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襲来、そして 7
しおりを挟む「……いっちゃんといる時の敬吾が一番、柔らかい感じでいいかなーと、思うんですけど………、お姉ちゃん的には……」
「……敬吾はいっちゃん好きじゃない?」
桜がぽつりぽつりと落とすようにそう言うのを、敬吾は呆然と見つめていた。
──なぜそんな声で。
──なぜこの、タイミングで。
溢れてしまいそうに、なっている時に────
「好きじゃないってことないけど………」
困りきってしまったような敬吾の顔を見つめながら、桜はそれに逸の顔を重ねていた。
自分に構われている時の、困ったような笑顔。
気づくと敬吾を目で追っていて、その瞳が切なそうなこと。
あの年齢には似つかわしくないほど、愛おしげで優しい眼差しで敬吾の横顔を見ていること。
あんな風に敬吾に接する人間は、見たことがなかった。
優しく、頼られやすい弟はしわ寄せをくらいやすくて──包容されることに恵まれなかった。
それを許容できる器があるからだと喜ばしく見る向きもあったが、それでも本来は庇ってやるべき立場の自分ですらも、そうしてこなかった。
──その、理不尽を疎んじない強い弟に桜は今、与えられて欲しいと思っていた。
愛情だとか、庇護だとか、そういう優しくて柔らかいもの。
痛みや冷たさのない、もっと積極的な何か。
他の誰かを頼むのはそれこそ身勝手も甚だしいが、自分ではきっと補えない。
敬吾を包むのに、桜の持つそれは少々力不足と自覚していた。
努力や愛情の不足だとかではなく──恐らくそもそも役者が違うのだ。
子を宿し、ここへ来て、敬吾と過ごし、逸と過ごして──自分に足りない、敬吾に必要なものを願い、桜は逸にそれを望んでいた。
「……いや、……好きだけどさどっちかっつーと……」
苦り切った顔で額を擦りながら、敬吾がそう言うと桜が少し飛び跳ねた。
ように見えるほど背筋を伸ばした。
僅かに頬を赤らめて、期待するように敬吾を見つめる。
──なんなんだよ、もう。
なんでそんなに嬉しそうなんだ、なんでそんなことを言い出すんだ。
いかにも姉です、という顔をして。
桜のくせに!と敬吾は苛立ちに任せて脳内に毒づき、詰まっていた息を吐き出した。
この姉が人の好き嫌いを決める基準は良く分からない。
大概の人間は好きらしいが、たまに嫌う人間は一般的に好感度の塊のように見えたりする。
敬吾の過去の恋人に気軽に「早くお嫁に来てねー」などと軽口叩くことも珍しくなかったが、こんな風に言われたことはなかった。
なぜそんなに、逸にこだわる?
──だが、そういう人間が、ここまで姿勢を正して話し始めるともうこれは止まらない。
きちんと心に、脳に刻んでおきたい話なのだ。
…………たぶん。
また敬吾はため息をつく。
──もうごまかせないな。
ここまで真剣になっている姉のことも、逸の傍らにいる意味も。
「……つうか、付き合ってんだよ。結構前から」
「ぅええぇぇーーーー!!!」
「うるせえーーー!!」
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