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襲来、そして
しおりを挟む「お帰りなさいー、敬吾さんも飲みます?」
淹れたばかりのアイスコーヒーを軽く持ち上げ、いつもながらに機嫌良さそうに逸が言う、が。
「いらない」
帰ったばかりの敬吾は色なく言い捨てた。
──機嫌でも悪いのだろうか?
少々残念だが、素面の敬吾があからさまに態度に表すなどというのは珍しいことだ。
放っておいてやった方がいいのかも知れない。
まっすぐリビングに入っていく敬吾の背中を、珍獣でも見るように見送りつつ逸はコーヒーを一口飲んだ。
下手に構うより、先に夕飯の支度でもしてしまおうか──。
天袋から鍋を下ろすと、やはり無表情なまま敬吾が台所へやって来た。
敬吾が入ってきていることには気付かず、逸は鍋の中を軽く流して五徳に置いた。ところで、肩口にごつんと重い衝撃、と腰に何かが纏わり付く感触。
「うぉお!!?」
考えるより早く、体がそれを敬吾だと理解する。
驚きはしたもののやはり嬉しくて、逸は酸っぱいものでも食べたようにたまらなそうに顔を歪めた。
(かわいーーーーーーっ………)
あんな不機嫌そうな顔をして抱きついてくるだなんて。
天邪鬼も良いところだ。
「敬吾さん?どうしたん………………、………………?」
父や兄のように微笑ましげだった逸の顔が、徐々に冷えて固まっていく。
そこからまた、今度は温かいと言うより熱い方へ、表情は頼りなく蛇行した。
「っけ、敬吾さん?…………」
「んーー………?」
敬吾の声は、くぐもってはいるが冷たくない。
しかしやはり平坦で、今度は苦り切った顔をどうにか笑わせている逸の震えた声とは対極だ。
「……………!っ敬吾さん、そんなされたら俺、勃っちゃいますー…………」
逼迫した状況をどうにか冗談めかして絞り出すと、敬吾がふっと零した呼吸にやっと感情が滲む。
「……勃たそうと思ってやってんだけど?」
「…………………」
男二人に倒れ込まれて、ベッドが盛大に抗議の軋みを上げる。
逸は元より敬吾もそれを無視するが、苦笑はした。
「ちょ………、っがっつきすぎ」
──おかしなことを言う人だ。
だが苦笑混じりのそれが本心ではないと分かってもいて、逸は諌めるように顔を撫でる敬吾の手を掴まえ、指の関節に齧り付く。
骨に触れる硬い感触と薄い痛みに敬吾が目を細めると、逸は笑った。
唇が離れるとその手が力を失い、逸と敬吾の間ではなく、纏める形で逸の背中に回る。
嬉しくて頬が緩むがそれすら飲み込むような激流が、ただ敬吾を掻き抱くことだけに没頭させた。
背中にある敬吾の手が握り込むように逸のシャツを引っ張り上げ、またその急流に竿する──が。
腹立たしいほど間延びしたチャイムがこだまする。
「嘘ぉ………」
(せっかくの!
敬吾さんの!!
お誘いが!!!)
敬吾の肩口に逸がぼすりと頭を落とすと、その後頭部がぽんぽんと叩かれた。
「……………いーよ、ほっとけ」
「!!!!」
逸ががばりと腕を立て、体を起こす。
「けーごさんっ…………!!!」
「ばっおま、声でけ………………」
敬吾が危惧したとおり、チャイムがまた生き返ったように連打された。
「うっ……」
「もーー………」
やや近所迷惑な気もするが──これも敬吾は無視してくれるだろうか。
そう思いながら謝罪するように逸が敬吾の首筋に唇を付けると、どうも見通しは明るいようだ。
小さく漏れた呼吸が嬉しい、が。
「けーごーーー、おーーい!いるんでしょーーー?」
「「嘘ぉ……………」」
今度は、二人揃って顔を覆った──。
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