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プロローグ
0話 人間不信の化物
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人間の心というものは、酷く不確かで不安定なものだ。
喜びや幸福、勇気といった正の感情から、憎しみや嫌悪、絶望のような負の感情まで、様々な感情によって揺れ動き、それは時に自身であっても、制御することができなくなる。
己であってもそうなのだ。それが他人の心であるならば、理解することの難しさは推して知るべしだろう。
ああ、そうだ。
他人の心など、分かるはずもない。
それはごく当たり前のことで、心を完璧に理解できる人間など存在しないのだ。
それでも、人間は人との関わり合いを通して学び、成長していく。
だが。
何故なのか、それは自分でも分からない。
幼い頃、それも物心がついた時から、気がつけば既にそう思っていた。
――どうして他人の心が分からないんだ?
苛立った。何を考えているのかも分からない他人という存在に。
吐き気がする。俺以外の人間が、平然と他人と接していることに。
世界が自分を中心に回っている、思い通りにならないなんておかしい。
そんな考えは更々ないが、他人に価値を見出せなくなってきたのは事実だった。
疑問は消えることなく、年齢を重ねるにつれて知りたいという好奇心だけが増大していく。
誰かに理解してもらうことは諦めた。当然だ。その対象が信じられないのだから。
故にこれは必然だったのだろう。いつ爆発するか分からない、解除不可能な時限爆弾。
ずっと内に秘めたソレは、どうしようもない衝動となって俺を押し流した。
ポタッ、ポタッ、と、垂れた液がフローリングを打つ音で我に帰る。
連日のように合唱を続けていた夏虫達だったが、今は不気味なほどに沈黙を貫き、小さな物音がいやに大きく聞こえた。
月明かりがカーテンの隙間から差し込み、部屋と同時にその中のものまでをほのかに照らす。
「やっちまった……」
思わず、口から漏れ出たその呟きで、これが現実であると強く認識してしまう。
「あぁ……!」
同時に思い出す。先ほどまで感じていた、その感覚を。
それはとても楽しくて、抗いようもなく甘美なものだった。興奮したように気分が高揚し、心が満たされているのを感じる。
立ち尽くし、血に塗れた全身に構うことなく幸福感に浸る。
きっかけは、些細なことだった。
夏休みの最終日。そんな微妙に切ない日を誕生日に持った俺は、十七歳の誕生日を両親と俺の三人でささやかに祝っていた。
そんな日だったからこそ、もしかすると気を抜いていたのかもしれない。
『生まれてきてくれてありがとう』
不意打ち気味にかけられた言葉は、俺が今まで抑えてきた枷を容易く吹き飛ばした。
その結果が、眼前に広がるこの惨状だ。
これで俺の人生も終了、今まで我慢してきたのも全て水の泡になったというわけだ。
壁にベットリと付いた血痕を見つめた俺は――
「ま、いっか」
気にしないことにした。
どうせ今まで、生きていても死んでいるのと変わらなかった。
それが今日初めて、生きていることを強く実感できたのだ。たとえこのまま死んだとしても、後悔はない。
父さんも母さんも、本当に俺を愛してくれていた。まさかこんなことでそれを知ることができるとは思いもしなかったが、それだけでも俺の人生は無駄ではなかった。
「ありがとう」
光の無い目で虚空を見つめる二つの首に、俺は感謝した。
親の愛と、人の心も感情も、全てを奪うことのできる殺人のなんとも言えない心地よさを教えてくれたことに。
「問題はこれからだが……」
誰に聞かせるでもなく、声に出して考えをまとめていく。
選択肢はいくつかある。
このまま逃げられるところまで逃げてみるか、証拠隠滅を図ってこれまで通り生活するか。開き直ってさらに欲求を満たすという手もあるな。
この辺りは田舎であり、家の周りには田畑が広がっている。例え声が響いていたとしても、夜中なので通報されている可能性は低いだろう。多少の時間はある。
とりあえず時刻を確認しようと、ジーンズのポケットからスマホを取り出して電源をつける。
血が染みてスマホにも付着しているが今更だ。
見ると深夜の三時をとうに過ぎ、四時を迎えようとしているところだった。
まだ外は真っ暗だが、日の出までそう時間もない。
楽しい時間は経つのが早いと聞くが、まさかここまで時間が過ぎていたとは思ってもいなかったので少し驚いた。
「学校でも行くか」
ちょうど明日から学校が始まるのだ。であれば、このまま日常を過ごすのも悪くはない。
今夜、俺は多くのものを得た。もしかすると、それで何かが変わるかも知れない。
ずっと手に持っていた包丁をタオルで包んで学生鞄に入れ、バラバラになった死体を集めて後処理をする。
全身の返り血と汗をシャワーで念入りに流し、俺は床についた。
どんな未来が待っているのか、期待に胸を膨らませて。
喜びや幸福、勇気といった正の感情から、憎しみや嫌悪、絶望のような負の感情まで、様々な感情によって揺れ動き、それは時に自身であっても、制御することができなくなる。
己であってもそうなのだ。それが他人の心であるならば、理解することの難しさは推して知るべしだろう。
ああ、そうだ。
他人の心など、分かるはずもない。
それはごく当たり前のことで、心を完璧に理解できる人間など存在しないのだ。
それでも、人間は人との関わり合いを通して学び、成長していく。
だが。
何故なのか、それは自分でも分からない。
幼い頃、それも物心がついた時から、気がつけば既にそう思っていた。
――どうして他人の心が分からないんだ?
苛立った。何を考えているのかも分からない他人という存在に。
吐き気がする。俺以外の人間が、平然と他人と接していることに。
世界が自分を中心に回っている、思い通りにならないなんておかしい。
そんな考えは更々ないが、他人に価値を見出せなくなってきたのは事実だった。
疑問は消えることなく、年齢を重ねるにつれて知りたいという好奇心だけが増大していく。
誰かに理解してもらうことは諦めた。当然だ。その対象が信じられないのだから。
故にこれは必然だったのだろう。いつ爆発するか分からない、解除不可能な時限爆弾。
ずっと内に秘めたソレは、どうしようもない衝動となって俺を押し流した。
ポタッ、ポタッ、と、垂れた液がフローリングを打つ音で我に帰る。
連日のように合唱を続けていた夏虫達だったが、今は不気味なほどに沈黙を貫き、小さな物音がいやに大きく聞こえた。
月明かりがカーテンの隙間から差し込み、部屋と同時にその中のものまでをほのかに照らす。
「やっちまった……」
思わず、口から漏れ出たその呟きで、これが現実であると強く認識してしまう。
「あぁ……!」
同時に思い出す。先ほどまで感じていた、その感覚を。
それはとても楽しくて、抗いようもなく甘美なものだった。興奮したように気分が高揚し、心が満たされているのを感じる。
立ち尽くし、血に塗れた全身に構うことなく幸福感に浸る。
きっかけは、些細なことだった。
夏休みの最終日。そんな微妙に切ない日を誕生日に持った俺は、十七歳の誕生日を両親と俺の三人でささやかに祝っていた。
そんな日だったからこそ、もしかすると気を抜いていたのかもしれない。
『生まれてきてくれてありがとう』
不意打ち気味にかけられた言葉は、俺が今まで抑えてきた枷を容易く吹き飛ばした。
その結果が、眼前に広がるこの惨状だ。
これで俺の人生も終了、今まで我慢してきたのも全て水の泡になったというわけだ。
壁にベットリと付いた血痕を見つめた俺は――
「ま、いっか」
気にしないことにした。
どうせ今まで、生きていても死んでいるのと変わらなかった。
それが今日初めて、生きていることを強く実感できたのだ。たとえこのまま死んだとしても、後悔はない。
父さんも母さんも、本当に俺を愛してくれていた。まさかこんなことでそれを知ることができるとは思いもしなかったが、それだけでも俺の人生は無駄ではなかった。
「ありがとう」
光の無い目で虚空を見つめる二つの首に、俺は感謝した。
親の愛と、人の心も感情も、全てを奪うことのできる殺人のなんとも言えない心地よさを教えてくれたことに。
「問題はこれからだが……」
誰に聞かせるでもなく、声に出して考えをまとめていく。
選択肢はいくつかある。
このまま逃げられるところまで逃げてみるか、証拠隠滅を図ってこれまで通り生活するか。開き直ってさらに欲求を満たすという手もあるな。
この辺りは田舎であり、家の周りには田畑が広がっている。例え声が響いていたとしても、夜中なので通報されている可能性は低いだろう。多少の時間はある。
とりあえず時刻を確認しようと、ジーンズのポケットからスマホを取り出して電源をつける。
血が染みてスマホにも付着しているが今更だ。
見ると深夜の三時をとうに過ぎ、四時を迎えようとしているところだった。
まだ外は真っ暗だが、日の出までそう時間もない。
楽しい時間は経つのが早いと聞くが、まさかここまで時間が過ぎていたとは思ってもいなかったので少し驚いた。
「学校でも行くか」
ちょうど明日から学校が始まるのだ。であれば、このまま日常を過ごすのも悪くはない。
今夜、俺は多くのものを得た。もしかすると、それで何かが変わるかも知れない。
ずっと手に持っていた包丁をタオルで包んで学生鞄に入れ、バラバラになった死体を集めて後処理をする。
全身の返り血と汗をシャワーで念入りに流し、俺は床についた。
どんな未来が待っているのか、期待に胸を膨らませて。
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