こっち向いてください

もなか

文字の大きさ
上 下
28 / 345

主得た犬2

しおりを挟む


「で、んで?彼氏?なんだよな?さっきのけーごさん」
「そーーだよ」

キラキラと輝く瞳で見つめられ、逸は幾分居心地悪く苦笑いする。

敬吾には犬だ犬だと言われているが、この虎太郎と顔を合わせていると自分など犬でも何でもないと思うのだった。

「なんかすげーちゃんとした人じゃね?俺ゲイの人見る目変わっちゃったよ」
「あのなー」
「あっごめん偏見あるわけじゃないけど、お前くらいしか知らないんだもん。あとタレント」

つまり自分をどう思っていたのだと少々気にならないではないが、虎太郎の比類なき素直さはどうもこういった懸念を放棄させてしまう。

まあいいかと思いながら逸はシェイクを啜る。
出てこない。

「まあなー、普通にノンケだからあの人。内密に」
「ああなんかしっくり来た」

ほんの数分顔を合わせただけだが、あの敬吾さん、からは「しっかり者」の空気が溢れ出ていた。
規範とすべき常識人、とでも言うような。

「お前よく付き合ってもらえたなーー」
「おめーはほんっとに失礼だな!」
「あ、ごめん」

またもころりと謝られ、しかもそれが事実なので逸はそれ以上の抗議をやめた。

「まーそうなんだけどな。あっちこっちから頼られてるわ好かれてるわで俺もー大変」
「へえー、ほんとによく」
「自覚してないからあの人」
「鈍いんだ?」
「鈍いどころじゃない……これでもかってぐらいアピールしまくってやっとうっすら気付いたレベル」
「へえ、つーか、今まで付き合ってたのとは大分タイプ違うよね」
「んー、まあな」
「どーやって知り合ったの?」
「なんだよグイグイ来んなぁーー」

シェイクをがしゃがしゃと掻き回しながら逸は苦い顔をした。
虎太郎はころころと笑っている。

「んだっていっちがそんな従順になってるとこ初めて見たんだもん!すーげーー面白いー」

心底楽しげな虎太郎を、逸はげんなりとストローを噛みながら半眼で睨んでいた。

「面白いってなんだよ……」
「あんなびちって蹴り入れられてさー。俺ちょっと憧れちゃったもん敬吾さん」
「そーだな、お前多分敬吾さんの好きなタイプだよ」
「えぇっ!!?そ、そういう意味じゃない」
「こっちだってそーゆー意味じゃねーよ、敬吾さん子犬とか子猫とか好きだからー。」

明らかに小馬鹿にしたような逸のニヤついた笑みに、虎太郎はむっつりと唇を尖らせた。
小柄でこの性格、苗字がモモで名前がコタロウと来れば動物扱いに少々敏感なのも致し方のない話である。

「うるせーよ!ちょっと身長よこせよぉ!!」
「ちょっとでいいの?5センチ分けてもまだ10センチ以上離れてるよ?」
「っだーこの高身長もう死ね!!!」
「もう年上のお姉さんたらしこんじゃえばいいじゃんか若いうちに」
「やだ!!コワイ!!!」
「どう考えても性格のほうが問題だよな……」
「カルシウムなの?カルシウムなの!?」
「遺伝だよ。うち家族全員でけぇし」
「養子にしてぇ……」
「コタ、負けんなしっかりしろ」

倍以上に仕返しをしてやって、逸は機嫌よくシェイクをすすっていた。






「ただいまですーーー」
「おう」

ただいま、とは言うもののここは敬吾の部屋である。
敬吾も敬吾でごく当然のようにそれを受けた。

「コーヒー飲むか」
「あっはい!頂きます」

ちょうど沸かしたばかりのお湯を、二杯分あるだろうかとたぷつかせながら敬吾はマグカップをもう一つ出した。
それを見て幸せそうに逸が笑う。

「あーこら、危ねえっ」
「敬吾さんあったかいー」
「俺は寒いよ!冷たい空気持ってくんなっ」

外の空気をまとったままの逸に後ろから抱き込まれ、お湯をこぼしそうだわ寒気が走るわで敬吾は眉根を寄せた。

「おら飲めっ」
「頂きます」

逸用には、ミルクと砂糖が入っている。
それがまた嬉しくて逸は笑った。
敬吾はいつも通りブラックを熱そうに啜っている。

「なんだよ、機嫌よさそうだな」
「いえ、なんでもないんですけど」
「ふーん」

言いながら敬吾はリビングへと入っていった。
逸もマフラーを取りながらそれに続き、コーヒーを置く。

「さっきの子さ」
「ああ、コタですか?」
「後輩つったっけ?」
「いえ、同級生ですよ」
「うそっ」
「あはは!あいつ中学で成長止まったらしーんですよ」
「ええー、男でそれは珍しいな……」
「ですよね。中学ん時は俺もそんなに身長変わんなくて。その後グイグイ伸びたんでまぁ恨まれました」
「可愛いけどな。豆柴みたいで」

やはりそう思っていたか。
楽しげに笑いながら、上着を脱いだ逸が敬吾の隣に座る。
ソファは二人掛けには狭く、また冬の空気が香った。

「しかも名前桃井虎太郎ですからねー、どっち取っても犬っぽいすよね」
「あー……それはちょっと可哀想かもなあ……」

苦笑いしている敬吾の横顔を、逸が指の背でつと撫でた。

「! つめたっ」
「ああ、そっか……ごめんなさい」

言ってからマグカップで暖を取るが、どうも間に合っていないようだった。
逸の手が温まるよりも、コーヒーが冷めるほうが早い。

「……敬吾さん」
「んー」
「ちょっと甘えてもいいですか?」
「は?」
「ぎゅーさせてください」
「?いいけど……」

怪訝そうな敬吾の許可を取るなり、逸は敬吾を抱き寄せてその肩に頭を預けた。
耳の奥には、「大分タイプ違うよね」と虎太郎の声が過る。

確かに今まで、恋人に対してこんな気持ちになったことはないーー

逸がのんびりと目を閉じていると、敬吾が擽るようにその頭を撫でた。
堪えきれず、逸は笑う。嬉しかった。

「………コタが言うにはね」
「ん……?」
「俺が随分変わったって」
「?そうなのか」
「たぶん……」

それきり逸が口を閉じたので、敬吾も別段話さなかった。
自分を抱きしめている腕と胸は温かいが、髪や頬はまだ冷たい。
その乾いた冬の気配が、不思議と気持ちを落ち着かせる。

ーーが、ゆっくりと瞬きをしていた敬吾の目がびくりと見開かれた。

「!!? つっ、つめたっ……」
「あはは、敬吾さん鳥肌すごい」
「当たり前だすげー冷たいっ!やめろっつーの」

逸の手が敬吾のトレーナーを捲り上げ、冷えた手の平が脇腹を這っていた。
それが徐々に上っていく。

「っん、……やめろ馬鹿、」

冷たいままの指先で胸の先端を擦られ、敬吾が身を縮めた。

「すごい勃ってる、そんな冷たいですか?」
「冷たいってば、痛い……!」
「うわ、敬吾さん一気にあったかくなったーー」
「いーーっ!つーめーたーいってば!!」

両手で肋の辺りをひたりと覆われ、そこから冷気が一気に滲みてくる。
肋と言わず背中と言わず、全身がぞわぞわと怖気立った。

そこから逸が手を離し、きちんと服を下ろしてやると心底ほっとしたように敬吾が息をつく。
そして敬吾の手を拾った逸の手は、もう大分温かくなっていた。

「敬吾さんにあっためてもらうって良いなあ……」
「ぁー……?」

逸が敬吾の指の背にくちづけるとその唇も冷たく、敬吾はまた身じろぎする。
その敬吾の縮まった首すじを捕まえて顔を寄せ、唇を合わせた。
僅かに開いたその隙間から熱を奪うように深く口付けると、それが離れる頃には敬吾の顔は不満げだが赤くなっていた。

「……………コーヒーを飲めよ寒いんならっ」
「敬吾さんがいいです」
「ーーーー」
「ふふ、あったかいー」

ソファの上に、敬吾をゆっくりと横たえる。
その胸に顔を乗せると、敬吾の体温に溶け合うように逸の体も大分温まっていった。
普段は逸の方が体温が高いから、不思議な感覚だ。そう思いながら敬吾は逸の顔を見下ろしている。
ーー今喉元に当たった鼻は、まだいくらか冷たいか。

本人としてはやはりまだ手が冷えるのか、ソファと腰の間に逸が手を差し込む。
ほっと吐き出された吐息が敬吾の襟元から鎖骨を撫でると、そのくすぐったさに僅かに肩が揺れた。

逸が笑いながら芋虫よろしく敬吾の上をずり上がると、悪戯でもするように唇を食む。

少々呆れたようではあるが敬吾が受け入れているので、逸はしばらくの間そうしていたーー。

小さく啄んでいるようだったキスはもう唇が離れる暇もなくなり、徐々に深くなっていく。
素肌の腰を撫でている手も、いつの間にやら敬吾よりも温かくなっていた。

「………っ、なあ」
「ん、はい」
「なに……これ」
「はい?」

至近距離のまま逸が首を傾げると、敬吾が顔をそらした。

「なに、……すんの?」
「……………」

僅かに上気してそう尋ねる様子があまりに扇情的で、逸は思わずまた唇にかぶり付いた。
驚いた敬吾がカエルの潰れたような声を上げ、反射的に肩を押す。
逸は笑いながら素直に離れた。

「昼間だぞまだっ」

ほの赤い顔をそれでも呆れさせて敬吾が窘める。
お天道様の見ている時間にすることではない、とでも言いたげなーー
ーーそんな昔気質な堅さも、好いたところではあるのだが。

「嫌ですか?」

わざと開けっぴろげに聞いてやると敬吾は更に赤くなった。

「んな、」
「真っ昼間からセックスってなんか、エロくて良くないですか」
「ほんっと変態だな」
「て言うか、大学生カップルってそんなイメージあるんですけど」
「ひとくくりにすんな」
「ダメかー」

かくりと頭を垂れてひとりごちながら体を起こし、逸は敬吾の腕を引いてやった。
そのまま、さっきまで甘えていたのが嘘のように捕獲よろしく敬吾を抱き込む。
首から肩に押し付けられた唇がまるで今にも食いついてきそうで、敬吾は内心肩を縮めた。

「……夜ならいいですか?」

ぼそりと平坦だが熱を含んだその声に、敬吾の心臓が重く打つ。
低く掠れていて、普段使いの声とはまるで別物だ。
この男分かってやっているのではなかろうなと、憎々しい気にすらなる。

いつまで待っても返事をしない敬吾を窘めるように逸がもう一度名前を呼ぶと、その背中が僅かに反った。
怒ってでもいるかのように眉間に皺を寄せ、逸が笑う。

いつ音を上げてくれるかと、今度は促さずにただ待った。
それでも呼吸が速くなって行くのだけは止められない。
骨付き肉を前に、垂涎しながら待てを食らっている気分だった。

敬吾がすっと息を吸う音に、逸がぴくりと背を伸ばす。

「…………ょ、夜なら いい」
「…………………」

少なくとも拒絶ではなかったことで嬉しくなり、逸が敬吾の髪を乱す一方撫でながら改めて顔を首元に埋める。
だが、もうしばらくお預けになったのはやや残念だった。
敬吾の反応に期待して、先走った興奮がうずき始めてしまっている。

「…………はい」
「…………………」
「でももうちょっと、このままでいいですか?落ち着くまで」
「………ん、うん。」

固くも承諾してくれた敬吾に、逸は更に力を抜いて体を預けた。
敬吾が頭を撫でてくれたのでーー徐々に拍動も穏やかになって行く。

そうして、こんな自制はやはり敬吾以外にはしたことがないと、改めて思う。

一度加速し始めた熱を収めるだなんて、そもそも試みようと思ったことすらなかった。
敬吾のことは、傷つけたくない、大事にしたい、嫌われたくないから努力する。
誰よりも激しく欲しいと思うのに。

これまでにそう思うような相手はいなかった、自分の欲よりも大切だと思うようなーー

「……敬吾さん」
「ん」
「大好きです……」
「へ?」

敬吾がぽかんとしている間に逸は体を起こし、真正面から敬吾を見た。
未だぱちくりしているその顔が、呆けながらも徐々に赤みを帯びていく。

ーーああ、愛しい。

「コタは俺が変わったって言ったけど、そうかもしれないんですけど……そうじゃなくて、敬吾さんだからです」
「? …………?」

自分で贖える範囲のことは何を代償にしても失いたくない。
それはもう、少なくとも自分の身よりも重要だということだ。

「ーーーーーーー」

今思っていること、次々溢れ出す感情を伝えてしまいたいとも思うけれども、それをしたらしたでーー

ーーやはり失ってしまうのでは。

「………………」

苦しげな音を立てて喉が欲望を飲み下す。
腹がそれをすっかり納めてしまうまで俯いて呼吸を整えていた逸を、さすがに心配そうに敬吾が覗き込んだ。

「なに、大丈夫か……?」

もう一度、ごくりと喉を鳴らしてから逸が顔を上げる。

ーーなにかしら傷ついたような、妙に儚げな顔をしていて敬吾はぎくりとした。

自分でも、きっと妙な顔をしているだろうと逸は思ったがそれを無理に笑わせる。

「うんもう大丈夫です」
「…………?そうか」

なぜか心配されていた側のはずの逸が敬吾の頭をぐりぐりと撫で、敬吾は怪訝げに苦笑いした。

「夜まで良い子してますから、サービスしてくださいねーー」
「なんっだそりゃ。やだよ」
「えーっ……夕飯唐揚げにしますから!」
「なに餌で釣ってんだ」
「トマトのタルタルも付けますからぁー……!」
「うっ……………」

真面目な顔で葛藤し始める敬吾を見て、逸は心底楽しげに笑った。

「冗談ですって」
「お前……」
「はーもう可愛いっ……ちなみに何してくれるつもりだったんですか?」
「うるせーよお前噛みちぎるぞ!!」
「あっお口で……」
「っあーもうこの猿はー!!」

心底腹立たしげな敬吾を逸が見つめる。

「だからー、猿なのも敬吾さんだからなんですって」
「はぁー?」

今度はげんなりと呆れたような顔をされ、それでも逸は笑っていた。
こんな風に、いっそ見下したような顔をされても罵倒されても。
見放されないならそれでいい。

(こんなとこコタが見たら……)

きっと言葉もないだろうなと逸は小さく苦笑した。

それをまた、呆れた様子で敬吾が横目に見やっていた。





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

新しいパパは超美人??~母と息子の雌堕ち記録~

焼き芋さん
BL
ママが連れてきたパパは超美人でした。 美しい声、引き締まったボディ、スラリと伸びた美しいおみ足。 スタイルも良くママよりも綺麗…でもそんなパパには太くて立派なおちんちんが付いていました。 これは…そんなパパに快楽地獄に堕とされた母と息子の物語… ※DLsite様でCG集販売の予定あり

真・身体検査

RIKUTO
BL
とある男子高校生の身体検査。 特別に選出されたS君は保健室でどんな検査を受けるのだろうか?

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

受け付けの全裸お兄さんが店主に客の前で公開プレイされる大人の玩具専門店

ミクリ21 (新)
BL
大人の玩具専門店【ラブシモン】を営む執事服の店主レイザーと、受け付けの全裸お兄さんシモンが毎日公開プレイしている話。

隣の親父

むちむちボディ
BL
隣に住んでいる中年親父との出来事です。

処理中です...