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酔いどれ狼 3
しおりを挟む敬吾が髪を拭き拭き浴室から出てくると、携帯が着信を知らせていた。
発信者は、後藤。
怪訝に思いながらも端末を耳に当てる。
「もしもし?」
『あー、良かった繋がった』
「え、何事?」
『今岩井くんと飲んでたんだけどさーーー』
「はぁ!!!!?」
前のめりになるほど驚いて敬吾が絶句していると、しばらくして小さな後藤の笑い声。
「……………飲んでる?岩井が?」
『そう──え?怒ってる?』
「…………………」
気軽だった後藤の声が神妙に抑えられ、それを遠くに聞きながら敬吾は考えていた。
逸が酒を飲んでいる?
怒っているかどうかは分からないが、いたく衝撃は受けていた。
『敬吾?聞いてるか?』
「……………おう」
『俺が勧めたんだよ、岩井くんは飲まねーっつってたんだけどさ。ごめんごめん』
慌てたような後藤の弁解に、敬吾は思わず詰めていた息を逃がす。
逸が自分から進んで飲んだわけではないらしいことが、いくらか気持ちを軽くした。
『んでさ、岩井くんちってどこ?送ってくわ』
「潰れてんの?」
『んー、そこまでじゃねえけど、一人じゃ無理だな』
潰れてるじゃねえか。
ぱたんと顔に手を当てて、敬吾はまたため息をついた。
何か醜態を晒していなければいいが。
「……じゃあ、俺の部屋連れてきてくれ」
『おぉー??』
「違うって、もともとアパートが一緒だったんだよ」
『へぇー??』
「………住所言うぞ!」
完全に囃し立てている後藤に苛つきつつ用件を済ませ、通話を切って敬吾はまたもやため息をついた。
「飲んだぁーー………?」
怒るべきか心配するべきかも、いまいち分からなかった。
「どうこれ、普段よりはマシ?」
「あー全然マシ」
敬吾の不安を裏切って、後藤に連れられ帰ってきた逸の様子はごく普通の酔っぱらいの範疇に収まっていた。
足元は覚束ないが暴れた様子も戻した様子もない。
やや雑な扱いで玄関の中に引きずり込まれる逸とセーブしてくれた後藤に感心はするものの、やはり。
「つーかな、飲まねえっつってる人間に飲ますなよ!こいつほんとタチわりいんだぞ」
「うんごめん、確かに回んのは異常に早かったわ。けーごさんけーごさんうるせーし」
「えっ」
──やはり何か醜態でも晒したのか?
敬吾はひやりとするが後藤はなんとも思っていないようだった。
「でも慣れてけばなんとかなりそうだぞ?安酒ダメなタイプっぽいけど」
「あー」
「けーごさん……」
「ぶふっ」
始まった、と言わんばかりの顔で後藤は逸を敬吾の方へ押しやる。
どろりと落ちていた瞼の奥で敬吾と目が合うと──
その目が僅かに見開かれ、頬が弛んだ。
「けーごさんだーー………」
「いや、えっ、おい」
逸が腕を広げながらよろりと歩み寄ってきて、仕方なくそれをどうにか支えているうち後藤はノブを捻っていた。
「がんばれよー」
「ちょ、後藤、重っ──おい、」
「けーごさんー」
よろめきながらも逸はなんとか自力で立ち、敬吾に抱きついた。
それと同時に、楽しげに手を振った後藤が出ていきドアが閉まる。
敬吾が複雑な気持ちでいると逸がバランスを崩し、二人揃ってそこに崩れ落ちた。
半ば下敷きにされた敬吾が呻く。
この男、遠慮なく体重を掛けると見た目以上に重い。
「岩井、重てえ……ちょっと頑張ってころがれ」
「んん……………けーごさんー………」
「わかったから、っとにもー!」
なんとか逸の下から這い出るものの、逸はまだ敬吾の腰に抱きついたまま。
玄関に残ったままの膝下をなんとか手繰り寄せて靴を脱がせると、敬吾は逸の頭を一発張った。
「岩井起きろ!お前かなり汗かいただろ、風呂入れ」
「んん…………」
曖昧に唸ったきり、逸は敬吾の腹に頬ずりするばかりで口を開かない。
敬吾は渋い顔をして乱暴に頭を撫でた。
「お前聞こえてんな?」
「………………。」
「……ったく……」
構ってほしくて仮病を使う子供そのものだ。
なにやら可愛らしいような気もしてきて、半ば呆れながらもやはり敬吾は頭を撫でる。
「………岩井、風呂入るぞ。頭洗ってやるから」
「!」
腕立て伏せよろしく機敏に体を起こすと、逸は真剣な面持ちで立ち上がりよろよろと浴室に向かっていく。
思わず笑ってしまい、敬吾も付かず離れずその後を追った。
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