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逃亡、降伏 4
しおりを挟む一も二もなく力任せに遠のけられてしまい、傷つく間もなく逸はぱちくりと瞬いていた。
存分に驚いた後は、一秒ごとに懸念が心を重くしていく。
「………えっと………、……俺なにか、しました……?」
形だけ微笑んではいるが困惑を隠せない様子で逸が尋ねると、言ってしまったとばかりに固まっていた敬吾はぐっと俯いた。
物理的に離れていたことも、少し控えろと窘められたこともあるが。
こんな風に「嫌だ」と言われたのは初めてだ。
本当に何かしてしまったのだろうかと逸がヒヤヒヤし始めたところに、意を決したように敬吾が口を開く。
拒絶を体現していた、逸の肩に置かれた手が申し訳なさそうに下がっていった。
「…………あの、お前になんかされたとか………俺が怒ってるとかそういうことではないんだけど」
「──あ、はい……」
とりあえずは安心してほっと息を吐き出し、逸は敬吾の言葉を待つ。
「……………あの、な」
「……………はい」
敬吾はやはり口が重く、緊張しているようでそれが逸にも伝わってきた。
所在なさげに手首あたりに下りていた敬吾の手を、逸が握り返して膝の上に置く。
敬吾は諦める形で緊張を乗り越えたらしく、疲れたように息を吐きだして口を開いた。
「……この間、した時さ」
「ん?……はい」
「俺………ちょっ、と変、だっ……ただろ」
「………………へん?」
逸はやはり、しばらくぱちくりしていた。
「………へ、へん?」
逸が重ねて問うと、徐々に赤らみながら敬吾が頷く。
子供のように首を傾げながら上を見て、逸は先日のことを思い返してみた。
確かにいつも通りとは言い難かったが。
「ドライでイッちゃったことですか?」
「いい言うなっ──、 ……?どらい?」
あまり言葉で表現されたくない敬吾は半泣きの顔をがばりと上げて抗議するが、耳慣れない単語にそのまま首を傾げてみせた。
そのあどけなさに逸は破顔する。
「うん……出なかったでしょ。ああいうの」
「…………?はあ」
逸がいやらしい言い回しをしないことで、敬吾は冷静に、しかしまだ分からない様子で眉根を寄せた。
「俺も聞いた話なんでよく分かってないんですけど。男がイくのとは……射精とは別物みたいですね」
そう言った逸の目つきが、言葉はまだ保健体育のように平静なのに少々それにそぐわない。
敬吾が僅かに視線を逃がすと、それを諌めることもなく逸は優しく髪を撫でて頬を寄せた。
「頭でイく感じ?とか、全身で、とか」
耳に近くなった声の響きが強すぎる。
遠のけたいが、今度はそれが許されなかった。
声音は優しいままなのに強く項を掴む手が怖い。
「そうでした?」
「……っわかんない、っ」
「引かないとは言ってましたね、敬吾さん」
「………………っ」
「……今、思い出してる?」
──怖い。
またこうして、自分は作り変えられる。
この男の手で、強要はされないのに有無は言わせず──なにか、見も知らぬ自分に。
けれど、拒もうと思えばそうできたはずだ。
そうせずに逸の手を受け入れたのは敬吾自身だと自覚してもいた。
後悔しているわけではないが──
「………ま!待てって!……」
そうだ、「嫌だ」と言われたのだったと思い出して逸は大人しく顔を離す。
どうも敬吾が少し怯えているように見えて、心配にはなるのだがこの人のこんな頼りない表情はそうそう見られるものではない。
また逡巡し始めた敬吾の顔を、逸は穴が開くほど凝視する。
不注意なことにそれには全く気付かず、敬吾は真面目に言葉を選び続けていた。
「──だ、だからな……その、ドライ?が、俺はちょっと……………怖くて、ですね」
「ですね………、はい」
突然の敬語に、逸はぐっと鼻の付け根を押さえつつにやけた顔を隠す。
喜んでいるのがバレたら空気を正されてしまう──
「ちょっと………避けてた。ごめん」
「………はい」
吃りかけながらもどうにか言い終えた敬吾を褒めてやるように抱き締めて、逸はその髪に頬をすり寄せた。
「敬吾さん、ちょっと辛そうでしたもんね。俺も最初気づかなくて……すみませんでした」
「うぅ……謝られんのもなんかあれなんだけど………」
「俺の加減でどうにかできるものならするんですけど、その辺よく分かんなくて」
「う、うん」
野良猫に手を伸ばすような、警戒させない穏やかさで逸の手が敬吾の腰からその下へとゆっくり下りていく。
「でもじゃあ、ここはもうずっと嫌?」
尾骨を擽るように撫でられて、敬吾の背がもどかしく仰け反った。
「………ごめんなさい」
困り果ててしまったような敬吾の泣き顔が見ずとも目に浮かぶ。
苦笑しながら真摯に謝って頭を撫で、逸はなんとか顔に焦点を合わせられるところまで下がった。
「──じゃあ今日、こっちだけしてみましょうか……」
「っ……」
今度は前から腿の間に手を入れられ、敬吾が体を硬くする。
逸は悪戯っぽく笑った。
「へ……?」
「抜きっこですね」
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