている敬吾を見つめ、逸は話の鼻先をそらす。

「つってもまあ、ずっとそんなことしてるわけにもいかないですけどね、店長がそう言ってくれてるのも嬉しいし。どんな話なんですか?」

敬吾も逸の気遣いを察し、ぱちぱちと目を覚ますように瞬いた。

「──ああ、フレファンさんがさ、こっちにも営業所出すんだって」
「えっ!そうなんですか?」
「あそこ評判いいだろ。うちでも発注多いし、卸してくれって話も結構あるみたいで、もう営業所一個じゃ全然回んないからって……まあまだ先の話らしいけど」
「へえ……あそこ問い合わせの電話とかしても印象いいですもんねー」
「うん……まあ興味あったら店長に聞いて」
「はい。敬吾さん──」
「うん?」

思わず敬吾に呼びかけて、あどけない顔を向けられ、逸は沈黙した。

今自分は何を言おうとしたのだろう。

「あ………いえ。夕飯………角煮と、茄子チンしたやつでいいですか?」
「ん?うん……」

苦笑する逸に、敬吾は不思議そうに首を傾げる。


逸は少々緩くなってしまっている唇を引き締め、小さく首を振った。







しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!

灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。 何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。 仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。 思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。 みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。 ※完結しました!ありがとうございました!

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

年上の恋人は優しい上司

木野葉ゆる
BL
小さな賃貸専門の不動産屋さんに勤める俺の恋人は、年上で優しい上司。 仕事のこととか、日常のこととか、デートのこととか、日記代わりに綴るSS連作。 基本は受け視点(一人称)です。 一日一花BL企画 参加作品も含まれています。 表紙は松下リサ様(@risa_m1012)に描いて頂きました!!ありがとうございます!!!! 完結済みにいたしました。 6月13日、同人誌を発売しました。

処理中です...