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褒めて伸ばして2
しおりを挟む敬吾が声にならない叫びを上げ、逸はそれを微笑ましげに見守っている。
「おはようございますーーー」
「おはっ…………おはようじゃねーーーよ何してんだお前はーーーーーー!!」
「撫でてただけですよう」
「だけですようじゃねーよこのっ………変態!!!」
「変態かなあ…………」
純粋に不思議そうに首を捻る天蓋のような逸の下から敬吾はがさがさと逃げ出した。
逃げ場は当然ベッドの外しかないので丸裸で転げ出る形になり、若干滑稽である。
「お前なあ………どうなってんだよほんと!ここんとこ毎日やってるだろ!寝てる時くらいゆっくり寝かせろよ!」
小さく膝を抱えて縮まりながら敬吾が抗議すると、逸は困ったように眉根を寄せて唇を固くした。
「すみません……、見てると触りたくなっちゃって」
「──っ、」
「敬吾さんそのかっこアートっぽくていいですねえ」
「っあーーーーーお前はもぉーー!!!!」
敬吾が頭を抱えても逸はほがらかに、かつでれでれと笑っている。
膝に頭を埋めて敬吾は考えた。
逸が自覚しているかは分からないが、こうして毎夜手を出すのは恐らく後藤のことを引きずっているからだ。
それがあるから敬吾としても求められると無下に断れなかったし、どうしても嫌というわけではないので応じていたがここまで来ると。
さすがに負担である。
「………………岩井」
「はい?」
敬吾がすっくと立ち上がる。
やはり芸術じみているなと思いつつ、敬吾のどんよりと暗い視線をものともせず逸はそれを眺めた。
「待てだ」
「えっ?」
「待てだ、っつってんだ。しばらくお触り禁止」
「えっ………………!」
一向に冗談だとは言ってくれない敬吾の無表情は崩れない。
俄然慌てて逸が起き上がろうとすると、その目の前に敬吾の手の影が落ちる。
まさしく犬の躾だった。
「う、嘘ですよねえ……」
「嘘じゃねえよ」
「…………………」
黙り込んだ逸の顔がどうにも剣呑だった。
反故、と堂々たる手跡で書いてある。
「………言っとくけど」
逸の肩がひくっと動いた。
敬吾が呆れたため息をつく。
できなかったらどうしようか、と高速で考えるものの、逸を調子づかせないうちの数秒で妙案は浮かばなかった。
なにせ相手は逸である、理解は全く出来ないが、自分のことをやたら大事ている。特にセックスともなれば──その罰にできるものなど、そうない。
「………………敬吾さん?」
「!」
やはり長くなってしまった沈黙に、逸はむしろ怯えたようだった。少しほっとして敬吾はまた考え直す。
本当に、牽制の材料が何もない──
恐ろしいことに、敬吾の知る限り逸には弱点がないのだ。
あるとしたら敬吾自身か。
そこまで考えて、敬吾は不安そうに自分を見上げている犬顔を見つめた。
そしてため息をつく。
──相手は犬だ、有効なのは、鞭よりも飴か………。
何事か諦めたようなため息をつく敬吾に、逸は恐る恐る問いかけた。
敬吾の鋭い視線が返ってきて思わず姿勢を正す。
「──もし良い子出来たらご褒美をやる。」
「!」
ぴょこんと正座した逸が可愛らしかったが、敬吾はなんとか喉元で微笑みを殺してやった。
「ご褒美!って………!!?」
そんなもの敬吾も考えていない。
「なんか好きなの言ってみろ、それに応じて期間を設定する」
「なるほど」
得心が行ったように瞬きをして、逸は考え始めた。
思いの外乗り気なようで敬吾は安心する。
「ハイ」
逸が挙手した。岩井くん、と敬吾が促してやる。
「青か……」
「50年。お前ぶっ殺すぞ」
「オナニー見せてくだ」
「30年。お前さあ、焼肉おごれとかそーゆーこと言えねーの?」
「そんなもん、むしろ俺おごりますからさせて下さいよ」
「……破綻しすぎだろ」
やはり罰は無意味だったかと再確認して敬吾は腕組みし、また考え込む逸を見下ろした。
「…………じゃああの、コスプレ………とかは」
「………………。着るだけ?」
「や、プレイ……」
敬吾が盛大にため息をつく。
「………………ものによる。」
「じょ、女装──」
「っはーーーー…………。具体的に」
呆れたように敬吾が言うと、逸は品定めでもするような視線で敬吾を炙った。
口元に手を宛てがい、唇をなぞりながら。
敬吾は背中が冷えるのを感じていた。
「……普通の、OLさんみたいなかっこでいいです。綺麗系の」
「──」
逸の声が低く掠れている。
これはもう、とっくに欲情していて、その頭の中ではきっとその格好をした自分が好きにされている──。
その視線が耐え難く、逃げるように敬吾がシーツの皺を睨んでいると逸が敬吾を呼んだ。
「──!?」
「何日ですか」
「え…………、っあ、」
すっかり狼狽えてしまった敬吾が勘案するのを、逸はやはり熱で底光りする瞳で追っていた。
「じゃ、じゃあ五週間」
「長いですよ」
「長くねーーよ女装だぞ!ほんとは二ヶ月くらいだ、嫌なら他のにしろよ」
「もう駄目です想像しちゃったんで。期待しまくってるんですから」
「……知るかよ……」
「敬吾さん、三週間は?」
「ダメだ、じゃあ四週間」
「でも………」
声は未だ肉食獣のような獰猛さのまま、逸はふいと寂しげに下を向いた。
敬吾の視線もそれを追う。
「──そしたら俺、敬吾さんにひどいことしちゃうかもしれない………………」
「────」
呆気にとられて、敬吾はぽかりと顎を落とした。
それをちらりと流し見た逸の目が、生意気で──
「てめっ脅す気かよ!」
「まさか。だって危ないじゃないですか……」
「──」
本当にそう思っているのかもしれないが、こうも欲情しきった目で睨めつけられていては敬吾としては慇懃無礼、いや、不平等な裏取引でも突きつけられているようにしか感じなかった。
だが、逸の本意はどうであれそろそろここらが落としどころだ。
締め上げ過ぎるのも、結局痛い目を見る。
敬吾がまたため息をついた。
「……じゃあ、25日」
「…………………っ」
逸はこの上なく渋い顔をしたが、文字通り喉をごくりと苦しげに鳴らしてその条件を飲んだ。
「今日は一日目に入りますよね?」
「入んねーよバカ!明日からだ!!」
「ちぇー……」
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