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祝福と憧憬 9
しおりを挟む敬吾の眉間から皺が消える前に、DVDが再生され始めた。
神秘的な雅楽器の音色。
「おー……神前式だったんですね。意外」
「いや姉貴普通にクリスチャンでもあるまいしとか言うタイプだぞ」
「そういうとこ、姉弟ですよねえ」
微笑ましく頬を緩め、逸は導入部分のうちにケーキを一口頬張った。
「んっ!うーわうまっ!うわぁっお姉さんきれっ……えぇぇ河野さん!!?こんっ……こんな男前でしたっけ!!!!?」
「落ち着け!」
ごく平坦だった敬吾の表情が、逸が一言宣う毎にどんどん破顔していく。
最終的には爆笑しながら敬吾は逸の放心を眺めていた。
「あの恰幅だからなー、着物すげえハマってた」
「こーれーはー凄い」
「これもあって神前式にしたんだよな。最初は人前式?とかいうのにするかなとか言ってた」
「そんなのもあるんですか……いやでも着物で大正解ですよ……すげえ迫力カップル……かっけえー……」
「姉貴も結構でかいしな」
揃ってその体躯、桜はぞっとするほどに美しく河野──もう岩居姓だが──は押し出しが良く引き締まった表情である。
その二人が厳粛に盃を傾けているさまは、それは壮観だった。
「………………凄い」
画面に食い入り嘆息を漏らす逸を、敬吾は穏やかな気持ちで見つめていた。
お気に召したようで、なにより。
場面は披露宴に切り替わり、最初の衣装は引き続き着物であった。
よくあるアレンジの加えられたものではなく、華やかだがかなりスタンダードな着物に和風の髪飾り。
素材あってこその選択だと逸はひしひしと思っていた。
「──ああ、笑うと河野さんっすね!でもほんとかっこいいなあ」
「そうだな」
「敬吾さんあんまり映んないなー」
「そりゃそうだろ」
そうは言うものの逸は幸せそうに画面を見つめ、ケーキを頬張っている。
「ケーキ、俺1個で充分だから後食っていいぞ」
「え、いいんですか?」
「いやもうむしろキツい……うまいけど」
甘党ではない敬吾にはそんなものなのだろうか。
生クリームは濃厚で洋酒とバニラの香りもよく効いているが、スポンジとムースの口当たりは軽いしフルーツやベリーの酸味もよく合っていて爽やかだ。
いくらでも食べられそうだと逸は思う。
「俺これめちゃくちゃ好きです」
「そりゃ良かった」
場面はしばし、祝辞や出席者達を次々に移しており逸の興味はややそれた。
「敬吾さん泣きました?」
「あー、泣かなかった」
「えっうそ」
「いや少しくらい泣くかもとは思ってたんだけど。父さん号泣しててそれどころじゃなかったんだよ……」
「うわあーーーそっかあーー!そうですよねぇ……!」
「母さん若干引いてたから」
「お母さん………」
微笑ましい。
笑いながら逸は2切れ目のケーキに手を伸ばす。
「あっ敬吾さん!!」
「よく見つけたな……いや巻き戻すなよ目の前にいんだろ」
「よそ行きフェイスだ」
「親戚のオッサンに酌されたけど誰だっけって思ってるフェイスだよ」
「あああほんとだお父さんですかこれ……泣いてる……」
「こっからずっと泣き通しだからな。酒も飲むしマジで脱水起こすんじゃねーかって親戚一同ハラハラ」
「やばい俺も泣きそうです」
「なんでだよ」
初めて見る敬吾の両親と、特別な場面。
それをこうして外側から眺めると、不思議な感慨がこみ上げた。
桜と敬吾は母親似のようだ。
桜のほうが目元がはっきりしているのは、父親譲りか──
「………………」
「泣くなって」
「……いいですね、結婚式って」
「…………。そんなにか?」
「はい……………お姉さんほんっと綺麗」
取り落とすようにそう言った逸は、陶酔したように、だが僅かに眉根を寄せて呆然と画面を見つめていた。
薄い涙を纏った瞳が、複雑な光を弾いていて──
敬吾は意識して目をそらす。
と、逸の手がリモコンを掴んだ。
「っあーーダメだ!俺これ以上見てたらギャン泣きしちゃう!後で一人で見ますね!」
「あ、おお……うん」
停止を押して気軽なバラエティにチャンネルを切り替え、逸は残ったケーキを台所へ運んだ。
「あとは明日頂きます、お姉さんにお礼したいけど今日は迷惑ですかねー?」
「いやあ、まだ二次会三次会やってるだろ。別に迷惑ってことないんじゃね」
なるほどと頷き、逸は数分端末にかかりきりになる。
僅かに見下ろすような角度になったその表情が、笑ってはいるがやはり少し、哀愁じみているような気がした。
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