人間不信の異世界転移者

遊暮

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憎悪と嫉妬の武闘祭(予選)

76話 最強の従者

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今章ラスト!ようやく予選が終わります。

明日にいつもの『登場人物一覧と現在のステータス』を投稿、明後日には新章のプロローグを投稿予定です。
今後の予定や章まとめについては近況ボードで!

今回はそこそこ長めなので、ゆっくりとお楽しみいただければ幸いです。
それではどうぞ!





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 予選第一ブロックで波乱こそあったものの、その後の試合はつつがなく過ぎていった。
 優勝最有力候補とも言われる帝都冒険者ギルドマスター、正体不明の異国の剣士、何人もの有名冒険者の出場で、次第に会場は本来の盛り上がりを取り戻していた。

 そして始まる、予選最終ブロック。また一つ大きな波乱が会場に巻き起ころうとしていた――。





「先ほどの試合は予想外の展開でしたね! まさかあれほど幼い狼人族の少女が勝ち残るなど、誰が予想していたでしょうか!」

 遠く、鬱陶しい声が聞こえていた。うるさいのは嫌い。私の中で沸々と、殺意が湧き出るのを感じる。あぁ……本当に、耳障り。

「――それではこれより、予選第八ブロックを始めさせていただきます! 注目は何と言ってもこの方! 魔国第二王女にして、<殺戮姫>の二つ名で恐れられる、エルヴィーラ・エーベルト選手だぁー!!」

 でも今はこっちが優先。
 倒すべきの姿は、しっかりと覚えている。忘れるわけがない。
 視界の端に捉えた白髪に、思わず笑みが漏れた。
 待ち望んでいたチャンスが早くも訪れたことに、私は嬉しくなる。

 やっぱりシンヤと私が結ばれるのは運命なんだ。
 これから先の明るい未来を思い、歓喜に体が震えた。雑音はもう、耳には届かない。

「試合開始!」

 合図と共に私は歩きだした。四方から武器を持ち襲いかかってくる者達を横目に見る。

 欠伸が出るほどに遅い。けれどそれは仕方の無いこと。幼い頃から戦い続けた私は圧倒的に強い。その自負があった。
 闇を右手に集めて大鎌を生成し、それを軽く振るった。それだけで私を攻撃しようとしていた者共は吹き飛び、静かになった。

「ねえ」

 乱戦の中で、まるで誰からも気付かれていないようにポッカリと空いた空間。そこに目的、このエルヴィーラ・エーベルトのはじっと立っていた。

 立ち姿は控えめで主を立てるように、しかし、その作り物じみた気持ち悪いほどの美しさは欠片も霞んではいない。
 何の感情も見せない顔。それを見ていると、殺意が膨れ上がってくる。

 ――心が見えない。

 疑問が頭を掠めたが、そんな相手もいるだろう。

 まずは、この女からだ。
 私は負けない。

 私のシンヤを奪った、薄汚い泥棒猫共。
 全員殺さないと、シンヤは迷って私を選んでくれない。大丈夫、シンヤなら許してくれるだろう。だってシンヤに必要なのは、私だけなのだから。

「あなた達、邪魔なのよ。だから……殺すわ」

「マスターの敵は、私が排除します」

 戦いが幕を開けた。


 △ ▼ △▼ △ ▼ △▼ △ ▼ △▼ △ ▼ △


 向かい合った二人の内、先に動いたのはルヴィだった。

「はあっ!」

 身の丈以上にもなる大鎌を、真白の胴を狙って軽々と振るう。先程、ほかの選手を倒した時とは異なり、殺気の篭った一撃だった。それこそ、生半可な実力者では反応できないほどの攻撃。

「…………」

 しかし、それは真白の体に触れることなく、途中で静止する。
 【空間魔法】、真白が使い手だと予想していたルヴィは、軽く眉をしかめただけだった。

 珍しいが、他に使える者がいない訳では無い。以前魔国でも、使える者と戦ったことがあった。だからこそ弱点も知っている。細かい制御は困難であり、強力な分、莫大な魔力を消費すること、それが生物を対象としたものであれば、更に魔力消費は大きくなる。

「『火炎槍フレイムランス』」

 大鎌が霧散し、空いた手から放たれたのは灼熱の槍だ。だがそれも、すぐに勢いが落ちて掻き消えた。

 火は密閉された空間では続かない。それは魔法も例外ではないことを、王女としてある程度の知識を持ったルヴィは知っていた。だから想定内、まだ動揺はない。

 続けて一歩下がると、踊るようにして蹴りを放つ。ドレスが真白の視界を遮り、その蹴りは死角を突く。今やレベル二百の大台を超えたルヴィの身体能力は、素手で龍の鱗すらも貫ける程に高い。

 若干の抵抗を感じたが、それを強引に突き破る。
 決まった! そうルヴィは確信し――

「えっ」

 ぐるりと、視界が回った。

「かっ……!」

 背に衝撃を感じ、じわりと口内に血の味が広がる。
 何が起きたのか、理解が追いつかなかった。

 それでも、ルヴィは戦闘――殺し合いにおいて天才的な才能を持つ。
 危険を感じ取り、跳ねるようにして起き上がるとその場から飛び退いた。

 直後、不可視の刃がルヴィが居た場所を深く切り裂いた。
 当たっていれば、為す術なく体が両断されていただろう。ルヴィの額に冷や汗が伝う。

 ――強い!?

 内心で驚愕する。だが、まだ攻撃は終わっていない。

「――『次元消失ロストディメンション』」

「!」

 空間が、抉り取られた。
 本能に従いルヴィは間一髪躱すが、近くにいた男の腕が、持っていた長剣ごと消失する。男の悲痛な声が響く。

 このままでは不味いと、ルヴィが再び攻勢に出た。

「『闇黒召喚サモン』!」

 ルヴィの影から生み出されたのは、蝙蝠や狼などの眷属が、次々に真白に襲いかかった。このスキルは、シンの【武器支配】と同じユニークスキル。魔力の消費がなく、操れる範囲ならいくらでも生み出せる。

 同時に、手に再び大鎌を生成したルヴィが、いくつも魔法を放ちながら突進した。
 それを、魔法を使い全てに対処する真白。激しい戦いがしばらく続いた。


 ――前に見た【空間魔法】とは比べ物にならない程に強力ではあるが、この調子ならばすぐに魔力は切れるだろうと判断した。
 物量で攻めればより消耗するだろう、と。

 その、はずだった。

「どう、して……!」

 ルヴィは呻く。荒く呼吸し、苛立たしげに顔が歪んだ。
 反面、真白は表情を一切変えることなく、淡々と攻撃に対処していた。魔法に乱れはなく、まるで無限に魔力があるかのよう。

 明らかに消耗しているのは、ルヴィの方だった。

 おかしい。こんなはずではなかった。
 攻撃を防がれる度に、焦燥が募っていった。次第に冷静さを失っていく。

「……こうなったら」

 今まで避けていた、切り札を切ることを決断する。何故か使うべきではないと、本能が警鐘を鳴らしているが、もうそれ以外に手は無かった。

「月よ、染まれ。赤く紅く、鮮血のように!」

 明るく地上を照らしていた太陽がかげり、あっという間に夜が訪れる。まさに血のように赤く輝く月の光が、妖しく闇と混ざりあった。

 赤き月の光は、ルヴィのあらゆる能力を極限まで高める効果を持つ。
 ルヴィの体に、活力が戻ってくる。力は何倍にも増し、全能感すら感じていた。

「……ふふっ、ふふふふふふふ……」

 影だけではない、あちこちから、強化された眷属が湧き出てくる。数も力も、更に増している。捻れた角を持つ一体の異形が腕を振るうと、他の選手を何人も吹き飛ばした。

 ルヴィは口元を艶めかしく舌で舐め、残虐性の宿るその瞳を輝かせる。
 もう不安など無い、あるのはどう目の前の女を惨たらしく殺そうか、たったそれだけ。

――エルヴィーラ・エーベルトはこの世界において、間違いなく強者だ。溢れんばかりの才能に、それを十全に生かすことのできる環境。稀少かつ強大な力を持つスキルの数々。成長途中でありながら、すでにその実力はSSランクにも届きつつあった。いずれは歴代最強と言われる現魔王すらも追い越せるほどのポテンシャルを彼女は秘めていた。

 ……だからこそ、彼女は不幸だった。彼女が戦っている相手が何者なのか、全く知らなかったのだから。

 <人形狂い>と呼ばれた一人の転移者が、その生涯を費やして作り上げた最高傑作の素体に、世界を滅ぼすほどの力を持つSSS魔物の魔石を核として使用された人形が、どれほどの化物となるのか。

 彼女は、知らなかった。

 本来のルヴィであれば、最初の一撃を防がれた時点で切り札を切っていた。しかし、本能がそれを拒否した。

 

 たった、たった一言だ。真白は唱える。

「――『崩界』」

 変化はすぐに起きた。

 ボロボロと、空が崩れていく。弱々しい雄叫びを上げて、眷属たちが消えていく。
 あっけなく、ルヴィの世界が終わる。

「……えっ……?」

 再び現れた太陽が、茫然自失に立ち尽くすルヴィを照らした。
 それは誰が見ても、明確な隙。

「が……っ!」

 巨大なハンマーに殴られたような衝撃が、ルヴィの胴体を襲った。明らかに何かが折れた音がルヴィの耳に届く。だが、それを気にする暇などなかった。

 立ち上がろうとしたルヴィの体が、別方向からの衝撃に再び吹き飛ぶ。
 何度も何度も、ピンボールのように遊ばれ、その度に体から嫌な音が響く。

「……ぁ……」

 行動どころか、言葉を発することも許されないほど一方的。

 攻撃が終わる頃には、もはやルヴィは虫の息だった。息をする度に変な音が鳴り、片腕もあらぬ方向に曲がり使い物にならなくなっていた。

 それでもまだ、生きていた。

 吸血鬼の強い生命力に高レベルの強靭な体が、辛うじて命をつなぎ止めている。

「まだ……よ」

 血が溢れるのも無視し、歯を食い縛る。生成した大鎌を支えに、震える足を無理やり大地につけて力を込める。残された力を振り絞って、ルヴィは吠えた。

「……絶対に……殺してやるッ!」

 ルヴィは、立ち上がる。

 憧憬し、魅了され、初めて心から欲しいと願ったもののため。

 全ては、愛のために。

「マスターの敵は、私が排除します」

 やるべきことはただそれだけだと、真白はもう一度告げる。

 その瞬間、弾かれたようにルヴィは飛び出した。

「あああ゛あ゛ぁ゛ぁ゛!」

 死にかけとは思えないその気迫とともに、一瞬にしてルヴィは真白の眼前に姿を現した。虚をつかれたように、真白の眉が動く。

 全身全霊を込めて袈裟斬りに振られた大鎌は空気を裂き、真白に迫った。真白は冷静に、不可視の盾を張る。これが最後の攻撃になると、真白は分かっていた。何も問題はない、無様に力尽きたところにトドメを刺せばそれでおしまい。

「――!」

 大鎌が不可視の盾に当たる直前、霧散し虚空に消えた。闇が集まり、ルヴィの手の中に一本のナイフを作った。
 ここでのフェイントに、真白の反応が遅れた。

 ナイフはそのまま真白の胸へと吸い込まれ――胸の中央へと突き刺さった。心臓を、貫く。

 ……これで勝負は決した。そう、観客達は思った。者達を除いて。

 直後、ルヴィの体が吹き飛ばされて地面を転がった。

「……う、そ」

 顔を上げたルヴィは、目の前の光景が信じられない。
 完全に入った感触があった。致命傷になるはずだった。

「人間じゃ、ない……」

 予感はあった。心が見えず、おかしいとは思っていた。だけどまさか、心臓を刺されても平然としているとは思わなかった。
 真白に刺さっていたナイフが消える。傷口どころか服にも、穴はすでに見えなくなっていた。

 真白の上げた手に、恐ろしいほどの魔力が集まっていくのをルヴィは感じとる。
 今までの比ではない。食らえば、自分は跡形もなく消え去るであろうと予想できてしまった。

「終わり、ね」

 未だ、諦めきれない。自分の人生を懸けてもいいと思うほどに、シンヤが欲しかった。

 それでももう、終わりだ。
 たとえこの攻撃を凌げたとしても、放っておけばルヴィは死ぬだろう。それほどの傷を負ってしまっていた。

 涙で視界が滲む。意識が遠くなっていく。
 真白の魔力は高まり、魔法が放たれようとしているのがわかる。

 ルヴィが最後に感じたのは、己の中で未だ強くなり続ける、嫉妬の感情だった。

 結局何一つ手に入ることは無かった。唯一の取り柄でもあった戦闘も、無様に負けてしまった。きっとシンヤは、自分のことなんてすぐに忘れてしまうのだろう。そして幸せそうに、アイツらと笑うのだ。

 ――少しでも、悲しんでくれないかな。

 悔しくて、憎くて、その中に自分の姿は無いのが分かってしまって、涙が溢れそうになる。意識は薄くなっていくのに、感情が収まることは無かった。

「――真白――れ」

 掠れゆく意識の中でルヴィが聞いたのは、愛しい人の声だった。
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