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褒めて伸ばしてー閑話休題ー 9
しおりを挟む「…………………。いわいーーーー。」
読経のような音律で、敬吾が逸を呼ばう。
逸は、空耳かそうでないかと首を傾げてから一応風呂場のドアの前に立ってみた。
「…………敬吾さん?呼びました?」
声を出す気にもなれずぽっくりと頷いてから、敬吾はやっとおうと返事をした。
「どっ……どうしました……」
敬吾の声のあまりの暗さに逸は少し慌てる。
意味もなく、ドアにぺたりと両手を当ててなどしてみている。
「…………。やめよーぜこれ、ダメだわ」
「えっ!!?」
「想像以上に気っ色悪い」
「…………………」
「気分的には俺今ダメな文化祭──」
がちゃんごとんと、打ち合わせでもしたかのような緻密な運びでドアが開き、閉まる。
当然先に開けたのは逸だった。
敬吾は泡を食い、嫌な汗をかきながらそれを引き戻したが──向こうで強く捻られたノブだけが、どうしても戻らない。
そして、逸がそれを力任せにこじ開けた。
腕を持って行かれてつんのめった敬吾が、驚きと焦りに顰められた顔で逸を見上げる。
──恐ろしいほどの無表情であった。
「………」
「…………」
「………………」
「……………………ほ、ほらな、ダメだろきがえる…………」
敬吾がそろそろと後ろを向き始めると、逸がすっとかがみ込んだ。
と同時に敬吾の肩が抱きかかえられ、膝の後ろに腕が入る。
抵抗する間もなく抱き上げられてバランスを崩した敬吾が腕を遊ばせるが、なんの意味もないほど安定して宙に浮いている。
「ぅあっ……、」
狼狽えている間に強く揺すり上げられ、危うく舌を噛むところだった。
無言で歩く逸の横顔を恐る恐る見上げてもやはり無表情なままで、嫌なら嫌で頼むから何か言ってくれと敬吾は退廃的な気持ちで眉を下げた。
思いの外丁寧にベッドに座らされ、逸はその正面に跪くように片膝をつく。
「────なんて言っていいのか」
「……………」
「もう………すげえ良い…………」
「う……………」
──嘘だろう…………。
そう思いたい気持ちと真摯過ぎる逸の表情があまりに乖離していて敬吾は混乱した。
その間に逸が敬吾の腿に唇を付け、びくりと引き攣ってしまったそこを慰めるように撫でると、僅かにスカートの中に手を潜らせながら敬吾の左隣に腰掛けた。
逸が敬吾の髪を撫で、そのまま優しくまとめて向こうの肩へ流してやる。
顕になった首すじを見てふと微笑んだ口元が近づき、敬吾はまた思春期にでも戻ってしまったように赤らんだ。
「んぅぅ、…………」
「ふふ……何?敬吾さんその声」
「いや……、本気かお前…………」
「なにが?」
「……………………や、」
「分かってるでしょう?」
逸が敬吾の手を取り、自らの股間に埋める。
更に敬吾が赤くなったところで離してもやらずに、敬吾の手ごと揉み込んだ。
敬吾がすっかり俯いてしまうと笑って手を戻してやり、また敬吾の腿の間に手を滑らせる。
そうしてそのまま、左脚を上げさせて自分の膝に乗せてしまう。
「ぉわあ!?」
「あは、エロい」
敬吾は、自信満々な金髪碧眼の女性のようなその体勢より、思わず裾を抑えてしまったことに赤くなっていた。
逸は膝に腿にと撫で回しながら敬吾の唇を塞ぐ。
それが深くなるに連れ、逸の手も潜り込んでいった。
徐々に徐々に、深いところへ。
内腿を擽られ、敬吾が細い呼吸を漏らし始める。
いつもとは違う薄い布一枚隔てた感触が、ひっかかるようでいて、一方ではもどかしい。
逸の手が抑えられた裾に阻まれて止まると、敬吾が少しずつその手から力を抜いた。
満足げに微笑んで、逸は更に奥へと指を進めていく。
敬吾が甘く声を漏らしたのを潮に逸は唇を離した。
どうしても顔が見たい。
いつも通りに赤く蕩けたその顔は、いつも以上に羞恥に歪んでいてひどく嗜虐心を煽り立てた。
「敬吾さん」
目線だけで応える敬吾の表情は怯えた小動物のようだった。
「ベッド乗って………」
「──────」
やはり目を伏せただけで返事はしなかったが、敬吾もまた欲情しているのは、聞かずとも分かりきったことだった。
興奮しきって表情を失った逸の口元が、困ったようにふと上がる。
「……?」
「脱いじゃダメですよ」
優しくそう諌めながら、揃えて斜めにベッドに上げられた敬吾の足首を掴む。
そんな悩ましい姿勢になってしまったのは一重にこの厄介なスカートのせいで、更にはその中に履かせられている下着のせいだと敬吾は喚きたかった。
誰に向けての弁明なのかは分からなかったが。
「え、っだって靴のままか」
「新品ですし。大丈夫ですよ」
「そういう問題──」
「敬吾さん」
更に靴の方へ進もうとした敬吾の手を掴み、逸は敬吾の顔を真っ直ぐに覗き込む。
「──今日は俺のご褒美でしょ?」
「っ、」
「上がって、座って」
「………………っ」
そう言われてしまうともう、敬吾には反論のしようがない。
強いて言えば「せっかく用意したのだから」ではなく「是非ともそうしろ」である辺りが、どうにも変態じみていて剣呑ではあるのだが。
観念して足を上げるが、やはり靴底を付ける気にはなれない。
なれないが、庵座はこのスカートのせいでできそうになく、靴を履いての正座は関節への攻撃力がやたらと高い。
「ど、座れってこれどう………」
敬吾があたふたしている間にも逸は顔色一つ変えず、両手で足首を掴んでゆるく広げさせた。
「わぁっ!!」
敬吾が必死に裾を守り、膝を固めるので逸に向けてきれいな三角形ができあがる。
その頂角を窘めるように徐々に開かせながら逸が唇を落とす。
「っ──」
細い糸の畝に触れる乾いた感触が、愛おしげに幾度も落とされていく。
それが脛に、ふくらはぎにと下って行き足首を食んだ。
濡れた音が漏れるが、布を隔てた感触はやはりどこか篭っている。
「──っちょ、岩井…………」
敬吾が諌めるが、逸は掴んだ足首を離さない。
そのまま甲に口づけるとやっと、顔を上げて敬吾の目を見た。
そして笑う。
敬吾は既に泣き出す寸前だった。
それに何を言うこともなく、逸はそっと敬吾の肩を押す。
そのことに敬吾は妙に安心していた。
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