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飛んで火に入る酔っぱらい3

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「……やっぱり何か怒ってます?そんなに?」

何か虫の居所でも悪かったのかと思っていたが、この泣きようはそう瑣末なことでもないらしい。
ぐるぐる渦巻く欲望と困惑がせめぎ合って、どうにか人間性の方に軍配が上がった。

逸はしばしそのまま敬吾を見つめている。

「……っだってやだってゆった、くせにかわいーとか好きとかっ、言うなばがー……」

吐き出すように言われて、逸は考え込んだ。
ーー「やだってゆった」。
そう言えば、なんだか何度かそんなようなことを言われた気がする。

「ーーーーああ!俺が、ネコはできないって言ったから………?」

それでこんなにもへそを曲げてしまっていたのか。

ーー分かるような、分からないような。

敬吾は顔を自分の腕に押し付けており、ぐすぐす言うばかりでイエスともノーとも言わなかった。
仕方がないので弁明をすることにする。

「えーっとでも、だからって敬吾さんを好きとか可愛いとか思わないってことではないですよ?むしろ可愛すぎて俺が抱きたいと思うのが爆発してるって言うか、あれ?これ合ってる?」

なんだかややこしくなってしまい、逸はしばし言葉の迷路に迷い込んでいた。
敬吾は相変わらず何も言わない。

逸が迷路の中をぐるぐるしていると、ゴールへのヒントのようなものにたどり着いた。

「……もしかして、俺に断られたのが嫌だった、とか?」

恐る恐る言ってみると、敬吾のぐすぐすが一時止まる。

「上とか下とかじゃなくて……… …………拒絶されたから腹が立った?」

この閃きが、果たして有益なものかどうか。
不安ながらも確信するような気持ちで逸は重ねて呼びかけた。

「敬吾さんーー」

敬吾の呼吸は半ば落ち着いている。
ここで訂正をしないのは誰にとっても良い結果にならない。
恥を忍んですっかり滲んだ声で敬吾は言った。

「腹立ったわけじゃ、ない」
「うん……」
「けど、わかんない」
「敬吾さん、それたぶん」

敬吾の腕を離し、そこからシャツを抜いてやって逸はティッシュを渡した。

「寂しかったんですよ」
「ぅ…………?」

思い切り鼻をかみながらそれを聞き、目も鼻も拭ききると頭も晴れる。
おずおずと逸の顔を見ると逸は面映ゆそうに笑っていた。

「俺にふられたとか、思っちゃったんですかね。そんなわけないのにもう」

今度は困ったように笑いながら逸は愛しげに敬吾の頬を撫でる。

ーーふられたと思った?寂しかった?
そんなわけが。

逸が自らを過大評価したような言い様だがそれは横柄とも尊大とも思われなかった。
馬鹿にされている気もしない。
腹も立たない、悔しくもない。

自分はこんなに沸点が高かったろうかと敬吾は思ったが、きっとそうではないとも思う。

それは恐らく、逸の言ったことが事実で、そして逸の言ったことだからだ。
感情論ではなく事実だけを述べて、その上で不安になどならなくていいと綺麗に否定したからだ。

重箱の隅をつつくようなことを言えばはっきりと悲しかったわけではない、嫌われたと思ったわけでもない、ただなんとなくぼんやりと、気持ちが萎むような感じがしたーー

「…………わかんない、けどそうかも、どうなんだろ」
「うん……」
「ごめん」
「あはは、謝ることないですけど」

泣ききったからか、酔いはいくらか引いたようだった。
ふわふわと気持ちが浮いている気はするが、さっきまでのように頭の働きまで阻害されることはもうなさそうだ。

それだけに敬吾は首を振る。

「やー……ごめん。ガキか俺はー……」

今更ながらに恥ずかしくなってきて、もう一度目元を拭き直す。
今度こそ頭を冴えさせたかった。
それを見て逸は笑う。

「いーんですって、酒飲んでる時くらい。敬吾さん普段が普段なんですから」
「素面のやつに見られてるってのがなあ……」
「俺は眼福ですよ?」

こんなに隙だらけで甘えたがりの敬吾が見られるのだから。

「ただまあほんと外ではダメですよあれ」
「それが分かんねーよ……」

それには何も応えず逸は困ったように笑う。
前髪を梳いて額を撫でると、敬吾の顔がふと緩む。
そこにくちづけて逸は言った。

「……してもいいですか?」
「ん、」

敬吾の表情が渋くなる。

「うぅんー……」
「あはは!」

照れ隠しにすっかり歪められた返事で逸が笑い、その割に余裕なく敬吾の腰を抱いた。
絹鳴りのような音に敬吾が眉根を寄せる。

「……っあー、もーやばいなこれ」
「?」
「なんかもうパンパン」

さすがに敬吾も笑う。

「お前なんでふつーに喋ってても萎えねーの?」
「えーっと、それはもう、すみません」

久方ぶりに、逸は恐縮して頭を下げた。

「ちょっと触らして」
「え"ッ」

逸が30センチほど仰け反った。
驚愕の表情のまま固まっているのを敬吾は内心面白く思いながら観察している。

「だっ、だめです!!」
「…………………」
「……………あっ!!!違います違います敬吾さんに触られたら俺そっこーで出ッ」
「うーわかってえ」
「っちょ…………っ」

蛙の潰れたような声を出したきり、逸は固く歯を食いしばった。
そこから漏れる呼吸だけが強く激しくなって行き、表情も険しくなる。

敬吾としてはそう強く擦り上げているわけではない。
むしろごく軽く撫でているだけなのだが、たったそれだけの接触を逸がこうまでも辛そうに耐え、顔どころか首まで赤くなって、息を荒げている。

それがーー

(かわいーなおい…………)

ーーもっと違う顔もするのだろうか。

「っは……………」

するりと敬吾の手が離れてスウェットのウエストがぱふんと言うと、逸は心底安心したように詰まった息を吐きだす。
あと少しで風船のように破裂するところだったと本心思っていた。
一気に疲れを感じて敬吾の顔の横に頭を落とすと、敬吾が肩をぺしぺしと叩く。

「はい…………?」
「ちょっと起きろ、座って」
「へ……?」

敬吾に言われるまま壁にもたれると、既にずり落ちているスウェットを下着ごとがばりと下ろされた。

「おわー!?」
「なんでそんなびっくりしてんだよ、自分はばっさばっさ脱がせるくせに」
「びびびびっくりもしますよそりゃあ!!け、敬吾さんがっだってっ」

慌てふためく逸の肩を抑えつけ体重をかけながら、またも敬吾は逸のそれを握り込む。
逸が盛大に呻いた。
今度は容赦なく扱き上げると、見る間に雫が溢れ出す。
逸はもはや拷問にでも耐えているような心持ちだった。
額に拳を当てると、敬吾がこらと逸を諌める。

「顔隠すな」
「ええっ…!」
「真っ赤。」

敬吾が意地の悪い笑みを浮かべた。
逸は一人、恐怖におののく。

「めちゃくちゃ脈打ってんな」
「っ……」
「痙攣してるけど」
「じっ実況しないでくださ、あーヤバイってもうっ、」

逸は逃げ場を求めるように目を瞑ったが、逆効果だった。
次から次から溢れ出す先走りが敬吾の手で塗り伸ばされる音だけが響いて、そこだけに意識が集中してしまう。
逃げ惑うようにまた目を開くと、さも楽しそうに敬吾は笑っていた。

「きつそうだな」
「………………!」
「出していいんだぞ」
「……っいやこれ、めちゃくちゃ恥ずかしい、です」
「はー!?よくお前そんなこと言えたもんだな!」
「うっ………すみません………」

返す言葉もない。
敬吾は少々本気で腹を立てたようで、攻めの手がまた強くされた。
逸が情けない呻きを上げ、耐えられずに敬吾の手を両手で掴む。

「………っすいませ、ほんと、ダメ」
「………………」

苦しげに眉根を寄せ、逸は懸命に呼吸をしている。
自分の肩に押し付けられた、泣き出しそうにも見えるその顔がやたらと嗜虐心をくすぐった。
もっと困らせてやりたいと思うがーー

ーー手は塞がれている。
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