こっち向いてください

もなか

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したいこと? 3

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逸はベッドにうつ伏せに沈んでいた。

やってしまった………。

頭の中は、その一言しかない。
かれこれ一時間ほど、砂浜にでも埋められたようにこうして固まっている。

そこへ錠の開く音と足音が聞こえ、さっきまでの鈍重さが嘘のような機敏な動きで飛び起き頭から布団を被った。

「岩井お前っ──、……………………なにしてんだ」

逸のベッドの上に、 布団の塊が丸まって震えている。
叱りつけてやろうと勇んでいた敬吾を一瞬で呆れさせる滑稽さだった。

「いーわーい!おい!」

敬吾が布団を剥がしにかかっても返事をしないあたり、本気で隠れているつもりなのだろうか。
敬吾はもう笑ってしまっていた。
本当にもう、尻としっぽを丸出しにしてベッドの下にでも隠れている犬そのものだ。

「……岩井!怒ってねーから。出てこいアホ」
「…………………ほんとですか?」
「ぶふっ」
「………………」

と言うか、この男は一体何がそんなに怖いのだろうか。
体つきならどう見ても自分のほうが優位だろう。

──まあそれも、考えてみれば犬だってそうか……。

布団の上からぱふぱふと軽く叩いてやると、逸はやっとしょげた顔を覗かせた。

「……………本当にすみません………」
「いーよもう、やっちまったもんはどーしようもねえし」
「はい……………」
「九条だったからまだマシだ。言いふらすタイプじゃないし──ってなんでまた俺が慰めてんだよ」

何かあればいつもこうだ。
少々腹が立って軽く頭を張ってやると、やっと逸は敬吾の顔を見上げる。

「…………なんか……………」

眉を下げたまま逸が言った。

「………………お仕置きをしてほしいんですけど」
「ぶはっ」
「……………あれっ!?あっ違うっ、そうじゃなくて!!そういう意味じゃなくてー!!」
「わかっ……分かってるよ!」


敬吾は笑いすぎて呼吸困難寸前だった。
神妙にしていた逸には申し訳ないが立っていられないほど笑いのツボにはまってしまっている。

「もーー真面目に言ってんのにー……」
「あっはっはっ、っあーもー苦しい……!」

さすがに拗ねてしまっている逸の頭をくりくりと撫でてやって、敬吾もやっとベッドに腰掛けた。
そうすると逸もまた申し訳無さそうな顔に戻る。

「どうしたらいいですか俺ー……」
「だから、どうしようもねえだろもう」
「そうなんですけど……」

力の抜けた呆れ顔をされ、逸ががばりと敬吾に抱きついた。

「もーーほんっとごめんなさいーー!」
「はいはい……」

その背中をぱんぱんと叩いてやりながら、敬吾は考えていた。
しかしよくもまああそこまで言い逃れのできない状況になったものだ。
顔まで毛布にもぐってしまっていたら見間違いもするものだろうか──。

「………………」

背中を叩いてくれていた手が不穏なリズムになりやがて止まって、逸は首を傾げる。

「…………敬吾さん?」
「────ん、ああ………」

少し驚いたような声に続いてまた慌てたように背中をふたつ叩かれる。
敬吾が少し笑った気配がした。

「──や、結構腹立つもんだなと思ってさ」
「────」

敬吾を抱く手に力が入る。

「すみません………」
「──ん?ああ、ちがう──」

逸の落ち込んでしまった声にそう返して、しまったと思った。
うっかり口を滑らせてしまった……。

「……お前が他の人間にあんなんしてるのが」
「──────」
「んっ!!」
「敬吾さん……!ごめんなさい、もーーほんっとごめんなさいーー………!!」
「っっちょ、苦しいっ、」

弾けて巻き付く弦のように急に強く抱き竦められ、敬吾は本気で背中を叩いた。
命の危機すら感じる苦しさである。
それがやっとほどけた時には咽るほど。

しかしその敬吾の状態も構わずに逸が口づける。
深く深く唇が与えられて、敬吾はまた違う意味で苦しくなった。

激しいけれど敬われているように、捧げられるように舌を絡められる。
溶け合ってしまいそうなそれを自分の唇に収めても、逸は顔を離さなかった。
戴くように敬吾の顔を両手で包み、眉根を寄せて額を付けている。



「………ごめんなさい」
「──う、うん」
「……でも絶対、ありえません」
「…………………」

いつもながらこの自信は何なのだろう。
根拠となる自分への愛情がやはり敬吾としては理解できないが、あまりに純度の高い逸の言葉は疑う余地が全く無い。

自分がどう言葉を尽くしても同じように安心させてやれるとは思えなくて、敬吾はただ背中を撫でてやっていた。

──が。やはり少々、仕返しをしてやりたくはなる。
と言うより、この男をからかえる機会を逃したくはないのだ。

「まあでも、万が一のことがあったら俺もそれなりの仕返しはするぞ」
「んっ?」
「俺も他の男と一発やってお前に写真見せるくらいは」
「…………………」






かなり長い沈黙の後、逸は「泣きますよ」と一言言った。




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