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悪魔の証明 8

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ーーーーどっちだろう。

歩道からアパートの窓を眺め、立ち尽くしたまま敬吾は考えていた。

逸の部屋も自分の部屋も灯りが漏れていない。

ポケットに両手を突っ込んで動く気配も見せないまま、無感動にしばらくそうしていた。
逸がどちらにいるか考えてはいるが、分かったところでどちらに行くべきなのかも分からない。

物事を考え始めると、空っぽだった総身にざわざわと感覚が戻って来る。

肩を掴む手、腰に回った腕、煙草の匂い。

(………気持ち悪い)

それがそのまま後藤への感情では無論ないのだがーーーー

ああいった触れ方は当然逸以外にされたことがない。
逆を言えば逸にならされたことがあるのだ、何度も。

それが他の人間になっただけで、こんなにも気色が悪いものか。

違和感。嫌悪感。異物感………皮膚に虫でも這うような、気味の悪い感覚。

(嫌なもんだな…………)

唇を擦り、ガードレールに浅く腰掛けると敬吾はどうにか感情的な自分を押し殺そうとした。

この不快感はもう諦める他ない。自分が油断していたツケだ。
それよりも。

(ーーー岩井)

あの心配そうな顔が目の裏に浮かぶ。

(浮気では、ないよな……)

逸を裏切ったわけでは決して無い。
浮ついた気持ちなどあるわけもなかった。
これで女の子だとなれば、無理に触られたなどというのは一大事だ、彼氏に報告することも選択肢ではあろうが。

(……俺が男にされたって、どうなんだ?どの程度のことなんだこれ…………)

自分としては当然気持ちが悪い。
逸以外の男に触れられるのがここまで不快だとは思わなかった。自分でも驚くほどだ。

更には、無理に触られたこともだがその後。
相手がいると言ったにも関わらず後藤が言った言葉、それが腹立たしかった。

(あの野郎変わってねえじゃねーか全然)

至近距離で囁かれた傲慢な言葉が蘇る。

(何を持ってお前にすると思ってんだよ)

不誠実にはぐらかそうとしていた事を恥じて向き合った人間に対してすることか。
その怒りが、背徳したわけではないという気持ちを裏打ちする。

逸を裏切ったわけではない。














(……よなあ……………)

ーーそのはずだ。
額を擦り、敬吾はため息をつく。

それをわざわざ逸に言うことはあるだろうか。
逸はどう思うだろう、とにかくまず間違いなくショックは受けるだろう。泣くかもしれない。

(そーゆーんじゃねえのに…………)

傷つけてしまうのか。

(………………やだな)

両手で顔を覆いしばし俯いていると、遠くで足音がした。

そろそろ立ち上がらなければ。


「ーー敬吾さん?」


数メートル右手に、逸が立っていた。


「ーーぁ、逸………」
「………………」

背筋を正すように敬吾がガードレールから立ち上がると、逸が手の届く距離まで足を進めた。

「……何してんの?」
「洗剤切れちゃって」
「そっか」
「敬吾さんこそどうしたんですか、こんなとこで」
「や、酔い冷ましてただけ」
「そうですか……」

逸の声がいくらか固い気がする。
顔を見ることが出来ずに、敬吾は俯いた。

「風邪ひきますよ。入りましょう」
「……うん」

先に歩く逸について敬吾も足を進める。
灯りが怖かったが、逸は敬吾を振り返らなかった。エレベーターに乗り込んでも、パネルの前につき自分の部屋の階を押しただけだった。

「ーー岩井、俺今日自分の部屋行く……」
「駄目ですよ」
「えっ、」

その応えがあまりに予想外で敬吾が瞬いていると、逸が振り向く。
無表情で、目が据わっていた。

「何かありましたよね?」
「ーーーーーー」

僅かに眉根を寄せ、敬吾は一向に動かない逸の能面のような顔を見返した。

「ーーないよ」
「…………そうですか、でもうちに来てもらいます」
「ーーーーーー」

心臓が痛い。
それを落ち着かせる間もなくエレベーターは止まり、有無を言わさず逸が敬吾の手を引いた。

「っちょ……、」

逸は何も応えなかった。
敬吾を先に部屋に入れると、靴も脱がないまま壁に押し付けて退路を塞ぐ。
無表情の顔をぐっと寄せるとまるで因縁でもつけているかのような有様だ。
それほどに、逸の纏っている空気は荒れて尖っていた。







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