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行く末9
しおりを挟む「っあーー、目ー疲れた……」
無事に高速道路を下り赤信号で停車すると、敬吾がサングラスを退けて目頭を揉んだ。
透明で細身の眼鏡をそう扱われると、敬吾の雰囲気と相まって逸にはどうも教師に見えてしまう。
心配そうに苦笑して逸は敬吾の肩を撫でた。
「お疲れ様でした」
「んん……、ちょっとコンビニ寄ってく」
「はい」
信号が変わって車が走り出し、先程まで道路と防音壁ばかりだった風景は一転のどかな町並みとなった。
視界を振っても必ずどこかに山があり、気づくと橋を渡っている。
「田舎だろ。ほんっとなんもないからマジでとんぼ返りだぞ」
ぼんやりと車窓を眺めていた逸に、敬吾が苦笑しながら言った。
逸ははっと敬吾の横顔を振り返る。
「いえいえ!なんか、敬吾さんここで育ったのかーって思ったらこう、じーんと……」
「ふはっ」
敬吾は可笑しそうに笑っていたが、逸はその感慨が現実的なものに変わっていた。
緊張してしまっている。
「今更なんですけど上がってきました…………」
「えっ!?なんでだよ」
「や、だって敬吾さんちですよ……超ドキドキする……」
「いやほんと車置いたらそのまま帰るぞ。捕まったら長くなる」
「でもー、」
「下手したら誰もいないかもしれないし」
そうなると少し残念な気もしてしまう。
複雑な気分を整理しきれないうちに敬吾がウインカーを上げた。
コンビニの駐車場に入り、バックで駐車すべく敬吾が車を転回させる。
と、そのまま車が下がり始めた。
「ーー敬吾さんあれやらないんすね、こう助手席に腕回して後ろ見るやつ」
「やんねーよ、ミラーあるじゃん」
「いやちょっとやって欲しかったっていうか」
「お前はどこのゆるふわ雑誌読んでんだよ。俺それやったら多分すげー切り返すぞ」
「そうなんですか?」
呆れ顔のまま車を停め、ミラーを畳んでエンジンを切る。
「かえって危ない気がすんだけどな……ケツ長い車はどうだか知らないけど。モテたいか俺より運転下手かどっちかじゃね」
「ドライ?……」
店内に入ると、逸はまずスイーツコーナーへと向かった。
敬吾がペットボトルを持ってそちらに行くと、逸は妙に真剣な顔をしている。
敬吾はああ言ったがーー
「手土産とかなくていいんですかね」
「は?どこに」
「敬吾さんちにですよ、箱にも入れてもらえるみたいですけど」
「いらねーって!まだそんなこと言ってんのか」
弾けるように敬吾は笑い、逸は相変わらず神妙な顔を慌てさせた。
「だって!ご家族の方に会っちゃったらどーすんですか!?」
「普通にこんにちはでいーよ、菓子折り渡される方がこえーわ」
笑いながら逸の肩を叩いて敬吾はレジに向かい、唇を尖らせながら逸もそれに続いた。
敬吾の後ろから小銭を差し出しつつ、逸が一緒にドーナツを買うと敬吾が呆れた顔をする。
「アメリカの警官かよ」
「なんであの人たちあんなドーナツばっか食ってんですかね」
「…………あれ」
レシートを受け取りながら自動ドアの方を見ていた敬吾が何かに気づく。
駐車場では、大きなSUV車から男性が降りてきたところだった。
それを見ているように見えるがーー
「ああ、やっぱそうだ」
「?」
言いながら会計を終えた敬吾が軽く手を上げてドアを開けると、向こうの男性も気づいたようで手を振った。
逸の頭の中には、森のくまさんが浮かんでしまっている。
「偶然ですね」
「敬吾くんおかえりー」
にこにこしてそう言う男性は、近寄るとかなり大柄だった。
身長は逸よりやや小さいくらいだが、横幅と厚みが段違いである。
逸の方を見て会釈をするので逸も慌てて頭を下げる。
「後輩です。こちらは、姉貴の婚約者の河野さん」
「岩井です、こんにちはーー」
「河野です」
内心大わらわの逸とは対象的に、河野はどこまでも穏やかに微笑んでいた。
まさかこうも不意打ちに敬吾の身内に会ってしまうとは思っておらず、心の準備が全く間に合っていない。
「敬吾くん珍しいねぇ」
「この間の車まだ返してなくて」
「ああ!良かったら俺届けとこうか?こっからなら駅歩いていけるでしょ」
「えっ、助かりますけど……いいんですか」
「うん、車に桜ちゃんいるし」
「えっ」
「えっ」
敬吾がげんなりとし、逸はどきりとした。
話の流れからすると、それはおそらく敬吾の姉ーーーー
逸の緊張がさらに高まったところで車のドアが開いた。
「敬吾ぉ!」
「あーー………」
ぐったりと肩を落とす敬吾に、長身の女性が軽やかに走り寄ってくる。
「えーちょっとなに!帰ってくるんなら言いなさいよぉ!」
(うおぉ美人だー……)
桜が敬吾の肩を掴み一頻り揺すった後、ひたりと逸を見定めた。
「お?イケメン」
「後輩な……」
「いっ、岩井です」
「おー?苗字同じだねえ!敬吾の姉ですよろしくー!」
「あっはいっよろしくお願いしますーー」
「肌きっれー!整った顔してるねぇ???」
敬吾の肩をぽいっとばかりに放り出し、桜は逸の手を握ってぶんぶんと振った。
近くで見ると顔は敬吾に良く似ているーーーが。
この性格の差はかなりの衝撃である。
逸は心中も手も振り回され、あわあわと笑顔を作り続けていた。
敬吾に助けを求めるが、敬吾は河野と何やら話をしている。
「お昼食べた?」
「えっ、まだですけどーー」
「よし行こ!」
「おっいいねえ」
河野がひょいと桜を見て言った。
敬吾は「あーあ」とぼやいている。
「なにがいー?お寿司?焼き肉?この辺野菜も美味しいよ!」
「えっ俺ですか!?そんな、なんでもーー」
「好きな食べ物とかないの?」
「き、基本なんでも好きです………えっ敬吾さん俺これどうしたら、」
「諦めろ」
無礼は承知で素直に助けを求めるが、敬吾は悪気の欠片もなく却下した。
けんもほろろとはこのことである。
「んじゃ私らのおすすめにするよ?」
「ああ桜ちゃん今敬吾くんと話してたんだけどさ、敬吾くん車返しに来たんだって。2台で行って、帰り駅まで送ってってあげよう」
「いーよ、よし行くか!」
そう言うと桜は逸をSUVの後部座席に押し込んで自らはその隣に座り、苦笑した河野が敬吾に手を上げつつ運転席に乗り込んだ。
「え!?」
敬吾が当然のごとく軽に乗り込んだので、逸は不躾にも人の車の窓に思い切り貼り付いてしまう。
荷物を回収でもしてきっとこちらに乗るだろうと淡く思った瞬間にどちらの車も発進してしまいーーーー
(えぇーーー…………???)
逸は人生で初めて、そして恐らく最後の、拐かされた気分になっていた。
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