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襲来、そして 10
しおりを挟むもちろん驚くだろうとは予想していたが、ここまで狼狽するとは思いもしなかった。
体ごと敬吾に向き直っても、その動きも戦慄いてがくりと顎を落としている逸が滑稽に過ぎる。
「びっくりしすぎだろ!腹痛え………!」
「えっなんで、なんで?………言ったんですか!?本当に!??」
敬吾が腹を抱えて爆笑しても、逸の衝撃は薄れなかった。
苦笑いすらしない。
目尻に滲んだ涙を拭い拭い、敬吾は大きく息をついてやっとその困惑ぶりに対峙する。
「はー、……言ったよ?あれ、ダメだったのか」
もしや下手を踏んだかと敬吾が片眉を下げると、逸は大袈裟なほど手も首も振ってみせた。
「えっいや、俺なんて全然っ、いいっていうかですけどだって敬吾さんは?……いいんですか?」
徐々に心配そうになり、最終的には泣き出しそうになってしまった逸の顔が敬吾の呼吸を詰まらせる。
いつまで経っても自分は結局、この男に甘えて我慢ばかりさせている──自覚の有無に関わらず。
敬吾もどこか痛そうに眉根を寄せ、逸の頭を乱暴に撫でた。
「姉貴あの調子だからなあ。まあもういいかって」
そう言った敬吾の表情が柔らかくて、逸はなんだか泣きそうになってしまった。
喉が詰まって、胸の奥が熱い。
「敬吾さん………」
「──あ、でも広まったりするのはまた違………」
言いかけた唇を逸が塞ぐ。
強くあてがっただけのそれを食んで離し、その隙間に微笑んだ呼吸が漏れた。
「嬉しい………」
「────」
「──すごい嬉しいです、どうしよう………」
甘く溶けて、しかし切なく掠れた声は震えている。
近すぎてよく見えない逸の瞳は泣いているようにも笑っているようにも見えた。
微かな距離の空く唇を敬吾が寄せると、同じタイミングで逸に抱き締められそれは叶わなかった。
髪と肌の擦れる音が、苦しげで安定しない呼吸が、どうにも慰めてやりたくなる。
敬吾が項を撫でてやると逸はさらに強く敬吾を抱いた。
「敬吾さん………」
「っ……………」
「嬉しい、……………」
苦しくなるほど強く長く抱き竦められ、その間は逸の歓喜が絶え間なく伝わってくる。
さすがに呼吸がもたなくなって、ねじ込んだ手で逸の腹を押すと意外と素直に逸は従った。
蕩けそうなほど弛んだ笑顔で敬吾を見ているが、やはりそれはすぐに熱を帯びる。
気怠げな半眼に見つめられた唇が、催眠術のように開くとすぐにかぶり付かれた。
そのくせ加減しているような、敬吾が砕けるのを許さないキスはいつまでも続く。
──これにまともに付き合っていたら夜が明けてしまう。
「いちっ………」
「ん……、すみません………」
駆け足な呼吸と一緒に唾液を飲み込みながら、逸は背けられた敬吾の顔を撫でてまた自分の方に向き直らせた。
不服そうだが上気した頬が、果物のようだ。
「もう……食っちゃいたい」
「……あんだけ食っといてよく言えるな」
「そういう意味じゃないです」
とは言うものの、逸は本当に唇でその頬に噛み付いていた。
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