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来し方6

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少々厚着気味の服を掻き分け始めている逸の手が素肌の腹に触れて、それがやはり平素とはかけ離れたような粗雑さで、敬吾は思わず目を瞑った。

「いわい……、やだ…………」

訴えてみるもそれは空気に触れると信じられないほどに萎んで、逸の荒い吐息にすら掻き消されてしまう。
それがもう情けなく悲しくなってしまい、敬吾は壁に縋るように拳の間に頭を押し付けた。

と、逸が敬吾の腰を強く引く。

「ーーーー!」

突き出されるような形になった敬吾の尻に、逸が自分の股間を押し付ける。
その動きと激しい呼吸が、また敬吾の神経をささくれ立たせた。
ひとり言のように嫌だと何度も呟くが、逸にはかけらも聞こえない。
その手は休むどころかバックルを鳴らす。

「ーー岩井っ、やだって……!」

やっと人並みの音量になった声も結局黙殺される。
逸の右手が尻をまさぐるように滑り込み、その分だけ半端に肌が晒された。
そのままその谷間に指がつたい、敬吾が鋭く息を飲む。

「い……………ッ!やめ、入るわけないだろっ…………」
「………はい」

やっと逸が返したその一言に、敬吾は自分でも意外なほどに安心した。
相変わらず味も素っ気もない声だが、それでも無言とは比べ物にならない。
それに、当然だが寝室にしかローションはない。
せめてベッドには行けるかと仄かな期待を抱く、が。
背後からバックルの音がして、敬吾が反射的に振り返ろうとする。
しかしいつのまにか両手が逸の左手でひとまとめに固定されていた。そこに体重もかけられていて、今まで気付かなかったことが信じられないほどに重い。

「岩井…………っ」

その拘束のすぐ下に、敬吾は祈るような気持ちで額をつける。
鈍いジッパーの音と息遣い、逸がそれを擦り上げる音とともに、ひたりと先端を押し当てられて敬吾の背中が弓なりに撓る。

「や…………っ」
「ちゃんと濡らしますよ」

冷たく言い捨てられ、切迫した表情を更に悲痛に弛緩させて敬吾は背中からも力を抜く。
そうして、諦めたように呼吸を整え始めた。

ーーそうなるとかえって泣きたくなるから不思議だ。

「岩井……、なあ、嫌だ……悪かったから」
「悪かった?何がですか」
「なん………、いっ!」

先端が僅かに割り入る。
睫毛が支えきれなくなり、涙がひと粒だけこぼれた。
その間にも逸が手を往復させる音が響く。

「やだ、ちゃんと、しよう……ベッドが良い、」
「……………ん、」

ぎしりと床が軋んだ。

激しい逸の呼吸を悲しいような気持ちで聞きながら、敬吾はその痙攣を感じるだけで何も出来ない。
しばしそうしていて、逸は腰を引き今吐き出したばかりのそれを敬吾の中に塗り拡げた。

「……………っ!」
「敬吾さんここ好きでしょ、なんで声我慢すんの」

声にも指にも容赦がない。
激しくぬるついた音が立つたび敬吾が唇を噛んだ。
頷き一つ返さない敬吾を追及するでもなく、逸は機械のように猥雑な音を立て続ける。

その冷たいばかりの態度は真っ平らで、どれひとつ敬吾の心に引っかからなかった。

普段の逸はもっと、温かくて柔らかい触れ方をする。
体中を優しく撫でる。よく敬吾を呼ぶ。気づくと微笑んでいる。

自分が美術品か何かにでもなったようで、気恥ずかしいけれどいつの間にかその空気に飲まれていてーー

ーー温かな波にでも、揺蕩っている気分になるのに。

今はまるで淀んだ溜池で藻掻いている気分だ。
ただひたすらに息だけが苦しい。

「んっ……!」
「は……、きっつ」
(ああもうーー……………)

何の断りもなく奥まで貫かれて、敬吾はまた息を飲んだ。
来し方の分からない異物感だけが喉を下っていく。涙が零れた。

いつもの逸ならばこんなことはしない。絶対に。
もっと優しくて、敬吾を気遣って、触れてくちづけるーー

(ああ……ダメだ…………)

逸の手は今敬吾の手を磔にし、腰に爪を立てているだけで愛情めいたものはなにひとつ注がない。
にも関わらず敬吾の肌には逸の手の感触が這っていた。思い出してしまう。
どんなに追い払っても、結局呼び戻してしまう。

あんな風に抱かれたい。

敬吾が愁眉を開く。
くたりと肩から力が抜け、壁に頬を預けた。

(寒い…………)
(そっか……こいつ今日、遠いんだ………)

いつもならば、是が非でもと言うようにひっついているのに。


(……………寒い)


ひとつ息をつき、敬吾はありもしない逸の体温に思いを馳せて目を閉じた。










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