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褒めて伸ばして5
しおりを挟む──敬吾が目を覚ました時、ベッドに逸はいなかった。
空気でも飲み込んでしまったような収まりの悪い気持ちになって、敬吾は部屋の中を見回す。
やはりいない──
「…………………」
小さな寝室からリビングに向かうと、ソファの影に逸の後頭部があった。
その正面にあるテーブルには温くなったコーヒーが半分ほど残っているカップ。
それを飲みきる前に逸はソファで眠ってしまったらしかった。
(珍しいな……)
敬吾には全く理解できないが、逸は敬吾より早く起きればまず間違いなくその寝顔を眺めているはずだった。
敬吾の目が覚めると何より先にこの男のゆるみきった笑顔を見ることになる。
それをせずに起き出した──?
敬吾は訝しげにソファの足元にしゃがみ込み、逸の顔を眺めた。
その目元が妙にくたびれている気がする。
くすんでいると言うか、薄く皺になっていると言うか──
そして、弾かれたように敬吾が頭を上げる。
(寝てねえのか!?)
一気に、熱いとも冷たいともつかない汗が浮いた。
考えるまでもなく自分のせいである。
(生殺しってやつかこれ…………)
まさか自分がそんなものを誰かに喰らわせることがあるとは思ってもみなかったが──
──この男相手なら、それは、そうか。
敬吾はため息をついた。
(……風邪ひくな)
毛布を持ってきて掛けてやると、シフトを確認する。
逸はバイト以外に用事は無いと言っていたはずだから、昼まで寝かせておいてやろう──
アラームをセットし直してテーブルに置き、静かに支度をする。
部屋を出る前にまたそっと様子をうかがうと、心配の甲斐なく逸はすやすやと眠っていた。
さっき見た時よりも毛布をしっかり握って巻き込んでいる。
ふと笑ってその額を撫で──
──キスがしたい。が。
少し考えたように顔を俯け、敬吾はそのまま部屋を出た。
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