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安心させて 8
しおりを挟む「敬吾さん」
「──んぇ?」
「ご飯。何がいいですか?」
「えっ、あ、ああ……………」
不思議そうに覗き込む逸の視線をなんとなし避けてしまいながら、敬吾は芳ばしい香りの水面を見つめる。
「なんでもいい……」
「なんでもってー」
逸は拗ねたように唇を突き出すが、甘えるように敬吾の膝を揺らした。
「敬吾さんが食べたいの作らせてくださいよー」
そう言われ、そこでやっと敬吾はぼんやりとした思索の縁から離れ、さきほどのやり取りを思い出す。
少し厄介な気持ちになって、せいぜい難しそうな料理を考えた。
「……じゃあグラタン。マカロニと海老のやつ」
これでどうだと逸の顔を伺うと、逸はごく嬉しげに頷いている。
「分かりましたっ」
「え」
「え?」
「──あ、じゃああれも。なんか……辛いチキンライスみたいなの」
「ジャンバラヤですかね?了解です」
またも笑顔で頷く逸に、敬吾はわたわたとこたつの縁を掴んだ。
「あと……っコールスローも!」
「ん?はいっ」
「…………………」
妙に焦ったような敬吾の様子だけが不思議で逸は首を傾げるが、その平穏さがさらに敬吾を急き立てる。
「……じゃああとミネストローネも!!」
「了解ですっ」
「………………全部手作りだぞ!?」
「? もちろん」
「……………!!?」
(…………くっそ……)
夕飯はやはり、旨かった。
逸が作りすぎてしまい「冷凍しておこうかな」と言った分のホワイトソースも結局食べ尽くしてしまうほど。
「敬吾さん今日食いましたねー」
「おう…………」
敬吾の胸中など知る由もなく、逸は心底嬉しげに笑っている。
手の込んだ料理だったのでシンクはまだ少々ごたついている、が。
逸の足は台所ではなく敬吾の隣に向かう。
そしてその手は膨れた腹に乗り、唇は敬吾の目尻に寄った。
「ぅ……………、」
「お腹、ぽんぽんですねえ」
「…………………」
つまりなんだと言いたいのか。
敬吾が不機嫌そうに瞼を落としても気にする風もなく、むしろ嬉しそうに笑って逸は敬吾を抱き寄せる。
「…………敬吾さん」
「え、」
低くなり始める逸の声に、敬吾はその腕の中の範囲で距離を取った。
「ばっ、食ったばっかだぞ!」
「んん?」
敬吾の狼狽ぶりを尻目に、逸は大人をからかう子供のように笑う。
「敬吾さんそんな激しくするつもりなんですかー?」
「…………」
「いでっ!!」
無言で振るわれた拳骨を食らい、逸は流石に腕を解いて頭をさすった。
「お前それ以上調子乗ったら……」
「すっ、すみません………………」
逸はまた、ひやりと敬吾の犬歯の感触を思い出していた。
敬吾に尻を叩かれ叩かれ洗い物をし、風呂を浴びた頃には逸はまたのんきな犬顔に戻っていた。
敬吾の食が進むのはやはり嬉しいらしい。
機嫌良さそうに、敬吾を背中から抱き込む逸の腕にはいやらしさの欠片もなかった。
乾いたばかりの髪は温かい香りで、ふわふわと敬吾の頬に触れている。
が。
流し見していた映画に見切りをつけたらしい敬吾が「風呂入るからちょっとどけ」とその膝小僧を軽く叩くと。
何か逡巡したような──健全とは言い難い──空気が一瞬漂った。
「……………。おい。」
牽制のような敬吾の溜め息が逸の腕を撫でる。
そうして逸は、「一緒に入っとけば良かったな」などと宣って──また敬吾を呆れさせた。
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