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残響 2

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さてどうしたものか──と敬吾が考えていると、アパートの前で逸と鉢合わせた。

「あ、敬吾さん──」
「あれ……今帰りか?早番じゃなかったっけ」

バイト帰りらしい逸に、敬吾は不思議そうに問いかける。
逸は少し疲れたように苦笑した。

「2号店からお呼びかかっちゃって」
「ああ──」
「夕飯、先仕込んどいて良かったー。今日角煮ですよ」
「んん」

その微かな疲労も、敬吾に笑いかけることで消える。
しかし急な予定変更は困ることには変わりないらしかった。

「もう他のバイト入れないことにしようかなあ、なーんか最近あっちもこっちも忙しいすよね」
「そうだな……」

この話の尻馬に、敬吾は乗ることにする。

「……ていうかさ、そもそもなんでお前そんなにバイトばっかしてんの?」
「うん?」

今ひとつ気の乗らない話は、エレベーターの扉の音に紛れてしまう。

「──いや、立ち入ったこと言うつもりじゃないんだけど。就職する気あるんだったら紹介したい話があるんだけどって、店長が言ってて」

逸は特にこれと言った返事をせず、不思議そうに瞬きながら敬吾を見返していた。
エレベーターが止まって扉が開き、とりあえず敬吾が外に出るとやはり不思議そうについてくる。
よく分からないので説明してくれ、という沈黙なのだろう。

「前から不思議に思ってたっぽいんだよ、なんでもできそうなのになんでフリーター?つって……」
「……?えーと……」

敬吾らしくない、いまいち要領を得ない喋り口に逸はまだ腑に落ちないようだった。
しかし話は見えてきたので訝しげながらも口を開こうとするが、慌てたようにまた敬吾が二の句を継ぐ。

「えーっと詮索とかするわけじゃないんだけどな。店長的にはもったいねえなって思ってるらしくて。それは俺も思う。なんだかんだで優秀じゃんかお前──高校も頭いいとこだったんだろ?」
「はあ……」

やはり敬吾らしくない話のつなぎ方に逸はまた瞬く。
不思議ではあるが人によってはデリケートな話題だ、意識して気を使ってしまっているのだろうかと納得することにして、逸は部屋の鍵を開けながら気軽に返事をしてみせた。

「俺高校の時いろいろバイトしてたんですよ」
「ああ、言ってたな……」
「それがすげー楽しくて。色んな人と会ったり色んな業界見るの好きになったんですよね、んでほら」

やはり気軽に、部屋に入り靴を脱ぐ逸の様子はいつもと何ら変わらない。

「俺は家族もって子供養うってことがないじゃないですか」
「────」
「だからまあ、そんなにそんなに安定とか待遇とか拘らなくても、自分が食っていければいいわけだし……若いうち何年かはこうしてるのもいいかなって思ったんですよね」

言葉を失ってしまっている敬吾にやはり気軽に「でも父親は激怒でしたけど」と逸が続けたので、敬吾はやっと「だよな」となんとか平静に聞こえる声で相槌を打った。
親としては、だからこそ足元を固めておけと言いたくもなるだろう。

逸はさもない顔をしているが、ながらで聞いては悪いような気がしてきて敬吾は腰を下ろす。
お茶を淹れてくれるのは結局逸なのだが。

「じゃあこの大学合格すんのが条件だって言われたんですけど……受かってもどうせ辞退すんのにって、高校の成績落とさないってことで手打ちになりました」
「……………」
「入学金も自腹とか言われて。意味分かんないっすよねー、返ってこないでしょそれ」

逸は綺麗に下げまで付けたが、敬吾は笑う気にはなれなかった。

「そんな感じです。実際高校出てからは短期のバイト色々やってましたよ」

期間どころか拠点も定めずにいた逸からすると今のバイト先はかなりの例外である。

事実最初は「少しの間だけでも良いから手伝ってくれ」という話で、状況が落ち着けば辞めてくれてもいいということだったのだが、それがこうも長く一つところに留まることになったのは、偏に──そこに敬吾がいるからだった。

神妙な顔で揃いのマグカップを見ている敬吾を見つめ、逸は話の鼻先をそらす。

「つってもまあ、ずっとそんなことしてるわけにもいかないですけどね、店長がそう言ってくれてるのも嬉しいし。どんな話なんですか?」

敬吾も逸の気遣いを察し、ぱちぱちと目を覚ますように瞬いた。

「──ああ、フレファンさんがさ、こっちにも営業所出すんだって」
「えっ!そうなんですか?」
「あそこ評判いいだろ。うちでも発注多いし、卸してくれって話も結構あるみたいで、もう営業所一個じゃ全然回んないからって……まあまだ先の話らしいけど」
「へえ……あそこ問い合わせの電話とかしても印象いいですもんねー」
「うん……まあ興味あったら店長に聞いて」
「はい。敬吾さん──」
「うん?」

思わず敬吾に呼びかけて、あどけない顔を向けられ、逸は沈黙した。

今自分は何を言おうとしたのだろう。

「あ………いえ。夕飯………角煮と、茄子チンしたやつでいいですか?」
「ん?うん……」

苦笑する逸に、敬吾は不思議そうに首を傾げる。


逸は少々緩くなってしまっている唇を引き締め、小さく首を振った。







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