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憎悪と嫉妬の武闘祭(予選)
閑話 リリーの目指す道
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お気に入り1300を突破しました!
いつも作品を読んでいただき、ありがとうございます。
お陰様で、お気に入り数もじわじわと増えています。
やはり、こんなに多くの方に読んでいただけていると思うと嬉しいですね!
ということで、はい、恒例の閑話です(三回目)
今回はリリーのお話になります。すこしでも楽しんでいただければ幸いです。
それでは、どうぞ!
□ □ □ □ □
「最……高……です」
フカフカの布団に身を埋めて、私は微睡みに身を任せます。窓から差し込む暖かな光は、私を再び眠りへと誘っているようです。
朝のこの一時が最近のお気に入り。あの村にいた時のかび臭い藁のベッドとは雲泥の差です。
すうすうと音を聞き、隣にクウちゃんがいることを確認すると、私は二度寝の幸せへとダイブを――
「あっ……」
残念、もう時間のようですね。
部屋の中にいきなり現れた扉を見て、私の意識ははっきりと覚醒しました。ベッドから飛び起きます。
寝癖を軽く手で直して……扉の前で大好きな人を待つのです。この時、いつも期待に尻尾が揺れるのは仕方の無いことでしょう。
扉はギギイと古めかしい音を立てて、ゆっくりと開きました。中から二人の男女が出てきます。
「おはよう、リリー。早いな」
「おはようです! シン様!」
メイド服の少女を連れて現れたシン様に、私は抱きつきます。
「……またメスの臭いがするです」
「ん? 今リリー何か言ったか?」
「何でもないです」
全身を擦り付けて、私の匂いをシン様に付けていきます。上書きするように、他の獣人が近づくことのないように。
「うん、やはりモフモフもいいな」
頭を撫でられて、耳と尻尾も触ってもらいます。その手は優しくて温かくて、とっても気持ちいいです。
実は獣人にとって、尻尾を触らせるのは番となる者だけです。そのことが一層、幸せな気持ちが満たされていると感じる要因になっているのでしょう。まあ、シン様は知らないでしょうけど。
これも、最近の幸せのひとつです。
「んむ……ごしゅじんさまおはよ~」
クウちゃんも起きて、私と一緒にシン様に撫でられます。
こうして、私の朝は過ぎていきました。
ナイトコートに袖を通して、黒狼のブーツを履き、ペインダガーを腰に下げる。どれもこれも、シン様とお揃いの装備品です。
「……ふぅ……」
あの人と同じ物を身につけている。たったそれだけのことなのに、心が満たされるのを感じます。これはきっと、私の人生が、正義が、どこまでもシン様に依存しているから。
いけないことだと分かっていても、もう逃げられない。いつまでも浸っていたくなるような甘くどこまでも深いそれに、私は捕まってしまった。
ああ――なんて素敵なことでしょう!
「……ハッ……!」
いけません、また妄想の世界に入っていました。
頭の中でならいいですが、時々口に出てしまうので注意しないと。口調が変わってはシン様に不信感を持たれてしまいます。そしたら私はもう、殺されてしまうでしょう。
好きな人の手で殺される……意外と悪くはないですが、せめて肉体関係は持ってからがいいですからね。
身支度を整えて、私は泊まっていた宿から出ます。
シン様達は先に出掛けましたので、今は一人です。今日の午前中は、明日討伐に行く魔物の情報を集めるそうなので、私は別行動ということになりました。
本当は一緒に行きたかったですが……私にも、やらなくてはならないことがあります。
パーティで一番弱い私が、少しでも役に立てるように。
「あ! あれも食べておくです。シン様におすすめできるかもしれないです」
シン様から貰ったお小遣いを手に、私は通りにあった屋台で串に刺さったお肉を買いました。この食欲を誘うスパイスの香りがたまりません。
……これもシン様の役に立つために必要なことなのです。
「それにしても……」
この帝都という場所は、本当に人がいっぱいですね。私の村は全員の顔と名前を覚えられるほどしかいませんでしたから新鮮です。
――これだけの人をもし、好きに殺すことができたとしたら……私の正義は、随分と満たされそうです。
この前の盗賊は、案外持ちませんでしたからね。
ですが楽しむのは帝国祭が終わってからにしなさい、とシン様に釘を刺されているので、今は妄想の中だけにしておきましょう。
色々と楽しい妄想をしながら歩いて、目的地へと到着しました。
早速扉を開けて、中に入ります。
「おや、獣人のお嬢ちゃん、お使いかい?」
店内は店番のおばあちゃん以外には見当たりませんね。初めて来ましたが、本屋というのは本当に本がいっぱいです!
一時冒険者をしていたお母さんが集めた本が家には沢山ありましたが、それとは比べ物にならないほど多くの本が並んでいます。
「私が読むです!」
「あら、勉強熱心な子だね。どんな本が欲しいんだい?」
「錬金術についての本です!」
ふっふっふー。そう、私が考えたのは錬金術を学ぶことでした。
家にも本はありましたが、道具が無かったのでできませんでした。できても、簡単な薬草の調合くらいです。
ですがシン様からの許可も頂いた今、錬金術を本格的に始めることができるのです! これが私の計画、ポーションなどを自作できれば、例え戦闘力など無くともシン様の役に立つことができるのです!
まさに完璧、一部の隙もありません!
「おやまあ、本当に勉強熱心なんだね。それで、どんな物が作りたいんだい?」
「媚薬と惚れ薬と毒薬のレシピをくださいです」
「……すまないねぇ、お嬢ちゃん。この年になると耳が遠くなって……もう一度言って貰えるかい?」
これだからシン様以外の人間は嫌ですね。貴重な私の時間を無駄にしないで欲しいです。
仕方ないです、もう一度言いましょう。
「飲んだだけで一瞬で虜になる媚薬や惚れ薬、機械人形やスライムみたいな魔物でも殺せる毒薬の載ったレシピが欲しいです」
「…………」
それからしばらくして、動かなくなったおばあちゃんの頬をダガーでペシペシして、私は無事にレシピを手に入れることができたのでした。
――そしてそれから一時間後。
「……ヤバいです」
現在私は、人生で一番のピンチに立たされています。盗賊に捕まった時も、ここまで絶望的な気持ちにはなっていなかったでしょう。
本屋を出て、錬金術に必要な道具と材料を買い込んだ私は、多くの人達が行き交う道の上で立ち尽くしていました。
原因は、この両手に抱えた大量の荷物。
赤黒い斑点のある、いかにも怪しい色合いのキノコ。時々呻き声を上げる、顔の付いた四肢を持つ根っこ。
『カレの全てを手に入れろ!・薬物編』や『これで気になるあの人もロリコンに!』といった酷いタイトルの本の数々。
「これは本当にヤバいです」
買った後のことを何も考えていませんでした。
こんな物を持っている姿をシン様に見られたら……私の人生は色んな意味で終了です。
「うぅ……こんな時に【空間魔法】が使えたら……」
私が困っていると、後ろから声をかけられました。
「少女よ。何かお困りですか?」
「?」
振り向くと、そこにはシスター服を着た綺麗な女の人が立っていました。大きな胸……羨ましいです。
「実は荷物が多くて……」
「それは大変ですね。ではこれを差し上げましょう」
そう言って渡されたのは、小さなポーチでした。
……これはもしかして、話に聞くアイテムポーチじゃないでしょうか。
試しに本を一冊入れてみると、するりと吸い込まれるようにして入っていきました。重さは全く変化していません。ポーチと同じくらいの大きさの本を入れたのですが。
「くれるです?」
「ええ、困った時はお互い様、ですよ」
「でもこれ、高いもの……」
確かアイテムポーチはダンジョンでごく稀に発見される物で、現代の技術では再現不可能と言われているはずです。値段も、この帝都に家が一軒立つくらいはすると前にシン様から聞きました。
でもこの人は……よく見れば来ているシスター服も所々がほつれて、とても裕福な人物には見えません。それに、ずっと目を瞑っていて目が見えていないのも分かります。
「気にしないでください。私が昔、偶然手に入れたものですから」
その言葉には、強い意志が感じられました。
ここで断るのは、むしろ失礼にあたるでしょう。
「……分かりました、ありがとです」
「お力になれたようで何よりです。それでは」
そう言い残して、すぐに女の人は立ち去っていきました。
そして私は、女の人が見えなくなってから気が付きます。
「名前聞くの忘れてたです」
次に会った時は、何かお礼をすることにしましょう。
私の正義が、そうするべきだと言っています。
「――リリー!」
「!」
た、大変です! 向こうからシン様が手を振って歩いて来ました。
急いでアイテムポーチに持っていた物を入れていきます。あの女の人には感謝ですね!
何とかシン様に見つかる前に、荷物をしまうことができました。
「シン様ー!」
数時間ぶりのシン様の匂い。今日は機嫌がいいようで、抱きついても文句を言われません。肺いっぱいに息を吸いこみます。
「明日の予定が決まったぞ。討伐、頑張ろうな」
仲間にしか見せない優しい眼差しで、シン様は私に言いました。
それに私は、子供らしく元気に返事します。
「はいです!」
大好きなシン様。
私は私の正義を、これからもあなたのために振るうのです!
「ん? リリー、ポーチから何か顔の付いた人参っぽいのが見えるんだが……」
「ですっ!?」
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