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だいぼうけん!7

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「……………角度がおかしい」
「すみません」

ゆるい庵座のようにベッドに座っている逸の膝を、立膝の敬吾が跨いでいる。

くっついてしたい、の解答がこの体勢であり、騎乗位よりは敬吾としても抵抗は少ないがーーいかんせん、興奮しきった逸のものが腹につきそうなほどにいきり立っていて、なんというかーー

「どうしろと」
「ちょ、っとこう、俺こっちから倒すんで敬吾さんが後ろ手にこう」
「なんだこの作戦会議は」
「敬吾さんちょっと腰落として……」
「……………」

呆れ半分、照れ半分で言われた通りに体勢を下げると、逸は言った通りに自らそれを僅かに倒す。
敬吾が束の間ためらった瞬間。

「……ここですよ」
「っ!!ひ、ろげるなばかっ………」

指先でそこをくすぐられるのに耐えきれず、敬吾は言われたとおり後ろ手にそれを支えた。

(あっつ……っ)
「ん……」

逸が小さく呻き、敬吾の胸にかぶり付く。
その濡れた音、感触に追い立てられるように、未だ逸の指先が示すそこに先端を宛てがった。

激しく敬吾を舐め上げながらも逸が僅かに上体を引く。そうして胸から顔を離し、濡れたそこを空いた手で捏ね上げながら敬吾の顔を注視した。

「、っふ……」
「……腰落としてみてください」
「ーーーー、ムリ痛い」
「ちゃんと息して……詰めると痛いですよ」
「……っ息するとこえでる」

逸が噴き出すように笑った。

「出してくださいって……」
「うぅ、」
「敬吾さん……」

声は出ずとも、呼吸だけはどうしても漏れる。

「……俺、完勃ちですけど……敬吾さんの息の音だけでもっと勃っちゃってもう破裂しそうです」
「……………っ!」
「息だけでですよ?声キモいとか思うわけないじゃないですか」
「きもいよ………っ」
「敬吾さんはそう思っててもいいですから、じゃあ俺の無理なお願いです」
「……………っ」
「……言っときますけど我慢してる声もむちゃくちゃ良いですからね?それだと、俺ばっか喜んで敬吾さんは痛いし苦しいしですよ」
「お前………っ」

力みきった内腿の震えが、もう全身にまで波及してきている。
逸の腕に絡め取られて立ち上がることもそれ以上沈むこともできずに、敬吾はただしかめた顔を真っ赤にしていた。

また妙なスイッチが入ってしまっている逸相手にどうしたら良いのか分からない。
少なくとも逃げ場はなかった。

「……て言うか、このままはちょっともう、キツ……」
「う、」
「敬吾さんお願い息だけして、もー出産シーンみたいな声でちゃっても全っ然っ良いですから」
「おまっ、お前っ!!」
「……もう、限界です……すみません、入れますよ」
「えっ、」

身じろぎする間も与えず、逸は敬吾の骨盤を引き下ろしながら捩じ込んだ。

「んーーーー……!……っん……!ぃ……っ!!」
「ああ……もー、最高です」
「ん……!っく、ん………!」

必死に堪えられている敬吾の声を聞き漏らさないように神経を注ぎながら、逸は唇を噛み締めながら更に腰を突き上げる。
敬吾の胸を、逸の呼気が暖めては冷やす。

「っ、や、んー……!」
「敬吾さん……っ、っも、……………あーーー可愛い……」

自分の首にしがみつく敬吾を更に強く抱きすくめながら、逸は根本まで飲み込ませたそれを更に押し込めた。
体ごと揺すぶられ、敬吾は既に半ば泣いている。思考回路ももはやまともに機能していなかった。

「んぅ……!いちっ、やっ、揺らさなっ、ゃーー……」
「んん!?なんて?敬吾さん今っ」
「や……!ふか、いからっ、ダメ……」
「あああちょっともう可愛すぎるでしょっそれももう一回言ってお願い」

念願の成就と言ってもいいほど、敬吾は逸に突き上げられる度惜しみなく甘く声を零した。
が、それも霞んでしまうほど、内容が豪勢過ぎる。
敬吾としては心底切羽詰まった懇願なのだが。

「敬吾さん、もう一回……お願い」

がくがくと揺らされ、小動物の鳴声のように喘ぎながら、ベッドの軋む音、誰のものか分からない呼吸音、肌と体の中が擦れる音で耳が機能しない中、逸がなにか言ったような気がした。

「?……っなに、?あ、やだっ奥すぎ……るから、っダメ、あっ、ぁ………っ!」
「………っあー……ごめんなさい敬吾さん俺ダメ」
「んーー………!」

これまでに感じたことがないほど体の深くで逸が痙攣する感覚に、敬吾は更にきつくその首を抱いた。
逸は敬吾の奥に吐き出しながらも更に扱き出すように敬吾を揺らす。
その音、感触が、僅かに残った理性には耐え難くーー敬吾はそれが徐々に侵食されていくのを感じながら、その断末魔のような弱々しい声を上げることしかできなかった。
それはあまりに小さくて激しい呼吸の音に掻き消され、逸には聞こえなかった。

呼吸と拍動の音がようやく落ち着いて、逸はようやく自分の意識が戻ってきたのを感じた。
つい先ほどまではもう、体全体が熱の塊になったようでーー激しい快感と充足感しか、感じなかった。

やっと言葉や思考のようなものを取り戻したのに、逸はものも言わず目の前にあった敬吾の胸の膨らみにむしゃぶりつく。
理性を持ってなお、快楽の虜だった。
敬吾が驚いたように呼吸混じりの声を上げる。

「や……っなに、あっ、あっあっいちダメだってっ、んんっ……!」

聞こえていないはずはないのに返ってくるのは降るような濡れた音だけだった。
唇で、舌先で激しく愛撫され、尻を鷲掴みに揉まれて、体内のそれはまだ質量を失わない。
何も考えられなくなった。

気でも触れたように藻掻くように喘いでいた敬吾の声がふと飲み込まれる。
寸の間、ただただ濡れて淫猥な音だけが響き、逸の腹に生暖かい液体がかかる。
それでも敬吾は声ひとつ上げなかった。

微かに痙攣を始めた体を逸が掻き抱いて、繋がったまま頭から肩までをベッドに預けさせ、深くくちづけて体中を撫で回す頃になってやっと熾り火のような燻った快感を消化するように細く声を漏らした。
逸の腿に乗ったままの内腿が微かに震えている。


子供のようにあどけなくなってしまった、けれどいやらしく弛緩している顔の両脇に腕をついて逸は観察でもするようにつぶさに敬吾を見つめた。
あちこちに付けた唇の跡、汗に濡れて貼り付いた前髪、涙の粒で光っている睫毛。

必死に酸素を吸い込もうと上下している胸の先端は、触られすぎて赤くなってしまっている。
まだ僅かに痙攣している腰を撫でてやるとまた切なく声が上がった。
いっそ憎々しげに見えるほどの笑みが、抑えきれないように浮かぶ。

が、敬吾の瞳がいくらか正気を取り戻したように瞬いたのを見て、さっさとその醜悪な笑いを引っ込めた。

小さく呻きながら手の甲で顔をこすっている敬吾を、今度は微笑ましく見つめる。

「大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃねぇよもぉーーー……………」

笑ってしまいながら、敬吾の髪を掻き上げてやる。
敬吾の声も表情も、まだいくらか甘い。
体重は掛けないようにその首すじに顔を埋めて、余韻に浸る。
呼吸音、におい、微かに上下する腹の蠢き、しっとりと濡れた肌触り、全てを体に染み込ませるように肌を密着させる。

「敬吾さん……もー、大好き、可愛い」
「に"ゃっ!!!」
「あはは……」
「っさ、触んなっつーの!!」

逸は笑いながら、何も言わずに大人しく胸から手を離して腰を抱いた。
さっきまでの渦巻くような快感はもうないが、その激しさが去っただけで肌の過敏さはまだ燻っているようだった。
下手に触れられると辛いものがある。

拗ねたように顔をしかめて敬吾は横を向く、が、その先には頭を撫でている逸の腕があった。
そこに顔を擦り寄せるような格好になってしまってーー逸は気づいていないが、敬吾はひとり赤くなる。
しかしその手が突如止まり、逸がくるしげに呻いて敬吾はびくりと竦んだ。

「っあーーー駄目だ、眠くなってきました……」
「……シャワーは?」
「んん……なんかもったいなくて……」
「?」
「この雰囲気リセットしたくない~……もーめちゃくちゃ気持ちいいし敬吾さん可愛いしで俺今超幸せなんです~……」

逸の声は眠たげに間延びしていて、確かに幸せそうだ。

「ドロドロのまま寝るのもいいなーって……敬吾さんとエロいことしてる感が半端ない」
「っ………」

言われて敬吾はやっと自分たちの状態に考えを馳せた。
滝のようにかいた汗が乾いてしまってべたついているし、それとはまた違うぬるつきが逸の手や腹や、自分の中にーー

「敬吾さんと一緒なら浴びようかな……」
「馬鹿」
「だめですかー……」

がっかりしたように言う割には予測していたような様子で逸は残念そうに目を閉じる。

「……………」
「ーーあ、敬吾さん浴びるんなら、着替え……」

ぎしりと半身を起こした逸の肩を、敬吾がそっと押し戻した。

「……いいよ、俺ももう眠いし、朝浴びる」

眠いのは確かだが、半ば逸と同じような気持ちでーーそれも悪くないかなと、少々赤くなりながら敬吾が言う。
逸は僅かに驚いたような顔をして、そして溶けそうに笑った。

「……はい」

このまま布団を被ったら後が大変だけれど。
構うものかと毛布も布団も手繰り寄せ、有無を言わさず敬吾を抱き込んで、そこに余韻を閉じ込めるようにして目を閉じた。




「あー、やっぱ匂い飛んじゃいましたね」
「え?」

乾かしたばかりの敬吾の髪をぱさぱさと梳かしながら、不思議そうな敬吾に逸は笑いかけた。

「香水の匂いです」
「ああ、そういやついてたか昨日……」

さもなさそうに言う敬吾の頭を、今度は力いっぱいに抱きしめる。

「でもうちのシャンプーのにおいしてるのもいいーーーーー!」
「あーもーはいはい」
「いや、ほんとすげえ良かったですよあれ……敬吾さんが体温上がったり汗かいたりするとガンガン強くなるからもう……ステータス異常起こさせる技食らってるみたいでしたもん、ヒート、こんらん、スピードアップ、みたいな」
「あーあー分かったから分かったから」

剣呑な流れに敬吾は慌てて混ぜっ返した。

「俺香水がエロいなんて思ったの初めてですよ」
「……………」

無駄であった。
もう、諦めて放っておくことにする。
そうなると体も素直なもので、ぐうと腹が鳴った。

「腹減った」
「………。はい。」

悲しげに頷きながら、それでも素直に冷蔵庫を開く。
が、その中はほとんど空だった。
敬吾の部屋のものとは違い逸の冷蔵庫は一人暮らし用でごく小さい。
こまめにしなければいけない買い出しを、昨日しようと思っていてしていなかったーー。

「……敬吾さん、悲しいお知らせです」
「あー。うちにならなんかあると思うけど」

逸の部屋の食料事情に関しては、食いつぶしている自覚のある敬吾であった。
何につけ礼をしているつもりではあるのだが、計画を崩してしまっていることはままあるだろう。
逸の分まで作ることはできないが、食料の提供くらいならしたい。

二人は空きっ腹を抱えて階段を降りた。

「敬吾さんの冷蔵庫、なんでこんなでかいのにしたんですか?」
「もとは実家のだったんだよ、引っ越す時そろそろ買い換えたいから古いの持ってけばってなった」
「ああなるほど、いいなあ……俺とりあえず安いの買ったらちっちゃすぎて。次は絶対でかいのにしよー」

逸は眉を下げ、しみじみといった風情で冷蔵庫のドアを撫でる。
敬吾もまた心底持て余している、という顔をした。

「逆に俺はあのくらいで良かった気がしてる。自炊するとやっぱ大きい方がいいのか」
「ですね、すぐは使わないけど常備しときたいもんとか、でかい調味料とか厳しいです。でもミニサイズのは割高だしすぐなくなるしー」
「あー、なるほどな……」
「これも使っちゃっていいですか?」
「聞かなくていーからどんどん使ってくれ」

逸はやはり気を使っているようだが、危うそうな食材の整理までしてくれているらしくむしろ有り難いと敬吾は思っていた。

半端に残った野菜や、日持ちしそうだと思って買ったのに結局長いことそのままになっている燻製類、後ほんの少し残っているがその少しが使えない調味料など、捨てるのも気が咎めるがどうして良いのか分からないものがそれはもうたくさんある。

「冷凍庫にも色々あんだよなー」
「お、新巻鮭じゃないですか」
「あーそれ実家から来たやつ。日持ちするし焼くだけだからって言われたものの」
「魚焼きグリル使っちゃうとめんどくさいですもんねー、銀紙敷いて焼くといいっすよ」
「それありなのか!?」
「全然ありです、敬吾さんちのって水入れるタイプですか?いらないやつ?」
「…………………。え?」
「ちょっとそこ調べてからにしましょうか、鮭は」

それまでに見繕った食材でやりくることに決めたらしく、逸は冷凍庫を閉じた。

「何ができんの?これ」
「えーっと、バターポン酢で野菜とウインナー炒めて、紅しょうがと青海苔入りの卵焼きと、玉ねぎとじゃがいもの味噌汁ですかね。あとちくわもチーズ乗せてチンして食べちゃいましょうか」
「お前すげーな……」

他人の家の冷蔵庫でも、適当に料理が出来るのか。
敬吾は本心、尊敬の眼差しで逸を見上げた。

「残り物で料理するの結構楽しいですよ、たまに奇跡起きるし。でもこーゆーのもでかい冷蔵庫じゃなきゃできないわけですよ、ちっちゃいとそもそも残り物に割けるスペースがない」
「なるほどなあ。じゃあもうここに入れとけばいいじゃん、どうせ俺使いこなせてねーし」
「えっ、」
「えっ?」

逸が鋭く振り返り、敬吾はきょとんとそれを受ける。
しばし、互いに瞬きだけを応酬していた。

「……いいんですか?俺今、作るのもここでしていいってことだと解釈しちゃってますけど」
「え?うん。既に作ってもらってるじゃん。ならやりやすいとこでやった方がいいんじゃね」
「え、あ、はい……そう、ですね」
「?うん。俺が買ったもんも使っていいし」
「は、はい……」

どうやら放心しているらしい逸を、敬吾は不思議そうに見上げていた。
一体何にそんなに驚いているのだろうか。
徐々に我に返りながら、逸は話をそれ以上続けることなくまた玉ねぎを刻んだ。

「……後で包丁研いでもいいですか?」
「全然いいけどそんなことまでできんのかお前は」
「いや、真似事ですよ研がないよりはマシになるって程度ですけどね、でも手切らないでくださいね、いや切れない包丁のほうが危なかったりもするんですけど」
「なんだお前テンパってないか?」
「い、いえ決してそんなことはございませんが」

どう見ても嘘である。
しかし逸が妙に必死な様子で落ち着いた口調で否定するので、とりあえず好きにさせておくことにした。

「手伝うこと無かったらコーヒーでも淹れとくけど」
「あっはいっ、お願いします」

やはり野球部一年生のように固くなっている逸を開放してやるように放っておいて、敬吾はリビングに入った。
電気ケトルでお湯を沸かしながらカップにコーヒーの粉末を入れ、テレビのリモコンに手を伸ばした。
その横に、取ってきた覚えのない検針票。
その更に横に、合鍵。

そこで初めて、ああ逸が合鍵と一緒に持ってきたのかと思い至り、裏返しになっていることに少し笑う。

平素ならば流し見してすぐに捨ててしまうその紙切れと、ポストに入れっぱなしで存在すら忘れてしまっていた鍵。

普段はそこにないもの。
何かしっくりと来ない。

「…………………」

とりあえず、検針票は捨ててしまった。

「敬吾さーん、ボウルってありますか?」

視界の外から呼ばわれて、なんとなくぼんやりとしていた敬吾は少々驚いた。
ひと呼吸置いてから、声の方へと向かう。
異分子を手にとって。

「多分探せばある。なんに使うの?」
「卵とくのに」
「ああ」

ボウル一つ、改めて考えなければ在り処が分からないとは。
本当に料理などしない人なのだなと逸は少し笑ってしまっていた。
さてこれから何を食べさせてやろうかと。

「んーーちょっと待て、どっか鍋の中に入ってんのかも」
「あー、なるほど」
「んじゃ先にこれ。やる」
「はい?」

コンロ下の収納の中に屈み込んでいた敬吾が、僅かに体を引いて逸の方に腕を差し伸べた。
その拳の下に逸が手を開くと、ぽとりと冷たい感触。

「ーーーーー」
「生物とか買ってきてもここ入れなかったら意味ないしな」
「ーーーーーーー」

敬吾はゆっくりとボウルを探した。
できれば渡す瞬間の逸の顔は見たくなかった。
きっとまたあの、敬吾の苦手な顔をする。
直視できないほど嬉しげで、そして甘いーーああ、困った。少し見たい。

「……あった」

やはりボウルは、鍋の中に入れられて更に蓋を閉じられていた。
それを持って恐る恐る体を起こし、逸の顔を見上げる。
その顔は、鼻から下が手で覆われていて表情はよく分からなかった。

「………………おい」

ただ自分の手のひらを凝視している逸を、敬吾もまた怪訝そうに見つめる。

「岩井?死んでんのか」

思わずそう言ってしまうほど、逸は微動だにせず手のひらを見ている。
眉も瞼も動かないのに、瞳だけがするりと動いて敬吾を捉えた。

「!」
「……いいんですか」
「えっ?」
「い、いーーんですか、これ、え、俺持ってていいんですか!??」
「え。えっ?う、うん」

それを聞いて初めて逸は開きっぱなしだった手のひらを閉じた。
潰す気かと問いたくなるほど固く閉じた。

「……あの、敬吾さんたぶん、飯作るのに便利なようにって意味でくれたんだと思うんですけど、でも俺一応彼氏のつもりでですね、それが合鍵もらうってのはですね、なんかこう、あれなんですけど、そのへんは……どう、したら」
「ん、うん……とりあえず口調が淡々すぎてこえーよ落ち着け」
「うわあ俺鍵もらえるなんておもってなかったああ」
「お、おう」
「もーなんかすげー強いキャラ仲間にしてラスボスがいる城の鍵手に入れたみたいなあああ」

不思議な既視感はそれかと敬吾は思った。
先の逸の喋り口調はまるで電子音で文字が打たれるだけの長台詞だった。
考えていると、ばふんと音を立てて肺が潰された。
逸の手のひらと硬い拳が背中を掻き抱く。

「んっ……」

苦しげな呻きが妙に色っぽくて、逸は敬吾の首すじに顔をすり寄せた。
やはり犬にでも懐かれているような気持ちになって、敬吾が逸の背中をぽんぽんと叩く。

「……まあ、何も飯作りに来いって言ってるわけじゃねえから……好きなときに使え」

逸の返事は驚くほど小さくて掠れていた。
心配になるほどだったが、腕を解いた逸は嬉しげに笑って敬吾を見ていた。
やはり見ていられなくなるようで敬吾が視線を逃すと、指の背で頬を撫でられ、するすると心地よい音がする。
危うく目を閉じてしまいそうになってーー敬吾はきゅっと眉根を寄せた。
逸が困ったようにふと微笑む。
と、温かい綿の花でも触れているようだったその指が離れる。

「あー、……ダメだ、真面目にゴハン作ります」
「………?」

不思議そうな雰囲気を察してか、まな板に向かっていた逸が僅かに振り向いた。

「またむちゃくちゃしたくなっちゃいました」
「ーーーー!」
「ご飯作りまーす」
「………………。」

沈黙にも色々あるものだ。
敬吾はあまり言葉で感情を表す方ではないが、素直ではある。

(ほんっと可愛い…………)

微笑ましく思いこっそりと笑いながら、真っ赤になっている敬吾の顔は見ないでいてやることにして逸は卵を割った。











「んっ!玉子焼きうまいなこれ!」
「うまいですね、予想以上のアタリだこれ」
「え、初なのか」
「たまに奇跡起こるって言ったでしょ?」
「あー」






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