上 下
6 / 6

たわいもない失恋話

しおりを挟む
 二ヶ月前、俺に彼女ができた。
 年齢イコール非リア歴だった俺にとって、信じられないような出来事だった。
 俺は、たくさんドキドキしたし、たくさん笑って、幸せだった。
 けど、相手は違ったのかもしれない。

「別れよう」

 冬休みが終わり、三学期最初の日に、その言葉が告げられた。
 俺があげたクリスマスプレゼントのお返しと共に。

「え?なんで?」
「君とは友達の関係でいたいんだ。いい?」
「……えっと。明日ちゃんと話そう」

 混乱していた。
 クリスマスプレゼントのお返しをもらってから、その言葉が告げられたことで、気持ちの波が激しすぎる。

 ―――振られた?なんで?なにかした?何が悪かった?

 考えてみれば理由はたくさん思いつく。
 冬休み中、一度も合わなかったこと。
 あいにく、彼女はスマホを持っていない、正確に言えば壊した。
 だから、連絡手段がなかった。
 家の固定電話の番号でも聞いておくべきだったのだろうか。
 
「はぁ~。」

 深くため息が出る。
 彼女の家は知っているし、尋ねることもできたかもしれないが、俺は受験生ということもあって、塾や勉強が忙しく、なかなか彼女に会いに行くことができなかったのだ。

「やっぱ、このことかな」

 他には思いつかなかった。
 彼氏として、至らぬ点はいくつもあったものの、それだけでは振る理由にならないものばかり。
 いや、そんな小さな理由が重なってこんな事になったんだろうか。
 
 まとまらない思考回路を巡らせながら、帰宅し、スマホで色々調べてみる。
 その日は、時の流れがいつもより早い気がした。
 あっという間に、次の日の放課後になり、俺は昇降口で、彼女を待っていた。
 すると、彼女と、二名の彼女の友達が出てきた。
 彼女は二人に隠れている。

「ほら行きな」
 
 友達の一人が声をかける。

「無理、殺されるかもしれない」

 俺はすかさず声をかける。

「だいじょぶ、殺さないよ」
「はい、じゃあ、どうぞ」
「え?あ、ここで話すの?」
「うん」
「いや、流石に、もうちょい時間欲しいかな、しかもここ昇降口だし」

 かなりショックを受けた。
 この場で一言二言交わすだけと思っていたらしい。
 辛くなる気持ちを堪えて笑顔を作る。

「あるきながら話そ?」
「……うん」

 友達の一人は別方向ということで帰ったが、もうひとりはついてきている。
 すぐ後ろにいる友だちの一人に俺は困惑する。
 先程、逆方向の彼女の友達と別れるときの会話を思い出す。

 *  *  *


「やだ、何されるかわかんない」

 俺はかなり傷つきながら言う。

「大丈夫だよ、何もしないから」

 彼女は首を横に振る。

「ほんとにだいじょぶだからさ」

 なぜだろう、俺ってそこまで信頼がないのだろうか、普通、彼氏に対してそんなにビビるだろうか。
 俺を、何だと思ってるんだろう。
 なんでそんなに怖がるんだよ。
 俺が一度でも彼女を傷つけたかよ。

 *  *  *

 いやいや、だめだ、落ち着こう。
 昨日見たネットサイトにも、冷静に対処するのが大切って描いてあった。
 自分の感情で物を言うべきじゃない。

「えっと、まずは、冬休み、一回も会いに行かなくてごめん。言い訳にしかならないけど、塾とかが忙しくて」
「ああ、ね。だいじょうぶ!私も時々めんどくさくて図書館行かなかったから」

 俺たちは、冬休み中、図書館で会えるかもね、と、冬休み前に話をした。

「……そっか。別れたいのってこのこと理由?」
「いや、私ね、恋人として見れないんだ」
「俺が?」
「うん。」
「まじか、えっと、」
「話してて楽しいし、全然嫌いじゃないけど、でも、恋人って言われると違うなって」
「そ…うなんだ」
「うん、手を繋いでくれたり、好きって言ってくれたりしたときに、全然ドキドキしないんだ。必死に好きを伝えてくれてるのに、それを受け止められないのが申し訳なくて」

 そう言って彼女は笑う。
 いや、さっきからずっと笑っている。
 それが彼女の魅力でもある。
 でも、俺はそんな彼女以外知らない、恋人として見ていないから、それ以上の彼女を見せてくれなかったのだろう
 
「えと、いつ頃から?」
「ずっと、付き合ってから」
「まじか」
「ずっと悩んでて、友達に相談したら、それは友達で止まってるんだよ、って言われて、気がついたんだ」

 そうか、俺があんなに必死で、放った言葉も、繋いだ手も、彼女からしたら、なんでもなかったんだな。
 
「恋人として見られるようになったら別れないとかある?」
「あー…うーん。恋人としてみることはないと思う」

 そう言って彼女は元気に笑う。
 俺もつられて笑ってしまうところ、重症だ。
 彼女の言葉に深く傷つきながら、それを表現できない。
 
「そっか……やばい、何も思いつかん」

 俺はそんな面白くもない冗談を言って笑う。
 彼女も笑う。
 ああ、この時間も最後なんだな。
 いや、お互い笑い合っているなんて、俺の錯覚。
 彼女は俺のことをなんとも思っていないのだから。

「じゃあね」

 俺は一言発してその場を後にした。
 つらかった、限界だった。
 もっとちゃんと引き止めるべきだったのかもしれない、そう思いつつも、俺の心は深く傷つき、限界を迎えていた

「………」

 ぼうっとしながら、帰り道を歩く。
 しかし、悲しさはなく、ただ、儚さを身にしみて感じていた。


 *  *  *

 その後、家に励ましに来てくれた友達がいて、少し話した。
 でも、その時でさえ、俺は儚さ以外のものを感じ取れなかった。
 いや、感じ取ろうとしなかった。
 強がっていたのかもしれない。
 改めて、気持ちを整理する。
 俺は本当は誰かに泣きつきたい。
 励ましてほしい、人のぬくもりを感じていたい。
 それは、彼女を失ったことの反動と、感じ取ろうとしないほどに、大きな悲しみを浪費したかったからだと思う。
 そう気が付き、そのことを誰かに話したいと思った。
 実際にメッセージを送り、話した。
 とても心は楽になったし、少し落ち着いたが、心のうちに秘める深い悲しみを浪費し切ることはできなかった。

「……はぁ。」

 深く、短いため息が出る。
 俺たちの別れを祝うように雪が吹雪いていた。


  *  *  *

「あ、これ、返し忘れる前に」

 別れた数日後、俺の心も多少悲しみから開放されかけていた時、彼女から渡されたのはシャーペンの一部分だった。
 それはいつだか、二人色違いのシャーペンを買った時、クラスに同じシャーペンを持っている人がいて、それなら、と一部分を交換した、二人だけの色違いのシャーペン、だった

「あ、うん。俺も返した方がいい?」
「うん、使えなくなっちゃうし」
 
 ああ、そうなんだな、彼女にとって、そんな俺との思い出も、そんなふうに軽いノリで手放せるものなんだな。
 彼女は笑っている。
 少なくとも、うまく行かなかった恋愛だとしても、付き合ってた時間と、その時の思い出は大事にしようって思ってたのは俺だけなのかな。
 冬の冷たい風が、傷ついた心をえぐってくる感覚があった。
 こんなにも辛いのに俺は一人だ。
 励ましてくれる人はいない、泣きつく相手もいない。
 枯れ葉の擦れる音の中、一粒のしずくが風と共に飛んでいった。
 俺は独り言を垂れ流す。

「はははははっ、おもしろ、…………もう…しばらく……恋愛はいいかな」

 俺は小さくはにかんだ。
 
 











しおりを挟む

この作品の感想を投稿する


処理中です...