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憎悪と嫉妬の武闘祭(予選)
57話 森を抜けて
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「……やっと抜けた……」
リリーの村を出てから一週間と二日。
大陸の四分の一を占めるヴェグリーズ大森林の名は伊達ではなかったらしい。俺達が通ってたのはほんの表層でしかなかったが、どこを見ても森、森、森。いい加減うんざりしてきたところだった。
だがこの瞬間、道中で出くわす魔物も変わり映えせず、作業のように真白が駆逐する様子を眺めていただけのこの日々に、ようやく終わりを告げる時が来たようだ。
植物が刈り取られ、平らに慣らされただけの街道ではあるが、今の俺にはこの土色が何とも嬉しい。
「抜けたー!」
「抜けたですね」
リリーはいまいち反応が冷めている。一応森から出るのは初めてのはずなんだが、感動とか興奮のような感情は無いのだろうか。全くもって子供らしくない。
純粋無垢なクウを少しは見習え。
「リリー」
ていくつー。
「え……? ぬ、抜けたーです!」
俺の視線に気付いたリリーが、ぎこちない笑顔を浮かべながら言い直す。
「……よし」
俺が頷きを返すと、リリーはあからさまにホッとした様子で溜息を吐いた。
うんうん、子供は元気がないとな。
そこで、後ろにいた真白が呟く。
「私もやったほうがいいでしょうか?」
「……いや、真白はいいかな」
「私もいらないと思うです」
真白が無邪気に笑いながら叫ぶ姿を想像して、どうしてか全身に悪寒が走る。
リリーも同じ思いなのか、顔を青くして後ずさりしている。……そんなにか。
もしもそんな真白の姿を見れば、真っ先に故障を疑うだろう。
「かしこまりました」
真白は表情を変えることなく、淡々と返事をする。
「おいしー」
なお、クウは近くの木に実っていた果物を一人、嬉しそうに食べていた。
森を抜けたところで、丁度時間も昼を少し過ぎていたこともあり、俺達は昼食をとることにした。
街道から少し逸れた場所を見つけると、そこに真白が【空間魔法】で亜空間に収納していた大きなテーブルと、それを囲むようにして椅子を設置する。
「ごしゅじんさまー」
「ん?」
椅子に座った俺の所に、クウが笑顔を浮かべて走ってきた。
「これあげるー」
差し出してきたのは、さっきクウが食べていた果物だ。実っていた木はかなり高かったはずだが、自由自在に形を変えられるスライムの彼女にとって、腕を伸ばすことくらいは造作もないことだろう。
「おー、ありがとな」
手に取って見ると、小ぶりだが甘くて美味しそうだ。赤く熟しており、見た目は林檎に近い。
皮を剥いて食後に出すように言って真白にそれを渡すと、俺はキラキラとこちらを見つめるクウの両脇を抱え、自分の膝に載せた。
「わーい! んふ~……」
フードを外し、太陽の光を受けて天使の輪を作る空色の髪を、優しく撫でる。
クウも目を細めて、俺に体を預けている。
ポカポカと陽気な天気、クウから伝わる体温が心地良い。穏やかな風が髪を撫でては去っていく。
「……あぁ……」
クウがいなかったら、もっと森の中での道のりはストレスの溜まるものとなっていただろう。
この世界に来てテイムしたのが、本当に彼女で良かった。
幼女に【調教】という危険ワードは、この際置いておく。
「! ……様! シン様!」
「……ん?」
幸せな時間を噛み締めていると、ローブの袖が引かれるのを感じてそちらを見る。
リリーが、ピョンピョンと小さく跳ねながら手を大きく広げて何かをアピールしていた。……これは、自分もということか。
しばらく逡巡した俺は――
「嫌」
「ですっ!?」
きっぱりと断る。
リリーがショックを受けたのか、驚きに目を見開いた。
今はモフモフの気分ではない。感触だけの癒しではなく、全てにおいて癒されるクウで癒されたいのだ。
それに……リリーも癒されはするのだが、狼人族の習性なのか体の匂いを嗅いでくるのは遠慮してほしい。恥ずかしいというのもあるが何より、匂いを嗅ぐのが幼い少女なのである。通報されそうなレベルで絵面が酷い。俺の罪状に新たに一つ追加されそうだ。
「私も――」
「マスター、食事の用意ができました」
「おう。クウ、ご飯だぞ」
「ごはんー!」
「……まあいいです」
リリーの声に重なり、真白が俺の側に来て告げる。
どうやらもう食事が出来たようだ。
うん、流石は真白。テンプレの完璧メイドを地で行っている。
嬉嬉として自分の席に向かうクウと、反対に渋々と席に向かうリリーを横目に、俺は目の前に並べられた料理に目を向ける。
パン生地を薄く伸ばして焼いたようなものに、スパイスの効いた食欲を引き立てる匂いを放つ、黄土色をした粘度のある液体――
「カレーか!?」
「はい、村で仕入れた香辛料を元に、マスターの好みに合うように作りました」
「おぉ……!」
異世界の香辛料で作った、俺好みのカレー。なんて素敵な響きだろうか。
ゴクリ、無意識に唾を飲んだ喉が鳴る。
「ごしゅじんさま~」
「シン様ぁ……」
クウとリリーも限界のようだし、早速いただくとしよう。
両手を胸の前に合わせて。
「いただきます」
「「「いただきます(!)(です!)」」」
ちゃっかり席に着いた真白を加え、四人でカレーをいただく。
まずはスプーンでカレーを掬って一口。
ほどよい辛味と、中に入っている野菜と肉の旨みが舌を楽しませる。口の中でホロリと崩れる大きめの肉も、実に俺好みだ。
次に、用意されたパンのようなもの……この場合はナンでいいだろうか。をつけて、口に運ぶ。
僅かに香るバターの風味に、モチモチとした食感がこれまた美味しい。
今回はナンだったが、そのうち米と一緒に食べたいものだ。俺も日本人、二ヶ月以上も食べていないと、やはり恋しくはなる。
まあこの世界でも多少は高くなるものの、普通に食べられているので、入手は難しくない。
問題の金銭面も森で倒した魔物を換金すれば多少はお金になるので、後は街に行くだけだ。
みんなの様子を見ると、クウは口いっぱいに詰め込んでモグモグと口を動かし、リリーは俺の食べ方を真似しながらナンをカレーにつけて食べ……美味しさが分かったのかそれからは凄い勢いでつけては食べてを繰り返している。
「どうぞ」
既に食べ終わった真白から飲み物を受け取り、俺は食事を楽しんだのだった。
リリーの村を出てから一週間と二日。
大陸の四分の一を占めるヴェグリーズ大森林の名は伊達ではなかったらしい。俺達が通ってたのはほんの表層でしかなかったが、どこを見ても森、森、森。いい加減うんざりしてきたところだった。
だがこの瞬間、道中で出くわす魔物も変わり映えせず、作業のように真白が駆逐する様子を眺めていただけのこの日々に、ようやく終わりを告げる時が来たようだ。
植物が刈り取られ、平らに慣らされただけの街道ではあるが、今の俺にはこの土色が何とも嬉しい。
「抜けたー!」
「抜けたですね」
リリーはいまいち反応が冷めている。一応森から出るのは初めてのはずなんだが、感動とか興奮のような感情は無いのだろうか。全くもって子供らしくない。
純粋無垢なクウを少しは見習え。
「リリー」
ていくつー。
「え……? ぬ、抜けたーです!」
俺の視線に気付いたリリーが、ぎこちない笑顔を浮かべながら言い直す。
「……よし」
俺が頷きを返すと、リリーはあからさまにホッとした様子で溜息を吐いた。
うんうん、子供は元気がないとな。
そこで、後ろにいた真白が呟く。
「私もやったほうがいいでしょうか?」
「……いや、真白はいいかな」
「私もいらないと思うです」
真白が無邪気に笑いながら叫ぶ姿を想像して、どうしてか全身に悪寒が走る。
リリーも同じ思いなのか、顔を青くして後ずさりしている。……そんなにか。
もしもそんな真白の姿を見れば、真っ先に故障を疑うだろう。
「かしこまりました」
真白は表情を変えることなく、淡々と返事をする。
「おいしー」
なお、クウは近くの木に実っていた果物を一人、嬉しそうに食べていた。
森を抜けたところで、丁度時間も昼を少し過ぎていたこともあり、俺達は昼食をとることにした。
街道から少し逸れた場所を見つけると、そこに真白が【空間魔法】で亜空間に収納していた大きなテーブルと、それを囲むようにして椅子を設置する。
「ごしゅじんさまー」
「ん?」
椅子に座った俺の所に、クウが笑顔を浮かべて走ってきた。
「これあげるー」
差し出してきたのは、さっきクウが食べていた果物だ。実っていた木はかなり高かったはずだが、自由自在に形を変えられるスライムの彼女にとって、腕を伸ばすことくらいは造作もないことだろう。
「おー、ありがとな」
手に取って見ると、小ぶりだが甘くて美味しそうだ。赤く熟しており、見た目は林檎に近い。
皮を剥いて食後に出すように言って真白にそれを渡すと、俺はキラキラとこちらを見つめるクウの両脇を抱え、自分の膝に載せた。
「わーい! んふ~……」
フードを外し、太陽の光を受けて天使の輪を作る空色の髪を、優しく撫でる。
クウも目を細めて、俺に体を預けている。
ポカポカと陽気な天気、クウから伝わる体温が心地良い。穏やかな風が髪を撫でては去っていく。
「……あぁ……」
クウがいなかったら、もっと森の中での道のりはストレスの溜まるものとなっていただろう。
この世界に来てテイムしたのが、本当に彼女で良かった。
幼女に【調教】という危険ワードは、この際置いておく。
「! ……様! シン様!」
「……ん?」
幸せな時間を噛み締めていると、ローブの袖が引かれるのを感じてそちらを見る。
リリーが、ピョンピョンと小さく跳ねながら手を大きく広げて何かをアピールしていた。……これは、自分もということか。
しばらく逡巡した俺は――
「嫌」
「ですっ!?」
きっぱりと断る。
リリーがショックを受けたのか、驚きに目を見開いた。
今はモフモフの気分ではない。感触だけの癒しではなく、全てにおいて癒されるクウで癒されたいのだ。
それに……リリーも癒されはするのだが、狼人族の習性なのか体の匂いを嗅いでくるのは遠慮してほしい。恥ずかしいというのもあるが何より、匂いを嗅ぐのが幼い少女なのである。通報されそうなレベルで絵面が酷い。俺の罪状に新たに一つ追加されそうだ。
「私も――」
「マスター、食事の用意ができました」
「おう。クウ、ご飯だぞ」
「ごはんー!」
「……まあいいです」
リリーの声に重なり、真白が俺の側に来て告げる。
どうやらもう食事が出来たようだ。
うん、流石は真白。テンプレの完璧メイドを地で行っている。
嬉嬉として自分の席に向かうクウと、反対に渋々と席に向かうリリーを横目に、俺は目の前に並べられた料理に目を向ける。
パン生地を薄く伸ばして焼いたようなものに、スパイスの効いた食欲を引き立てる匂いを放つ、黄土色をした粘度のある液体――
「カレーか!?」
「はい、村で仕入れた香辛料を元に、マスターの好みに合うように作りました」
「おぉ……!」
異世界の香辛料で作った、俺好みのカレー。なんて素敵な響きだろうか。
ゴクリ、無意識に唾を飲んだ喉が鳴る。
「ごしゅじんさま~」
「シン様ぁ……」
クウとリリーも限界のようだし、早速いただくとしよう。
両手を胸の前に合わせて。
「いただきます」
「「「いただきます(!)(です!)」」」
ちゃっかり席に着いた真白を加え、四人でカレーをいただく。
まずはスプーンでカレーを掬って一口。
ほどよい辛味と、中に入っている野菜と肉の旨みが舌を楽しませる。口の中でホロリと崩れる大きめの肉も、実に俺好みだ。
次に、用意されたパンのようなもの……この場合はナンでいいだろうか。をつけて、口に運ぶ。
僅かに香るバターの風味に、モチモチとした食感がこれまた美味しい。
今回はナンだったが、そのうち米と一緒に食べたいものだ。俺も日本人、二ヶ月以上も食べていないと、やはり恋しくはなる。
まあこの世界でも多少は高くなるものの、普通に食べられているので、入手は難しくない。
問題の金銭面も森で倒した魔物を換金すれば多少はお金になるので、後は街に行くだけだ。
みんなの様子を見ると、クウは口いっぱいに詰め込んでモグモグと口を動かし、リリーは俺の食べ方を真似しながらナンをカレーにつけて食べ……美味しさが分かったのかそれからは凄い勢いでつけては食べてを繰り返している。
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