人間不信の異世界転移者

遊暮

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憎悪と嫉妬の武闘祭(予選)

64話 疑惑と享楽

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 俺の肩を掴む、太く武骨な腕。
 気配も殺気も、何一つ感じなかった。
 動こうとするが、万力で押さえつけられたように微動だにしない。
 その一方で、彼女達の反応は素早かった。

「ごしゅじんさまっ!」

「離れる、ですっ!」

 俺の背後に立つ者を狙い、クウが繋いでいない方の腕を伸ばして振るい、全身に銀色の雷を纏ったリリーがダガーを持って突撃する。
 そして――

「私のマスターに触れるなあぁああああああ!!」

 ギルドが、空間が、いや、世界さえもが震えたように錯覚する。
 強烈な魔力の奔流が真白を中心に渦巻き、主人を守るという最上位の命令に従って行動を起こす。
 無詠唱で放たれた不可視の刃が、認識した敵の居た場所を空間ごと抉りとった。

「うおっ!」

 その場から飛び退いて躱したのか、肩にかかっていた重さが消える。
 俺もただ、見ているわけにはいかない。
 腰の両側に差した剣を引き抜こうと手を添えた。

「おい待て! ここで戦う意思はない!」

 振り向き、動きを止める。添えていた手を片方だけ外し、仲間達を制した。

「マスター!」

「待て、俺が許可するまで攻撃はするな」

 珍しく声を上げた真白に言い聞かせ、慎重に目の前の男を観察する。

 どこか近視感を感じる筋骨隆々の上に着た黒いスーツに、傷だらけの禿頭とサングラスで隠した多少の皺が見られる顔。
 ……どう見てもヤのつく部類の人物である。

「……鏡でも見てこい、これ以上ないってくらいの悪人面だ」

「うるせぇ! 気にしてることを言うんじゃねえ!」

 じゃあそんな格好するなよ。
 このままでは埒が明かないので、ここは失礼を覚悟で――【鑑定】。

---------------------------------------------------------- 
名前:アレクシス・ダウディ・プライセル
種族:人族
Lv:214
称号:SSランク冒険者 破壊神 破砕流師範
   資格者 冒険者ギルドマスター 愛妻家
<パッシブスキル>
身体強化(9) 精神耐性(7) 四属性耐性(6)
雷耐性(4) 氷耐性(3) 物理耐性(6) 痛覚耐性(7)
毒無効 麻痺耐性(6) 詠唱破棄 統率 忍耐 心眼
<アクティブスキル>
剛体術(8) 斧術(5) 火魔法(7) 土魔法(7)
気配察知(7) 家事(4) 威圧(7) 礼儀作法(2)
隠蔽(3) 直感 集中 鼓舞 鉄壁
<ユニークスキル>
崩神拳(8) 金剛不壊
---------------------------------------------------------- 

「二百っ……!?」

 絶句、とはこのことだろう。

「おっ、【鑑定】持ってんのか。だったら話ははええな。これで俺がどういう人間か分かっただろ?」

 見られたことをどこ吹く風と受け流し、アレクシスは、サングラスを外して不敵に笑った。





「考えなしに行動をするのは止めてくださいと、私は何度も言ってますよね?」

「……ああ」

「ああ? 返事は?」

「……はい」

「それでよろしい。良かったです、どうやらゴブリン並の知能は残っているようですね。てっきり髪と一緒に知能まで抜けていったのかと心配しましたよ」

「おい、頭のことは――」

「おい?」

「すみませんでした」

 メイド服に身を包み、くいッと眼鏡を上げる女性。
 目の前で土下座するアレクシスに平然と毒を吐いているところを見て、俺は引くと同時に真白がこんな性格じゃなくて良かったと心底感謝していた。

 場所は帝都冒険者ギルドの執務室。
 アレクシスに連れられて部屋に入ると、その場には鋭利な眼差しでアレクシスを射抜く、メイド服の女性が待ち構えていた。

 その女性を見ると、豪胆な態度だった二百レベルオーバーのギルマスは、即座に美しい土下座を披露。
 威厳など遥か彼方に置き去って、女性の説教を受ける哀れなオジさんに成り下がった。

 だが、俺達は誰一人として警戒を解いていなかった。ここまで来たのは、害を加えるつもりならば俺の肩に手をかけた時点で行動を起こしていただろうと、理解してのことだ。
 もしもあの時、この男にその気があったなら……俺は確実に、死んでいた。

 そう、死んでいた。
 あっさりと、無抵抗に、死んだことに気付くこともなかったかもしれない。
 油断していたのかもしれない。強力な仲間に守られていると、安心していたのかもしれない。
 仲間を信じるあまり、己で警戒するということを怠っていた。以前、慢心はしてはいけないと自分に言い聞かせていたはずなのに。

 改めて感じた死の恐怖と、自分のあまりの不甲斐なさに、心が静かに荒れ狂う。
 腰にしがみついたクウの頭を撫でて、感情をコントロールする。このままでは、まともな話ができない。

 それから数分後、俺がクウの癒しパワーで何とか平常心を取り戻すと、丁度毒舌メイドさんの説教も終わったようだった。
 女は項垂れるアレクシスの襟を掴んで執務室の椅子へと放り投げ、立ち尽くす俺達に一礼した。

「――さて、お待たせ致しました。お恥ずかしいところをお見せしてしまい、申し訳ございません。私は帝都副ギルドマスター、ラーレと申します」

 俺達の雰囲気を感じ取ったのか、部屋にあったソファーを一瞥してからそのまま話し始める。
 まあ、座るように進められても、今の状態で座るわけがないからな。

 とはいえこのまま無視するわけにもいかないので、ここは俺が代表して挨拶を返した。

「俺はシンだ。こっちは従魔のクウ、あと二人はパーティメンバーの真白とリリー……で、俺達はどうすればいいんだ? 言っておくが、ギルド内でのことなら謝らないぞ。この国では犯罪が多いと聞いていたからな。だからこいつらが攻撃したのも、立派な正当防衛だ」

 あくまで被害者はこっちだと、主張しておく。
 事実、ロスタル帝国は賭博などの娯楽や、物品の流通が激しく、文化も進んでいる分、後暗い人間も多く存在しているのだ。

「正当防衛……にしてはいささかやり過ぎかとは思いますが」

「これだけ顔が整っているんだ。奴隷として狙われるのを心配するのは当然だろ? 唯一の男である俺を殺せば、手に入ると考える奴も少なくないとおもうが」

 なるべく余裕を持っているように口を回し、もっともらしいことを語った。
 ……壊れた床代とか、請求されたくないのが本音である。

「なるほど……確かに一理あります」

 よし!

「じゃあ俺達はこれで――」

「待て」

 かけられた一言に、思わず舌打ちしたい気分になった。この調子で逃げれればと思ったが、そんなに甘くはないか。
 いつの間にか復活を遂げたアレクシスが椅子に座り直し、その後ろ側にラーレが控える。
 そして、重たそうに口を開いた。

「単刀直入に聞く。……アロンディア聖国の街の一つ、ブルクサックが滅んだ件について。シン、お前はどれだけ関わっている?」

「…………」

 一瞬、思考が完全に止まった。

 遅れて、ゆっくりと頭が回転し始める。
 ブルクサック……滅んだのはクウが癇癪を起こしたからだ。ああ、それは間違いない。だが生き残りは見た限りではいなかったはずだ。目撃者はいない。だが、こいつは今、と聞いた。
 つまり、何らかの情報によって……いや、でもどうやって――

「アルノルトは俺の弟子だった、と言えば分かるか?」

 糸が……繋がった。

「珍しい子供のような従魔を連れた、黒髪の人族の少年。聞いた特徴と一致しています。何より、ギルド証の最終更新日があの日と同じです」

「エッボは死んじまったが、有望株でもあるとあいつは言っていたよ。だからこそ、ピンときたわけだ。最初は生き残りだと思って話を聞くだけにしようと思ってたんだがな……さっきの攻撃、あれを見れば、お前らだけでもあの街くらいなら滅ぼせると考えている」

 なにより、と最後に言い、アレクシスは俺を見据えた。

「俺の勘が、お前達が関わっていると言ってんだよ」

 そう、断言した。

「…………」

 俺は喋らない。
 沈黙の中、決してアレクシスと目を外さないようにしてとにかく考える。
 捕まれば間違いなく死罪は免れないと、手に汗がにじむ。通信手段については半ば予想はしていた。だが、まさかあのなんの変哲も無い銅板のギルド証が、更新日まで記録できる魔道具だったのは想定外だ。
 今ここでこの二人を殺すか? いや、アレクシスの実力からして、ただで殺されてくれるはずがない。騒動になれば、増援が来るのは間違いない。むしろ、勝てるかどうかも分からないというのに。
 だったら逃げるか? いや、真白でも大人数の転移は発動にどのくらいの時間がかかるのか分からない。しかもその間は完全に無防備だ。今まで魔力をケチって実験してこなかったのが悔やまれた。

「で、どうなんだ?」

 黙る俺にしびれを切らしたのか、高圧的な態度でアレクシスは再度尋ねてくる。
 そこで気づいた。

 そうか、まだ決定的な証拠は何も無いのか。
 俺達はただの被害者で、生き残りであるという可能性もあるのだ。勘などでは逮捕の決め手になどなるはずもない。このまま有無も言わせず組織の一員を捕らえたとあっては、他の冒険者達の反感を買いかねない。
 自然と、笑みが漏れた。ピンチ? むしろこれは、楽しみを作るチャンスだ。

「……いや、知らないな」

 そう言ってやった。

「おい、嘘を付くんじゃ――」

「ブルクサックの街が滅びたなんて、たった今知ったところで驚いてるよ。まさか夕方に出た街が、その日のうちに滅びたなんてな。だから俺達は何も知らない。それに真白とリリーは、その後でパーティに加わったんだ。だから何も知るわけがないだろう。……なぁ?」

「はい、マスターのおっしゃる通りです」

「ですです」

 青筋がアレクシスの頭に何本も浮かんでいる。
 当然だ、弁明する俺の顔は、自分でも分かるほど笑っているのだから。

「では、あなた方が語ることは何も無いと?」

 憤怒で顔を赤くしたアレクシスに変わり、副ギルマスのラーレが話す。

「ああ、だって語りたくても、何も知らないんじゃ語りようがないだろ?」

「……分かった……用はそれだけだ。今すぐ帰れっ!」

 握りしめた拳から血を垂らして、言葉尻を荒くしてアレクシスが言い放つ。
 抑えていても感じる強い怒気と憎悪。リリーが尻尾を丸めて怯えるが、俺はこの部屋に入った時とは真逆で、とにかく愉快な気分だった。

「じゃ、これで失礼。困ったことがあれば、依頼という形であればどんなことでも協力させていただくよ。街を滅ぼすくらいのやつでも、な」

 去り際、大きく何かが壊れる音を聞いたが気のせいだろう。


 △ ▼ △ ▼ △ ▼ △ ▼ △ ▼ △ ▼ △ ▼ △


「ギルマス、あのまま返してよろしかったので?」

 原型を失い粉状になった机と、その衝撃を受けて穴の空いた床。その前で荒く息を付くアレクシスに、ラーレは冷えた目を向けながら話しかけた。
 だがその目とは裏腹に、その手には傷ついた手を治療するための包帯が握られている。

「……ああ」

「あなたの権限であれば、例え無罪の人間であってもはずでは? まさかその方法を思いつかないほど知能が無いわけではありませんよね?」

 そう言ったラーレに、アレクシスは鼻で笑う。

「……エッボは、多少ヤンチャなところがあったが決して悪いやつじゃなかった。アルノルトは、俺に憧れて努力して、一つのギルドを預かる立派なマスターにまで上り詰めた自慢の弟子だった」

「なら――」

「だったら! その落とし前は師匠の俺が付けてやらなきゃならねぇ! 正々堂々勝負して、アイツらを殺す! それが死んだアイツらへの、俺ができる唯一の手向けだろうが!」

 今から修行をしてくると言い残し、部屋を出て言ったアレクシスの背中を見て、ラーレはポツリとこぼした。

「……相変わらず、頭の悪い人ですね。私の旦那様は」
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