こっち向いてください

もなか

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褒めて伸ばしてー閑話休題ー 8

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微かなシャワーの音が途切れる。
では皿を洗ってしまうか──と敬吾が立ち上がり、シンクの前で腕をまくると逸が出てきた。

そのままシンクの方へ来て、水でも飲むかと思えば当然のように敬吾を抱き竦める。

「うお!」
「敬吾さん」
「いや…………っ待てお前これ洗っ、」
「また待て?」
「!」

逸の口調は穏やかだがまるで責められているようで、敬吾はぐっと言葉を飲んだ。

──のは、腰に当たる熱のせいでもある。

「敬吾さん…………」

この人を抱ける。
逸の頭はその歓喜で破裂しそうだった。
その圧力を逃がすためのような呼吸が駆け足に敬吾の首すじを擽る。

「岩井っ、もー……、」
「……………そうですね」

ひとつキスをして、逸は素直に腕を解いた。
そのまま敬吾に自分の方を向かせる。

「お着替えおねがいしますっ」
「…………あーーー」

──忘れているわけがなかったか。

敬吾ががっくりと俯くと、それを覗き込むように顔を傾げて逸はにこにこと笑う。

「けーーごさんっ」
「はい…………。」
「髪は俺がやりますね」
「……………髪?」
「エクステ」
「………………」

ーー服だけじゃないのか……。
それはひとまず許容することにする。

「被るやつじゃなくて?」
「敬吾さんの髪全部隠すのやですもん」
「……………」
「服持ってきますね。敬吾さんシャワーは?俺もう──」
「いやいや浴びる浴びる!!」
「んー、はい」

今度は寂しげに眉を下げる逸の手を、敬吾はぺっぺと振り払って風呂場へ向かった。








「長いのこの辺かなー……」

逸が敬吾の髪をブロック分けしている間、敬吾は死んだような目で紙袋を開いていた。

──ストライプのブラウス。
──ややタイトなシルエットのスカート。
──黒のストッキング。

「黒のストッキング……………」
「敬吾さんは黒です」
「お前ほんとは普通に女好きなんじゃねえの?だいぶあざといぞこれ……」
「いや女の人が狙ってやってたらかなり嫌ですよ」
「………………」

──ブラジャー。

「うっ…………」

──更に、ブラジャー?

「なにこれ……」
「え、知りません?貼るやつ」
「いや知ってるけど、普通のも……いや普通のがあんのもおかしいけどなんでこれもあるんだ……」
「ちょっと盛れるらしいですよ、こうガッ!と寄せて重ねると」
「盛る必要がどこにあんの?お前ほんとストレートだろ」
「違いますって、敬吾さんが頑張って女装してる感じがいいんでしょ!まあさすがにすげぇ重ねられてたら冷めるんで一個ですけどー」
「へえ………。」

──パンツ。

「ぱんつ……………」
「一応メンズですよ?」
「余計問題だわ!!どこに需要があって供給されてんだこんなもん!」
「意外とノンケの人が買うらしいです」
「きがくるっとる」
「敬吾さん落ち着いて」

──箱。

「なにこれ」
「パンプスですけど」
「はぁ?外なんか出ねえだろ!!」
「何言ってんだかこの人は!!!」
「えっ出んの!!?」
「出ませんよ!敬吾さんが女装すんのにハイヒール履かねえでどーすんですか!!!」
「えっなにその熱量………」
「俺敬吾さんの足めっちゃ好きなの知らないんですか!!?」
「知るかバーーカ!!!」
「ほんとはスリスリしたいんですけどさすがに引かれるかなって思って我慢してたんですー!今日はしますからね!!」
「とっくに十分引いてんだよ!!」
「えーもう好きなだけ引いてくださいっ」
「開き直りやがった…………」

袋の中身は、それで全てだった。

「若いのにずいぶん歪んでんなぁおめーは………」
「歪めたの敬吾さんですよ?」
「馬鹿言うな」
「前髪ちょっといじりますよー」

ドライヤーの風がまともに当たり、敬吾が目を閉じているうち逸はその前髪を器用に整える。

敬吾が目を開いた時には、それはそれはあざとい位置で前髪が別れ、流れていた。

「うーーーーーわっきもちわる……」
「可愛いですよ」
「感想を述べるな頼むから」

敬吾が項垂れると逸がその間前髪をワックスで固める。
顔の横にさらさらと落ちてくる長い髪が一層悲壮感を呼んでいたたまれない。

「敬吾さん」

呼ばわれて敬吾が顔を上げると。
逸がとろけそうに笑っていた。

「俺、出てますから。着終わったら呼んで下さいね」
「──────」



ーーそのために前髪を分けていたかのように額にキスをして、逸は出ていく。





敬吾は、中学生さながら赤くなってしまっていた。










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