人間不信の異世界転移者

遊暮

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憎悪と嫉妬の武闘祭(予選)

67話 祭りをリリーと・後編(一日目)

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 可愛らしい笑顔で向かってくるリリーを見て、戦慄が走った。

 なぜここにきてテンプレの料理オンチキャラを出してくるのか。今までそんな素振り無かっただろ!
 こういうの知ってるぞおい。あれだろ、どうやって作ればそうなるのかも理解不能なとんでもなく激マズなやつになってるんだろ、それ。

「? どーぞです!」

 差し出されたものを見る。
 ごく普通のたこ焼きにかけられたピンク色のソース。これがリリー特製の……甘い匂いがするけど明太マヨかな?

「すまん、俺は真白以外の料理はちょっと――」

「デート中に他の女の話はダメだぞぉ~!」

「「「ダメだぞぉー!」」」

 あの変態殺してやろうか。なんで戻って来てんだ。キャッキャと仮面の男に次いで叫んだ売り子達の笑い声が耳に入る。
 あと子供に変なこと教えるな。

「いらない……です?」

 リリーよ。潤んだ目で上目遣いは心が痛む。……お前ってそんなキャラだったか?

「……貰うよ」

 結局、折れたのは俺だった。
 まあ今日はリリーとのデートだ。相手が幼い少女であることに身を瞑れば、人生初のデートである。ここで断れば男が廃る。これを食べるくらい大丈夫だと信じよう。
 今は頼りになる真白が不在だが、流石に死ぬことはないと思いたい。

 たこ焼きを爪楊枝で刺して、顔の前まで持ち上げる。

 ゴクリと、喉が鳴った。

 頭がボヤけそうなほど甘い匂いのするソース。
 原料は怖いから聞けない。予想しようにも全く検討がつかなかった。

「……よし」

 意を決して、大きく開いた口に放り込んだ。

「っ! ~~!!」

 ちょ、何だこれ! 美味しさとか問題じゃないぞ!
 口いっぱいに広がったのは、焼けるような痛みだった。絶対にこれ、食べ物にかけるものじゃない。
 これ口内溶けてないか!? 酸か、酸なのか!?

「え? は、はいこれ! 人形の人から預かってたポーションです!」

 俺の反応を見て慌てたリリーが、肩にさげたポーチからポーションを取り出して差し出してくる。
 受け取って、一気に飲み干した。

「あ、間違えたです。それは私が作った惚れ薬だったです」

「ぶっ!」

 嘘だろ! もう全部飲んじゃったんだが!?
 てか、錬金術を始めたのは知ってたがなんて物作ってんだ。
 慌てて吐き出そうとするが、そう簡単に吐き出せるはずもなかった。

「ど、どうです?」

「…………」

 どこか期待した目で俺を見つめるリリー。コイツ、まさかわざとじゃないよな?
 だがまあ、今のところ体に変化は見られない。

「何ともないぞ」

「……失敗作みたいだったです」

 リリーがまだ錬金術を始めて間もない初心者で助かったようだ。

 ……本当に、よかった。

「今……チャンス……たのに……やは……間が足りませ……したね」

 何かをブツブツと呟いたリリーに、俺ははっきりと告げた。

「今度からリリーの差し出したものは絶対に口にしないでおこう」

「ええっ! そんな……シン様ぁ……」

「もうその目には騙されんぞ。なんなら、これをリリーが食べてみるか?」

 残りのたこ焼きを差し出す。

「……クウちゃんへのお土産にするです」

 目を逸らしながらリリーは、自分のポーチに残りのたこ焼きを入れた。

「さ、他のところも見て回るぞ」

「そうです! まだまだお祭りは始まったばかりなのです!」

 本物のポーションを飲んで復活した俺は再び、二人で手を繋ぎながら祭りを回った。

 この世界特有の料理や、過去の転移者が伝えたとされる焼きそばやかき氷などを二人で分けて食べ、金魚すくい――金魚ではなく魔物だったが――をリリーが何度やってもすくえなくてムキになるのを孤児院の子供達と一緒に笑ったり、この世界に来て一番と思えるほど楽しい時間を過ごした。

「次はえーっと、あっ、あれ欲しいです! シン様っ!」

 ずっと村に閉じ込められていた彼女にとって、こういったお祭りは珍しいものなんだろう。先程からずっと、子供らしく無邪気に笑っている。
 びょんびょんと楽しそうに跳ねて俺の袖を引っ張るリリーに、俺は半場呆れながら指された先を見る。

「って、首輪?」

「違うですよ! チョーカーです!」

 どうやら射的の景品の一つのようだ。
 可愛くラッピングされた箱に、黒いチョーカーが入っている。

「どうだにいちゃん! 銅貨五枚で五発だ! 可愛い彼女さんにプレゼントしてやったらどうだ!」

「彼女……いい響きです」

 照れるなリリー、違うからな。なぜかそこらの変態ロリコンから尋常じゃない殺気が浴びせられる。誤解なのに。
 そして店員の少年よ、そのセリフは何だよ。まだお前ってリリーと同じくらいの年だよな? 最近の子供はマセてるのか?
 あとそこの仮面は引っ込んでろ。ひゅーひゅー言うな。

 ツッコミにキリがなかった。
 これ以上は気疲れしそうなので、さっさとお金を少年に渡してオモチャの空気銃と弾を受け取る。

「取れるか……いや、あの方法ならいけるか」

 銃はオモチャではあるが意外としっかりしている。これなら大丈夫そうだ。
 構えて、上段に設置されたチョーカーを狙う。

 まずは試しに一発。

「あっ~、惜しいです」

 外した俺を、リリーが励ますように応援する。

「次で決める!」

 そんな彼女にサムズアップ。俺も少々祭りでテンションがおかしくなっていた。

「狙いを定めて……」

 こっそり発動、【武器支配】。

 発射される弾は操れないが、銃身を固定することは可能だ。
 これで発砲時のブレを無くすことができる。

「! シン様凄いです!」

 落ちたチョーカーを見て、再びリリーが飛び回った。
 それから残りの三発で、二つの景品のお菓子を手に入れることができた。これは待っている二人へのお土産にするか。

「ほら、リリー。首を出せ」

「はいです!」

 チョーカーを直接、リリーの首につけてやる。
 ……犬みたいだな。

「ほわあああああ」

 どこからか取り出した手鏡で、リリーはチョーカーを確認して幸せそうに声を上げた。

「一生の宝物にするです!」

 気に入ってくれたようでなによりだ。

「……シン様!」

「ん?」

「大好きです!」

 大袈裟なやつだと、俺は苦笑した。





 △ ▼ △▼ △ ▼ △▼ △ ▼ △▼ △ ▼ △





 夕食を終え、宿に戻ったシンはベッドの上で一息ついた。

 そこで、今日あった出来事を思い出すと僅かに頬を緩ませる。

「最初はどうなることかと思っていたが……意外と悪くは無いな」

 リリーの性格から考えて、人間でも狩りに行くと思っていたのは秘密だ。

「あしたはくーのばん!」

「ああ、楽しみだな」

 ベッドに座る己の膝に全身で抱きつくクウの頭を、シンはいつも以上に優しく撫でた。
 クウの手には、クッキーの入った小さな小袋が握られている。

「ところでクウは、今日何をしてたんだ?」

「えっとねー、おっきいのがいっぱいいて美味しかったの!」

 クウは手を精一杯広げて説明しようとするが、それが大好きな飼い主には伝わることは無かった。

「全然分からん……真白」

 困ったシンは部屋の入口に立つ真白へと、説明を求めて視線を向ける。

「レベル上げの許可を頂きましたので、ダンジョン――『神魔大陸』へと行ってまいりました」

 聴くものを安心させるような、どこか惹き込まれそうになる声。
 だが、それを聞いたシンはベッドから勢いよく立ち上がった。

「は!? ちょ、嘘だろ!?」

 ダンジョン『神魔大陸』。その名にはこの世界に馴染み始めたシンも、当然のように知っていた。
 なぜならば、転移石によって行方不明となったクラスメイトの茅野優馬ちのゆうまがそこにいると、異世界テンプレに頭を毒されているシンが考えていたからなのだが……。

「『神魔大陸』っていったら、この世界で最高難易度のダンジョンだった気が……」

 生息する魔物の最低ランクはA。その名の通り今いる大陸と同じ程の広さを誇るダンジョンで、人外魔境とも呼ばれるほど危険な場所である。

「……大丈夫なんだろうな?」

 言いたいことは沢山あったが、シンはまずそれを聞いた。その瞳は心配そうに揺れている。

「私の全てはマスターのもの。マスターの意思でない限り、絶対に失われることはありません」

 そう語る真白の表情は変わらない。それが彼女にとっては当たり前であり、存在意義とも言えるのだから。

「たのしかったよー?」

 二人の言葉を聞いたシンは「そうか」と呟き、ゆっくりと頷く。
 それ以上の言葉は必要なかった。

 彼女達を――信じているのだから。

「で、どうだった? 俺と同じ転移者の男はいなかったか?」

 一転して好奇心を滲ませた様子で、シンは訊く。

「はい、マスターの仰っていた通り、黒髪の小柄な男がいました」

「やっぱりか! いやー、『神滅大陸』の話を聞いた時、絶対ここにいると思ったんだよな」

「流石です、マスター」

 この世界は本当にテンプレだな、そうシンは笑った。

「そういえば五條ごじょうも一緒に飛ばされたはずだが……死んだのか」

 そう言ったシンは楽しそうで、クラスメイト一人の死など全く気にする様子はなかった。
 真白が、考察に補足するように発言する。

「男は一人でした。また、かなりの傷を負っているようでした。接触した方がよかったでしょうか?」

「どうせ助かるだろ、ああいうやつは運命に好かれているからな。向こうが襲って来ない限り、接触も避けてくれ」

「かしこまりました」

 茅野に興味があるし動向も気になるが、人殺しの自分とは決して相容れないことをシンはよく理解していた。だから深くは踏み込まない。

「ちなみにダンジョンはどうだった?」

「今の私ではダンジョンマスターには勝てませんが、その他は問題ありません。いずれはダンジョンマスターにも、勝利することができると思われます」

「みんなあそんでくれたの!」

「真白もクウも余裕そうだな……俺も少しでも追いつけるように頑張らないと。二人とも、レベルチェックしていいか?」

「はい」

「うん!」

 シンは真白とクウのレベルを見て、言葉を失った。

「……真白には一日で追いつかれたか。クウは……なんだこれ」

「えへへー」

「そういえばクウは多対一が得意だったな。効率も凄そうだ」

 納得したシンは、一応自分のステータスも確認しようと開いた。

 そしてこれが、突然の悲劇の始まりだった。

----------------------------------------------------------
名前:シン
種族:人族
Lv:107
称号:人間不信 同族殺し 転移者 呪剣士
   ロリコン予備軍
<パッシブスキル>
身体強化(6) 精神耐性(9) 並列思考(6)
毒耐性(2) 痛覚耐性(2) 詠唱短縮 魔力感知
<アクティブスキル>
双剣術(6) 風魔法(5) 土魔法(4) 気配察知(6)
家事(3) 鑑定(9) 隠密(5) 威圧(4) 演技(1)
回避(4) 隠蔽(2) 拷問 直感 調教 見切り
<ユニークスキル>
武器支配(5) 偽装
----------------------------------------------------------

「…………」

 称号を見たシンは、黙って【偽装】を発動させる。今ほどこのスキルがあって、感謝したことはなかった。

 そしてチラリと、先程から静かなリリーを見る。

 リリーはうっとりした顔で首に嵌められたチョーカーを撫でていた。シンの視線にも気付いていない。

 視線を外す。

「マスター?」

「ごしゅじんさまー?」

「……違うから、俺は違うからなっ……っ!」

 かけられた声が遠くに聞こえるほどショックを受けたシンは、うわ言のように言葉を発しながらクウを抱えると、逃げるようにしてベッドに入った。
 既にその行動が称号の原因の一つなのだが、シンに自覚はない。

 そうして、最後に色々なモノを失ってシンは、長い祭りの一日目を終えたのだった。

 なお、称号に気を取られて気が付かなかった【毒耐性】に気付くのはもう少し後の話である。
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