81 / 95
憎悪と嫉妬の武闘祭(予選)
67話 祭りをリリーと・後編(一日目)
しおりを挟む
可愛らしい笑顔で向かってくるリリーを見て、戦慄が走った。
なぜここにきてテンプレの料理オンチキャラを出してくるのか。今までそんな素振り無かっただろ!
こういうの知ってるぞおい。あれだろ、どうやって作ればそうなるのかも理解不能なとんでもなく激マズなやつになってるんだろ、それ。
「? どーぞです!」
差し出されたものを見る。
ごく普通のたこ焼きにかけられたピンク色のソース。これがリリー特製の……甘い匂いがするけど明太マヨかな?
「すまん、俺は真白以外の料理はちょっと――」
「デート中に他の女の話はダメだぞぉ~!」
「「「ダメだぞぉー!」」」
あの変態殺してやろうか。なんで戻って来てんだ。キャッキャと仮面の男に次いで叫んだ売り子達の笑い声が耳に入る。
あと子供に変なこと教えるな。
「いらない……です?」
リリーよ。潤んだ目で上目遣いは心が痛む。……お前ってそんなキャラだったか?
「……貰うよ」
結局、折れたのは俺だった。
まあ今日はリリーとのデートだ。相手が幼い少女であることに身を瞑れば、人生初のデートである。ここで断れば男が廃る。これを食べるくらい大丈夫だと信じよう。
今は頼りになる真白が不在だが、流石に死ぬことはないと思いたい。
たこ焼きを爪楊枝で刺して、顔の前まで持ち上げる。
ゴクリと、喉が鳴った。
頭がボヤけそうなほど甘い匂いのするソース。
原料は怖いから聞けない。予想しようにも全く検討がつかなかった。
「……よし」
意を決して、大きく開いた口に放り込んだ。
「っ! ~~!!」
ちょ、何だこれ! 美味しさとか問題じゃないぞ!
口いっぱいに広がったのは、焼けるような痛みだった。絶対にこれ、食べ物にかけるものじゃない。
これ口内溶けてないか!? 酸か、酸なのか!?
「え? は、はいこれ! 人形の人から預かってたポーションです!」
俺の反応を見て慌てたリリーが、肩にさげたポーチからポーションを取り出して差し出してくる。
受け取って、一気に飲み干した。
「あ、間違えたです。それは私が作った惚れ薬だったです」
「ぶっ!」
嘘だろ! もう全部飲んじゃったんだが!?
てか、錬金術を始めたのは知ってたがなんて物作ってんだ。
慌てて吐き出そうとするが、そう簡単に吐き出せるはずもなかった。
「ど、どうです?」
「…………」
どこか期待した目で俺を見つめるリリー。コイツ、まさかわざとじゃないよな?
だがまあ、今のところ体に変化は見られない。
「何ともないぞ」
「……失敗作みたいだったです」
リリーがまだ錬金術を始めて間もない初心者で助かったようだ。
……本当に、よかった。
「今……チャンス……たのに……やは……間が足りませ……したね」
何かをブツブツと呟いたリリーに、俺ははっきりと告げた。
「今度からリリーの差し出したものは絶対に口にしないでおこう」
「ええっ! そんな……シン様ぁ……」
「もうその目には騙されんぞ。なんなら、これをリリーが食べてみるか?」
残りのたこ焼きを差し出す。
「……クウちゃんへのお土産にするです」
目を逸らしながらリリーは、自分のポーチに残りのたこ焼きを入れた。
「さ、他のところも見て回るぞ」
「そうです! まだまだお祭りは始まったばかりなのです!」
本物のポーションを飲んで復活した俺は再び、二人で手を繋ぎながら祭りを回った。
この世界特有の料理や、過去の転移者が伝えたとされる焼きそばやかき氷などを二人で分けて食べ、金魚すくい――金魚ではなく魔物だったが――をリリーが何度やってもすくえなくてムキになるのを孤児院の子供達と一緒に笑ったり、この世界に来て一番と思えるほど楽しい時間を過ごした。
「次はえーっと、あっ、あれ欲しいです! シン様っ!」
ずっと村に閉じ込められていた彼女にとって、こういったお祭りは珍しいものなんだろう。先程からずっと、子供らしく無邪気に笑っている。
びょんびょんと楽しそうに跳ねて俺の袖を引っ張るリリーに、俺は半場呆れながら指された先を見る。
「って、首輪?」
「違うですよ! チョーカーです!」
どうやら射的の景品の一つのようだ。
可愛くラッピングされた箱に、黒いチョーカーが入っている。
「どうだにいちゃん! 銅貨五枚で五発だ! 可愛い彼女さんにプレゼントしてやったらどうだ!」
「彼女……いい響きです」
照れるなリリー、違うからな。なぜかそこらの変態から尋常じゃない殺気が浴びせられる。誤解なのに。
そして店員の少年よ、そのセリフは何だよ。まだお前ってリリーと同じくらいの年だよな? 最近の子供はマセてるのか?
あとそこの仮面は引っ込んでろ。ひゅーひゅー言うな。
ツッコミにキリがなかった。
これ以上は気疲れしそうなので、さっさとお金を少年に渡してオモチャの空気銃と弾を受け取る。
「取れるか……いや、あの方法ならいけるか」
銃はオモチャではあるが意外としっかりしている。これなら大丈夫そうだ。
構えて、上段に設置されたチョーカーを狙う。
まずは試しに一発。
「あっ~、惜しいです」
外した俺を、リリーが励ますように応援する。
「次で決める!」
そんな彼女にサムズアップ。俺も少々祭りでテンションがおかしくなっていた。
「狙いを定めて……」
こっそり発動、【武器支配】。
発射される弾は操れないが、銃身を固定することは可能だ。
これで発砲時のブレを無くすことができる。
「! シン様凄いです!」
落ちたチョーカーを見て、再びリリーが飛び回った。
それから残りの三発で、二つの景品のお菓子を手に入れることができた。これは待っている二人へのお土産にするか。
「ほら、リリー。首を出せ」
「はいです!」
チョーカーを直接、リリーの首につけてやる。
……犬みたいだな。
「ほわあああああ」
どこからか取り出した手鏡で、リリーはチョーカーを確認して幸せそうに声を上げた。
「一生の宝物にするです!」
気に入ってくれたようでなによりだ。
「……シン様!」
「ん?」
「大好きです!」
大袈裟なやつだと、俺は苦笑した。
△ ▼ △▼ △ ▼ △▼ △ ▼ △▼ △ ▼ △
夕食を終え、宿に戻ったシンはベッドの上で一息ついた。
そこで、今日あった出来事を思い出すと僅かに頬を緩ませる。
「最初はどうなることかと思っていたが……意外と悪くは無いな」
リリーの性格から考えて、人間でも狩りに行くと思っていたのは秘密だ。
「あしたはくーのばん!」
「ああ、楽しみだな」
ベッドに座る己の膝に全身で抱きつくクウの頭を、シンはいつも以上に優しく撫でた。
クウの手には、クッキーの入った小さな小袋が握られている。
「ところでクウは、今日何をしてたんだ?」
「えっとねー、おっきいのがいっぱいいて美味しかったの!」
クウは手を精一杯広げて説明しようとするが、それが大好きな飼い主には伝わることは無かった。
「全然分からん……真白」
困ったシンは部屋の入口に立つ真白へと、説明を求めて視線を向ける。
「レベル上げの許可を頂きましたので、ダンジョン――『神魔大陸』へと行ってまいりました」
聴くものを安心させるような、どこか惹き込まれそうになる声。
だが、それを聞いたシンはベッドから勢いよく立ち上がった。
「は!? ちょ、嘘だろ!?」
ダンジョン『神魔大陸』。その名にはこの世界に馴染み始めたシンも、当然のように知っていた。
なぜならば、転移石によって行方不明となったクラスメイトの茅野優馬がそこにいると、異世界テンプレに頭を毒されているシンが考えていたからなのだが……。
「『神魔大陸』っていったら、この世界で最高難易度のダンジョンだった気が……」
生息する魔物の最低ランクはA。その名の通り今いる大陸と同じ程の広さを誇るダンジョンで、人外魔境とも呼ばれるほど危険な場所である。
「……大丈夫なんだろうな?」
言いたいことは沢山あったが、シンはまずそれを聞いた。その瞳は心配そうに揺れている。
「私の全てはマスターのもの。マスターの意思でない限り、絶対に失われることはありません」
そう語る真白の表情は変わらない。それが彼女にとっては当たり前であり、存在意義とも言えるのだから。
「たのしかったよー?」
二人の言葉を聞いたシンは「そうか」と呟き、ゆっくりと頷く。
それ以上の言葉は必要なかった。
彼女達を――信じているのだから。
「で、どうだった? 俺と同じ転移者の男はいなかったか?」
一転して好奇心を滲ませた様子で、シンは訊く。
「はい、マスターの仰っていた通り、黒髪の小柄な男がいました」
「やっぱりか! いやー、『神滅大陸』の話を聞いた時、絶対ここにいると思ったんだよな」
「流石です、マスター」
この世界は本当にテンプレだな、そうシンは笑った。
「そういえば五條も一緒に飛ばされたはずだが……死んだのか」
そう言ったシンは楽しそうで、クラスメイト一人の死など全く気にする様子はなかった。
真白が、考察に補足するように発言する。
「男は一人でした。また、かなりの傷を負っているようでした。接触した方がよかったでしょうか?」
「どうせ助かるだろ、ああいうやつは運命に好かれているからな。向こうが襲って来ない限り、接触も避けてくれ」
「かしこまりました」
茅野に興味があるし動向も気になるが、人殺しの自分とは決して相容れないことをシンはよく理解していた。だから深くは踏み込まない。
「ちなみにダンジョンはどうだった?」
「今の私ではまだダンジョンマスターには勝てませんが、その他は問題ありません。いずれはダンジョンマスターにも、勝利することができると思われます」
「みんなあそんでくれたの!」
「真白もクウも余裕そうだな……俺も少しでも追いつけるように頑張らないと。二人とも、レベルチェックしていいか?」
「はい」
「うん!」
シンは真白とクウのレベルを見て、言葉を失った。
「……真白には一日で追いつかれたか。クウは……なんだこれ」
「えへへー」
「そういえばクウは多対一が得意だったな。効率も凄そうだ」
納得したシンは、一応自分のステータスも確認しようと開いた。
そしてこれが、突然の悲劇の始まりだった。
----------------------------------------------------------
名前:シン
種族:人族
Lv:107
称号:人間不信 同族殺し 転移者 呪剣士
ロリコン予備軍
<パッシブスキル>
身体強化(6) 精神耐性(9) 並列思考(6)
毒耐性(2) 痛覚耐性(2) 詠唱短縮 魔力感知
<アクティブスキル>
双剣術(6) 風魔法(5) 土魔法(4) 気配察知(6)
家事(3) 鑑定(9) 隠密(5) 威圧(4) 演技(1)
回避(4) 隠蔽(2) 拷問 直感 調教 見切り
<ユニークスキル>
武器支配(5) 偽装
----------------------------------------------------------
「…………」
称号を見たシンは、黙って【偽装】を発動させる。今ほどこのスキルがあって、感謝したことはなかった。
そしてチラリと、先程から静かなリリーを見る。
リリーはうっとりした顔で首に嵌められたチョーカーを撫でていた。シンの視線にも気付いていない。
視線を外す。
「マスター?」
「ごしゅじんさまー?」
「……違うから、俺は違うからなっ……っ!」
かけられた声が遠くに聞こえるほどショックを受けたシンは、うわ言のように言葉を発しながらクウを抱えると、逃げるようにしてベッドに入った。
既にその行動が称号の原因の一つなのだが、シンに自覚はない。
そうして、最後に色々なモノを失ってシンは、長い祭りの一日目を終えたのだった。
なお、称号に気を取られて気が付かなかった【毒耐性】に気付くのはもう少し後の話である。
なぜここにきてテンプレの料理オンチキャラを出してくるのか。今までそんな素振り無かっただろ!
こういうの知ってるぞおい。あれだろ、どうやって作ればそうなるのかも理解不能なとんでもなく激マズなやつになってるんだろ、それ。
「? どーぞです!」
差し出されたものを見る。
ごく普通のたこ焼きにかけられたピンク色のソース。これがリリー特製の……甘い匂いがするけど明太マヨかな?
「すまん、俺は真白以外の料理はちょっと――」
「デート中に他の女の話はダメだぞぉ~!」
「「「ダメだぞぉー!」」」
あの変態殺してやろうか。なんで戻って来てんだ。キャッキャと仮面の男に次いで叫んだ売り子達の笑い声が耳に入る。
あと子供に変なこと教えるな。
「いらない……です?」
リリーよ。潤んだ目で上目遣いは心が痛む。……お前ってそんなキャラだったか?
「……貰うよ」
結局、折れたのは俺だった。
まあ今日はリリーとのデートだ。相手が幼い少女であることに身を瞑れば、人生初のデートである。ここで断れば男が廃る。これを食べるくらい大丈夫だと信じよう。
今は頼りになる真白が不在だが、流石に死ぬことはないと思いたい。
たこ焼きを爪楊枝で刺して、顔の前まで持ち上げる。
ゴクリと、喉が鳴った。
頭がボヤけそうなほど甘い匂いのするソース。
原料は怖いから聞けない。予想しようにも全く検討がつかなかった。
「……よし」
意を決して、大きく開いた口に放り込んだ。
「っ! ~~!!」
ちょ、何だこれ! 美味しさとか問題じゃないぞ!
口いっぱいに広がったのは、焼けるような痛みだった。絶対にこれ、食べ物にかけるものじゃない。
これ口内溶けてないか!? 酸か、酸なのか!?
「え? は、はいこれ! 人形の人から預かってたポーションです!」
俺の反応を見て慌てたリリーが、肩にさげたポーチからポーションを取り出して差し出してくる。
受け取って、一気に飲み干した。
「あ、間違えたです。それは私が作った惚れ薬だったです」
「ぶっ!」
嘘だろ! もう全部飲んじゃったんだが!?
てか、錬金術を始めたのは知ってたがなんて物作ってんだ。
慌てて吐き出そうとするが、そう簡単に吐き出せるはずもなかった。
「ど、どうです?」
「…………」
どこか期待した目で俺を見つめるリリー。コイツ、まさかわざとじゃないよな?
だがまあ、今のところ体に変化は見られない。
「何ともないぞ」
「……失敗作みたいだったです」
リリーがまだ錬金術を始めて間もない初心者で助かったようだ。
……本当に、よかった。
「今……チャンス……たのに……やは……間が足りませ……したね」
何かをブツブツと呟いたリリーに、俺ははっきりと告げた。
「今度からリリーの差し出したものは絶対に口にしないでおこう」
「ええっ! そんな……シン様ぁ……」
「もうその目には騙されんぞ。なんなら、これをリリーが食べてみるか?」
残りのたこ焼きを差し出す。
「……クウちゃんへのお土産にするです」
目を逸らしながらリリーは、自分のポーチに残りのたこ焼きを入れた。
「さ、他のところも見て回るぞ」
「そうです! まだまだお祭りは始まったばかりなのです!」
本物のポーションを飲んで復活した俺は再び、二人で手を繋ぎながら祭りを回った。
この世界特有の料理や、過去の転移者が伝えたとされる焼きそばやかき氷などを二人で分けて食べ、金魚すくい――金魚ではなく魔物だったが――をリリーが何度やってもすくえなくてムキになるのを孤児院の子供達と一緒に笑ったり、この世界に来て一番と思えるほど楽しい時間を過ごした。
「次はえーっと、あっ、あれ欲しいです! シン様っ!」
ずっと村に閉じ込められていた彼女にとって、こういったお祭りは珍しいものなんだろう。先程からずっと、子供らしく無邪気に笑っている。
びょんびょんと楽しそうに跳ねて俺の袖を引っ張るリリーに、俺は半場呆れながら指された先を見る。
「って、首輪?」
「違うですよ! チョーカーです!」
どうやら射的の景品の一つのようだ。
可愛くラッピングされた箱に、黒いチョーカーが入っている。
「どうだにいちゃん! 銅貨五枚で五発だ! 可愛い彼女さんにプレゼントしてやったらどうだ!」
「彼女……いい響きです」
照れるなリリー、違うからな。なぜかそこらの変態から尋常じゃない殺気が浴びせられる。誤解なのに。
そして店員の少年よ、そのセリフは何だよ。まだお前ってリリーと同じくらいの年だよな? 最近の子供はマセてるのか?
あとそこの仮面は引っ込んでろ。ひゅーひゅー言うな。
ツッコミにキリがなかった。
これ以上は気疲れしそうなので、さっさとお金を少年に渡してオモチャの空気銃と弾を受け取る。
「取れるか……いや、あの方法ならいけるか」
銃はオモチャではあるが意外としっかりしている。これなら大丈夫そうだ。
構えて、上段に設置されたチョーカーを狙う。
まずは試しに一発。
「あっ~、惜しいです」
外した俺を、リリーが励ますように応援する。
「次で決める!」
そんな彼女にサムズアップ。俺も少々祭りでテンションがおかしくなっていた。
「狙いを定めて……」
こっそり発動、【武器支配】。
発射される弾は操れないが、銃身を固定することは可能だ。
これで発砲時のブレを無くすことができる。
「! シン様凄いです!」
落ちたチョーカーを見て、再びリリーが飛び回った。
それから残りの三発で、二つの景品のお菓子を手に入れることができた。これは待っている二人へのお土産にするか。
「ほら、リリー。首を出せ」
「はいです!」
チョーカーを直接、リリーの首につけてやる。
……犬みたいだな。
「ほわあああああ」
どこからか取り出した手鏡で、リリーはチョーカーを確認して幸せそうに声を上げた。
「一生の宝物にするです!」
気に入ってくれたようでなによりだ。
「……シン様!」
「ん?」
「大好きです!」
大袈裟なやつだと、俺は苦笑した。
△ ▼ △▼ △ ▼ △▼ △ ▼ △▼ △ ▼ △
夕食を終え、宿に戻ったシンはベッドの上で一息ついた。
そこで、今日あった出来事を思い出すと僅かに頬を緩ませる。
「最初はどうなることかと思っていたが……意外と悪くは無いな」
リリーの性格から考えて、人間でも狩りに行くと思っていたのは秘密だ。
「あしたはくーのばん!」
「ああ、楽しみだな」
ベッドに座る己の膝に全身で抱きつくクウの頭を、シンはいつも以上に優しく撫でた。
クウの手には、クッキーの入った小さな小袋が握られている。
「ところでクウは、今日何をしてたんだ?」
「えっとねー、おっきいのがいっぱいいて美味しかったの!」
クウは手を精一杯広げて説明しようとするが、それが大好きな飼い主には伝わることは無かった。
「全然分からん……真白」
困ったシンは部屋の入口に立つ真白へと、説明を求めて視線を向ける。
「レベル上げの許可を頂きましたので、ダンジョン――『神魔大陸』へと行ってまいりました」
聴くものを安心させるような、どこか惹き込まれそうになる声。
だが、それを聞いたシンはベッドから勢いよく立ち上がった。
「は!? ちょ、嘘だろ!?」
ダンジョン『神魔大陸』。その名にはこの世界に馴染み始めたシンも、当然のように知っていた。
なぜならば、転移石によって行方不明となったクラスメイトの茅野優馬がそこにいると、異世界テンプレに頭を毒されているシンが考えていたからなのだが……。
「『神魔大陸』っていったら、この世界で最高難易度のダンジョンだった気が……」
生息する魔物の最低ランクはA。その名の通り今いる大陸と同じ程の広さを誇るダンジョンで、人外魔境とも呼ばれるほど危険な場所である。
「……大丈夫なんだろうな?」
言いたいことは沢山あったが、シンはまずそれを聞いた。その瞳は心配そうに揺れている。
「私の全てはマスターのもの。マスターの意思でない限り、絶対に失われることはありません」
そう語る真白の表情は変わらない。それが彼女にとっては当たり前であり、存在意義とも言えるのだから。
「たのしかったよー?」
二人の言葉を聞いたシンは「そうか」と呟き、ゆっくりと頷く。
それ以上の言葉は必要なかった。
彼女達を――信じているのだから。
「で、どうだった? 俺と同じ転移者の男はいなかったか?」
一転して好奇心を滲ませた様子で、シンは訊く。
「はい、マスターの仰っていた通り、黒髪の小柄な男がいました」
「やっぱりか! いやー、『神滅大陸』の話を聞いた時、絶対ここにいると思ったんだよな」
「流石です、マスター」
この世界は本当にテンプレだな、そうシンは笑った。
「そういえば五條も一緒に飛ばされたはずだが……死んだのか」
そう言ったシンは楽しそうで、クラスメイト一人の死など全く気にする様子はなかった。
真白が、考察に補足するように発言する。
「男は一人でした。また、かなりの傷を負っているようでした。接触した方がよかったでしょうか?」
「どうせ助かるだろ、ああいうやつは運命に好かれているからな。向こうが襲って来ない限り、接触も避けてくれ」
「かしこまりました」
茅野に興味があるし動向も気になるが、人殺しの自分とは決して相容れないことをシンはよく理解していた。だから深くは踏み込まない。
「ちなみにダンジョンはどうだった?」
「今の私ではまだダンジョンマスターには勝てませんが、その他は問題ありません。いずれはダンジョンマスターにも、勝利することができると思われます」
「みんなあそんでくれたの!」
「真白もクウも余裕そうだな……俺も少しでも追いつけるように頑張らないと。二人とも、レベルチェックしていいか?」
「はい」
「うん!」
シンは真白とクウのレベルを見て、言葉を失った。
「……真白には一日で追いつかれたか。クウは……なんだこれ」
「えへへー」
「そういえばクウは多対一が得意だったな。効率も凄そうだ」
納得したシンは、一応自分のステータスも確認しようと開いた。
そしてこれが、突然の悲劇の始まりだった。
----------------------------------------------------------
名前:シン
種族:人族
Lv:107
称号:人間不信 同族殺し 転移者 呪剣士
ロリコン予備軍
<パッシブスキル>
身体強化(6) 精神耐性(9) 並列思考(6)
毒耐性(2) 痛覚耐性(2) 詠唱短縮 魔力感知
<アクティブスキル>
双剣術(6) 風魔法(5) 土魔法(4) 気配察知(6)
家事(3) 鑑定(9) 隠密(5) 威圧(4) 演技(1)
回避(4) 隠蔽(2) 拷問 直感 調教 見切り
<ユニークスキル>
武器支配(5) 偽装
----------------------------------------------------------
「…………」
称号を見たシンは、黙って【偽装】を発動させる。今ほどこのスキルがあって、感謝したことはなかった。
そしてチラリと、先程から静かなリリーを見る。
リリーはうっとりした顔で首に嵌められたチョーカーを撫でていた。シンの視線にも気付いていない。
視線を外す。
「マスター?」
「ごしゅじんさまー?」
「……違うから、俺は違うからなっ……っ!」
かけられた声が遠くに聞こえるほどショックを受けたシンは、うわ言のように言葉を発しながらクウを抱えると、逃げるようにしてベッドに入った。
既にその行動が称号の原因の一つなのだが、シンに自覚はない。
そうして、最後に色々なモノを失ってシンは、長い祭りの一日目を終えたのだった。
なお、称号に気を取られて気が付かなかった【毒耐性】に気付くのはもう少し後の話である。
0
お気に入りに追加
1,356
あなたにおすすめの小説
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

【本編完結済み/後日譚連載中】巻き込まれた事なかれ主義のパシリくんは争いを避けて生きていく ~生産系加護で今度こそ楽しく生きるのさ~
みやま たつむ
ファンタジー
【本編完結しました(812話)/後日譚を書くために連載中にしています。ご承知おきください】
事故死したところを別の世界に連れてかれた陽キャグループと、巻き込まれて事故死した事なかれ主義の静人。
神様から強力な加護をもらって魔物をちぎっては投げ~、ちぎっては投げ~―――なんて事をせずに、勢いで作ってしまったホムンクルスにお店を開かせて面倒な事を押し付けて自由に生きる事にした。
作った魔道具はどんな使われ方をしているのか知らないまま「のんびり気ままに好きなように生きるんだ」と魔物なんてほっといて好き勝手生きていきたい静人の物語。
「まあ、そんな平穏な生活は転移した時点で無理じゃけどな」と最高神は思うのだが―――。
※「小説家になろう」と「カクヨム」で同時掲載しております。

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~
いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。
他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。
「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。
しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。
1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化!
自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働!
「転移者が世界を良くする?」
「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」
追放された少年の第2の人生が、始まる――!
※本作品は他サイト様でも掲載中です。

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。
sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。
目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。
「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」
これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。
なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

タブレット片手に異世界転移!〜元社畜、ダウンロード→インストールでチート強化しつつ温泉巡り始めます〜
夢・風魔
ファンタジー
一か月の平均残業時間130時間。残業代ゼロ。そんなブラック企業で働いていた葉月悠斗は、巨漢上司が眩暈を起こし倒れた所に居たため圧死した。
不真面目な天使のせいでデスルーラを繰り返すハメになった彼は、輪廻の女神によって1001回目にようやくまともな異世界転移を果たす。
その際、便利アイテムとしてタブレットを貰った。検索機能、収納機能を持ったタブレットで『ダウンロード』『インストール』で徐々に強化されていく悠斗。
彼を「勇者殿」と呼び慕うどうみても美少女な男装エルフと共に、彼は社畜時代に夢見た「温泉巡り」を異世界ですることにした。
異世界の温泉事情もあり、温泉地でいろいろな事件に巻き込まれつつも、彼は社畜時代には無かったポジティブ思考で事件を解決していく!?
*小説家になろうでも公開しております。

クラス転移で神様に?
空見 大
ファンタジー
空想の中で自由を謳歌していた少年、晴人は、ある日突然現実と夢の境界を越えたような事態に巻き込まれる。
目覚めると彼は真っ白な空間にいた。
動揺するクラスメイト達、状況を掴めない彼の前に現れたのは「神」を名乗る怪しげな存在。彼はいままさにこのクラス全員が異世界へと送り込まれていると告げる。
神は異世界で生き抜く力を身に付けるため、自分に合った能力を自らの手で選び取れと告げる。クラスメイトが興奮と恐怖の狭間で動き出す中、自分の能力欄に違和感を覚えた晴人は手が進むままに動かすと他の者にはない力が自分の能力獲得欄にある事に気がついた。
龍神、邪神、魔神、妖精神、鍛治神、盗神。
六つの神の称号を手に入れ有頂天になる晴人だったが、クラスメイト達が続々と異世界に向かう中ただ一人取り残される。
神と二人っきりでなんとも言えない感覚を味わっていると、突如として鳴り響いた警告音と共に異世界に転生するという不穏な言葉を耳にする。
気が付けばクラスメイト達が転移してくる10年前の世界に転生した彼は、名前をエルピスに変え異世界で生きていくことになる──これは、夢見る少年が家族と運命の為に戦う物語。

俺は善人にはなれない
気衒い
ファンタジー
とある過去を持つ青年が異世界へ。しかし、神様が転生させてくれた訳でも誰かが王城に召喚した訳でもない。気が付いたら、森の中にいたという状況だった。その後、青年は優秀なステータスと珍しい固有スキルを武器に異世界を渡り歩いていく。そして、道中で沢山の者と出会い、様々な経験をした青年の周りにはいつしか多くの仲間達が集っていた。これはそんな青年が異世界で誰も成し得なかった偉業を達成する物語。

クラス転移したからクラスの奴に復讐します
wrath
ファンタジー
俺こと灞熾蘑 煌羈はクラスでいじめられていた。
ある日、突然クラスが光輝き俺のいる3年1組は異世界へと召喚されることになった。
だが、俺はそこへ転移する前に神様にお呼ばれし……。
クラスの奴らよりも強くなった俺はクラスの奴らに復讐します。
まだまだ未熟者なので誤字脱字が多いと思いますが長〜い目で見守ってください。
閑話の時系列がおかしいんじゃない?やこの漢字間違ってるよね?など、ところどころにおかしい点がありましたら気軽にコメントで教えてください。
追伸、
雫ストーリーを別で作りました。雫が亡くなる瞬間の心情や死んだ後の天国でのお話を書いてます。
気になった方は是非読んでみてください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる