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主得た犬

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逸は、中学、高校時代の友人と連れ立って歩いていた。
背丈も顔も小造りで童顔、まず敵は出来ない類の男である。
桃井虎太郎、逸と並ぶとまるで兄弟だ。

見た目はともかく妙に気が合い、会話がないこともままあるが付き合いの長さゆえ沈黙も重くはない。
その気軽な沈黙を破ったのは逸だった。

「あ、ーー敬吾さんだ」
「え」

その発言に虎太郎はぴんと友人の顔を振り仰いだ。
その視線の先は今まさに入ろうと言っていたファストフード店で、大きな窓に面したカウンター席を注視している。

「敬吾さん」についてはっきりと説明をされたことはないが、逸の口からこぼれる頻度と様子からかなりの自信を持って関係を推測してしまう名前ではあった。

虎太郎の好奇心が疼いたと同時、今まで揃えてくれていた歩調を顧みず逸はさっさと歩き出す。
この身長差だ、遠慮なく歩かれると虎太郎はすぐに置いていかれてしまうが、来るなと言われたわけでもなし、そもそもが入る予定だった店でもある。

文句を言われる筋合いはきっとあるまいーー

虎太郎は、とことこと小走りに逸を追いかけた。





「やっぱり敬吾さんだーー」
「……?おお」

虎太郎が逸と数メートルの距離まで近づいた時には、呼びかけられた男が丁度振り向いたところだった。
が、逸の影になってしまって顔は見えない。
それでも虎太郎の気配を感じてかそちらを気にする様子に、思い出したように逸が虎太郎の方を振り返った。

「ーーあ、これ俺の同級生でコタです。こっちは俺の先輩」
「岩居です。どうも」

半身を引いた逸の向こうで、やっと対面を果たした敬吾が形ばかり微笑んで会釈をする。
虎太郎はどきりとした。
別段目立った美形というわけでも声が良いというわけでもないのだがーー綺麗な落ち着きのある人だと思っていた。
なんとなし背筋を伸ばさなければいけない気持ちになるような。

「……あっ!桃井です!こんにちわ!」

虎太郎がペコリと頭を下げると、今度こそは楽しげに敬吾が笑った。
なにかおかしなことをしたろうかと虎太郎はやや赤くなる。

そんなことは毛ほども気にかけずに、逸が話を変えた。

「敬吾さん今日学校じゃありませんでしたっけ?」
「午後休講になってた」
「えー!」

こともなげに言いながらドリンクを飲み干してしまう敬吾に、逸が頬をふくらませる。

「なら連絡してくださいよー、俺暇だったのにー」
「なんでだよ」

呆れ顔の敬吾がトレーを持ち立ち上がると、逸は更に不服気な顔になった。

「敬吾さんどっか行くんですか?」
「いや?もう帰るとこ。お前は」
「えー、えーっ……。じゃあ俺も帰ろっかなあ……」

おいおい、と虎太郎が思ったところで、逸の横脛に軽いが鋭いローキックが決まる。

「桃井くんいるだろ何言ってんだお前」
「痛い……!」
(敬吾さんかっけえぇ……!!)

この辺りで虎太郎の心は完全に敬吾に掌握されていた。
逸とは長い付き合いだが、叱責どころかローキックを食らって素直に負かされているところなど見たことがない。
しかもそれが、理不尽ないちゃもんや野次ではなく常識的な指導としてならなおさら。
相当惚れているようだーーと思って、やはり予想は当たっていたかと一人頷く。

逸の態度はもとより、「敬吾さん」はどうも隠しておきたいように見えるが、さっきの「お前は」という簡単な問いかけが何より雄弁だった。
特別な表現ではないことが余計に、ごく自然に一緒に居るのだなと妙に生々しく伝わってきてーー

ーーなぜか虎太郎は照れた。

そうしているうち、逸の横をするりと抜けた敬吾が「じゃあな」などと言いながら逸を置いていく。
虎太郎にはまた軽く会釈をしていく様がまた、ダークヒーローのようにすら見えた。

「………『敬吾さん』、かっこいーなあ」
「だろ」
「あとお前はふつーにヒドい」
「いやーー本っっ気でコタいんの忘れてた、ごめんごめん」
「っとに」

じっとりと半眼で不作法な友人を睨んでやってから、ふたり揃ってやっと食事を買い求め、テーブルに着いた。
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