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「うおー!敬吾くん!久しぶりだなおいーーーー」


弾けんばかりの笑顔を向けて、八幡は丸太のようなシルエットからその手を大きく振ってみせた。

敬吾は急ぐ様子もなく声の届く範囲まで近づいてから「お久しぶりです」と挨拶をし、逸は少々面食らっている。
敬吾の知り合いにこのタイプがいるとは思わなかった。

「岩井くんも久しぶり!ごめんなー全然顔出せなくて」
「いえいえ……」

逸は引き続き面食らっているが、八幡は気づく様子もなくざっかけない笑顔を向けている。

「さて何食う、やっぱ肉?俺ご馳走するから好きなの言ってー」
「えっ、いや何言ってんですか篤さん、割り勘でしょ」
「いやいや、ほんと迷惑かけちゃったからさぁ。修羅場だったんだろ?」
「それは岩井だけです、俺は2号店ほとんど噛んでないですから──」

恐縮したような敬吾に八幡は盗賊のような大味な笑顔を向け、がっはっはと笑った。
本当に「がっはっは」と言った。

そしてその太い腕で敬吾の首を抱え込み、わっしわっしと頭を撫でる。
逸はいよいよ愕然とし、敬吾はその逸を乱れた髪の合間から睨みつけた。

──こういう人なんだよ、変な反応すんな。

(こういう意味かぁ…………)
「遠慮すんなっつーの!いい若いもんが!!」

名は体を表すとはよく言ったもので、八幡はとにかく篤いのだ。情にも義理にも、開けっぴろげに篤い。

やっと解放された敬吾が少しも不快そうではないことで、逸もこの人物を好きになり始めていた。

「相変わらずですねーーー、篤さん」
「よく言われるわーーそれーー」

わざとらしく困らせた顔をぐりぐりと傾げ、八幡はまた豪快な笑顔になる。

「まあとにかく食おう!んじゃ焼肉にするぞー?近くに知り合いの店あるんだ」

そう言って八幡が案内した店では、八幡は先陣切って次々注文し、次々食べた。
これもまた、気遣いと言えば気遣いか。

「今更ですけど篤さんなんでいきなり店長に?」
「あー、ちょっと前親父が倒れてね」
「えっ!?」
「いやいや、もう全然大丈夫なんだけどね?まあでも一月くらい入院しててさ。もともと子供出来たら地元に引っ込んで子育てしたいよなーって嫁とも話してたし、ちょっと早いけどまあ潮時なのかなってことで」
「あ、結婚してたんですね。おめでとうございます」
「どうもどうも」

わざわざ箸まで置いて頭を下げ合う八幡と敬吾に、逸は米を詰まらせそうになる。

「んでたまたまこっちで店長と会って、やってみないかって言われてさ。俺接客業も好きだし」
「へえー……」

はい食って食って、などと言いつつ取皿に肉を配りながら、八幡はやはり豪快に苦笑した。

「まあーでも強行軍過ぎて皆には迷惑掛けまくっちゃったけどね!今日からガンガン働くからさー」
「いや、八幡さんがどうって話じゃなかったですから。連絡の不備だの什器がこないだのばっかで」
「ああーーあの事故な。俺もあの時、最後にどうしてもって言われて取引先に行ってたのよ。したらやっぱ地元の人ってすげーね、本降りになる前に帰れって迂回路とかも全部教えてくれた」
「あーなんかすげえ篤さんっぽい……」
「そー?」

照れくさそうに八幡が笑うと、今度はサービスですと店員がやって来た。
これもまた八幡らしい。

「あっじゃあ一緒に追加いい?」
「はいっありがとうございまーす」
「あっ待って篤さん、俺もう無理です」
「えっそう?岩井くんは?」
「すいません俺もギブです、この後動くし」
「なんだよー」

店員に軽く謝り、残りを平らげつつ逸と八幡は作業の進捗具合について話していた。
敬吾は拍子抜けしたように瞬く。

「なんだよ、あとそれだけ?そこまで頑張ったんなら余裕だろ、篤さん入るんだし」
「いや敬吾さんは仕事速いからそう言いますけどねーー?」
「いや俺は関係ないけど篤さんがさ。凄いから」
「おいやめろやめろあんま褒めるなー?特上カルビ追加しちゃうよー?」
「ほんと勘弁してください………」

敬吾が頭を下げるとまた八幡は「がっはっは」と笑った。

「まーそんな褒められちゃ頑張んないわけにもいかねーな!……よしじゃあ行きますか!」
「ですね」

店を出ると、大学へ向かう敬吾、逸と八幡とで別方向になる。

逸は八幡の車の助手席に乗り、昔の敬吾の話しなど聞きつつ、2号店へと向かった。
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