人間不信の異世界転移者

遊暮

文字の大きさ
上 下
70 / 95
憎悪と嫉妬の武闘祭(予選)

57話 森を抜けて

しおりを挟む
「……やっと抜けた……」

 リリーの村を出てから一週間と二日。
 大陸の四分の一を占めるヴェグリーズ大森林の名は伊達ではなかったらしい。俺達が通ってたのはほんの表層でしかなかったが、どこを見ても森、森、森。いい加減うんざりしてきたところだった。
 だがこの瞬間、道中で出くわす魔物も変わり映えせず、作業のように真白が駆逐する様子を眺めていただけのこの日々に、ようやく終わりを告げる時が来たようだ。

 植物が刈り取られ、平らに慣らされただけの街道ではあるが、今の俺にはこの土色が何とも嬉しい。

「抜けたー!」

「抜けたですね」

 リリーはいまいち反応が冷めている。一応森から出るのは初めてのはずなんだが、感動とか興奮のような感情は無いのだろうか。全くもって子供らしくない。
 純粋無垢なクウを少しは見習え。

「リリー」

 ていくつー。

「え……? ぬ、抜けたーです!」

 俺の視線に気付いたリリーが、ぎこちない笑顔を浮かべながら言い直す。

「……よし」

 俺が頷きを返すと、リリーはあからさまにホッとした様子で溜息を吐いた。
 うんうん、子供は元気がないとな。

 そこで、後ろにいた真白が呟く。

「私もやったほうがいいでしょうか?」

「……いや、真白はいいかな」

「私もいらないと思うです」

 真白が無邪気に笑いながら叫ぶ姿を想像して、どうしてか全身に悪寒が走る。
 リリーも同じ思いなのか、顔を青くして後ずさりしている。……そんなにか。
 もしもそんな真白の姿を見れば、真っ先に故障を疑うだろう。

「かしこまりました」

 真白は表情を変えることなく、淡々と返事をする。

「おいしー」

 なお、クウは近くの木に実っていた果物を一人、嬉しそうに食べていた。





 森を抜けたところで、丁度時間も昼を少し過ぎていたこともあり、俺達は昼食をとることにした。
 街道から少し逸れた場所を見つけると、そこに真白が【空間魔法】で亜空間に収納していた大きなテーブルと、それを囲むようにして椅子を設置する。

「ごしゅじんさまー」

「ん?」

 椅子に座った俺の所に、クウが笑顔を浮かべて走ってきた。

「これあげるー」

 差し出してきたのは、さっきクウが食べていた果物だ。実っていた木はかなり高かったはずだが、自由自在に形を変えられるスライムの彼女にとって、腕を伸ばすことくらいは造作もないことだろう。

「おー、ありがとな」

 手に取って見ると、小ぶりだが甘くて美味しそうだ。赤く熟しており、見た目は林檎に近い。

 皮を剥いて食後に出すように言って真白にそれを渡すと、俺はキラキラとこちらを見つめるクウの両脇を抱え、自分の膝に載せた。

「わーい! んふ~……」

 フードを外し、太陽の光を受けて天使の輪を作る空色の髪を、優しく撫でる。
 クウも目を細めて、俺に体を預けている。

 ポカポカと陽気な天気、クウから伝わる体温が心地良い。穏やかな風が髪を撫でては去っていく。

「……あぁ……」

 クウがいなかったら、もっと森の中での道のりはストレスの溜まるものとなっていただろう。
 この世界に来てテイムしたのが、本当に彼女で良かった。
 幼女に【調教】という危険ワードは、この際置いておく。

「! ……様! シン様!」

「……ん?」

 幸せな時間を噛み締めていると、ローブの袖が引かれるのを感じてそちらを見る。

 リリーが、ピョンピョンと小さく跳ねながら手を大きく広げて何かをアピールしていた。……これは、自分もということか。

 しばらく逡巡した俺は――

「嫌」

「ですっ!?」

 きっぱりと断る。
 リリーがショックを受けたのか、驚きに目を見開いた。

 今はモフモフの気分ではない。感触だけの癒しではなく、全てにおいて癒されるクウで癒されたいのだ。

 それに……リリーも癒されはするのだが、狼人族の習性なのか体の匂いを嗅いでくるのは遠慮してほしい。恥ずかしいというのもあるが何より、匂いを嗅ぐのが幼い少女なのである。通報されそうなレベルで絵面が酷い。俺の罪状に新たに一つ追加されそうだ。

「私も――」

「マスター、食事の用意ができました」

「おう。クウ、ご飯だぞ」

「ごはんー!」

「……まあいいです」

 リリーの声に重なり、真白が俺の側に来て告げる。
 どうやらもう食事が出来たようだ。
 うん、流石は真白。テンプレの完璧メイドを地で行っている。 

 嬉嬉ききとして自分の席に向かうクウと、反対に渋々と席に向かうリリーを横目に、俺は目の前に並べられた料理に目を向ける。

 パン生地を薄く伸ばして焼いたようなものに、スパイスの効いた食欲を引き立てる匂いを放つ、黄土色をした粘度のある液体――

「カレーか!?」

「はい、村で仕入れた香辛料を元に、マスターの好みに合うように作りました」

「おぉ……!」

 異世界の香辛料で作った、俺好みのカレー。なんて素敵な響きだろうか。
 ゴクリ、無意識に唾を飲んだ喉が鳴る。

「ごしゅじんさま~」

「シン様ぁ……」

 クウとリリーも限界のようだし、早速いただくとしよう。
 両手を胸の前に合わせて。

「いただきます」

「「「いただきます(!)(です!)」」」

 ちゃっかり席に着いた真白を加え、四人でカレーをいただく。

 まずはスプーンでカレーを掬って一口。
 ほどよい辛味と、中に入っている野菜と肉の旨みが舌を楽しませる。口の中でホロリと崩れる大きめの肉も、実に俺好みだ。
 次に、用意されたパンのようなもの……この場合はナンでいいだろうか。をつけて、口に運ぶ。
 僅かに香るバターの風味に、モチモチとした食感がこれまた美味しい。

 今回はナンだったが、そのうち米と一緒に食べたいものだ。俺も日本人、二ヶ月以上も食べていないと、やはり恋しくはなる。
 まあこの世界でも多少は高くなるものの、普通に食べられているので、入手は難しくない。
 問題の金銭面も森で倒した魔物を換金すれば多少はお金になるので、後は街に行くだけだ。

 みんなの様子を見ると、クウは口いっぱいに詰め込んでモグモグと口を動かし、リリーは俺の食べ方を真似しながらナンをカレーにつけて食べ……美味しさが分かったのかそれからは凄い勢いでつけては食べてを繰り返している。

「どうぞ」

 既に食べ終わった真白から飲み物を受け取り、俺は食事を楽しんだのだった。
しおりを挟む
感想 131

あなたにおすすめの小説

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

【本編完結済み/後日譚連載中】巻き込まれた事なかれ主義のパシリくんは争いを避けて生きていく ~生産系加護で今度こそ楽しく生きるのさ~

みやま たつむ
ファンタジー
【本編完結しました(812話)/後日譚を書くために連載中にしています。ご承知おきください】 事故死したところを別の世界に連れてかれた陽キャグループと、巻き込まれて事故死した事なかれ主義の静人。 神様から強力な加護をもらって魔物をちぎっては投げ~、ちぎっては投げ~―――なんて事をせずに、勢いで作ってしまったホムンクルスにお店を開かせて面倒な事を押し付けて自由に生きる事にした。 作った魔道具はどんな使われ方をしているのか知らないまま「のんびり気ままに好きなように生きるんだ」と魔物なんてほっといて好き勝手生きていきたい静人の物語。 「まあ、そんな平穏な生活は転移した時点で無理じゃけどな」と最高神は思うのだが―――。 ※「小説家になろう」と「カクヨム」で同時掲載しております。

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

タブレット片手に異世界転移!〜元社畜、ダウンロード→インストールでチート強化しつつ温泉巡り始めます〜

夢・風魔
ファンタジー
一か月の平均残業時間130時間。残業代ゼロ。そんなブラック企業で働いていた葉月悠斗は、巨漢上司が眩暈を起こし倒れた所に居たため圧死した。 不真面目な天使のせいでデスルーラを繰り返すハメになった彼は、輪廻の女神によって1001回目にようやくまともな異世界転移を果たす。 その際、便利アイテムとしてタブレットを貰った。検索機能、収納機能を持ったタブレットで『ダウンロード』『インストール』で徐々に強化されていく悠斗。 彼を「勇者殿」と呼び慕うどうみても美少女な男装エルフと共に、彼は社畜時代に夢見た「温泉巡り」を異世界ですることにした。 異世界の温泉事情もあり、温泉地でいろいろな事件に巻き込まれつつも、彼は社畜時代には無かったポジティブ思考で事件を解決していく!? *小説家になろうでも公開しております。

クラス転移で神様に?

空見 大
ファンタジー
空想の中で自由を謳歌していた少年、晴人は、ある日突然現実と夢の境界を越えたような事態に巻き込まれる。 目覚めると彼は真っ白な空間にいた。 動揺するクラスメイト達、状況を掴めない彼の前に現れたのは「神」を名乗る怪しげな存在。彼はいままさにこのクラス全員が異世界へと送り込まれていると告げる。 神は異世界で生き抜く力を身に付けるため、自分に合った能力を自らの手で選び取れと告げる。クラスメイトが興奮と恐怖の狭間で動き出す中、自分の能力欄に違和感を覚えた晴人は手が進むままに動かすと他の者にはない力が自分の能力獲得欄にある事に気がついた。 龍神、邪神、魔神、妖精神、鍛治神、盗神。 六つの神の称号を手に入れ有頂天になる晴人だったが、クラスメイト達が続々と異世界に向かう中ただ一人取り残される。 神と二人っきりでなんとも言えない感覚を味わっていると、突如として鳴り響いた警告音と共に異世界に転生するという不穏な言葉を耳にする。 気が付けばクラスメイト達が転移してくる10年前の世界に転生した彼は、名前をエルピスに変え異世界で生きていくことになる──これは、夢見る少年が家族と運命の為に戦う物語。

俺は善人にはなれない

気衒い
ファンタジー
とある過去を持つ青年が異世界へ。しかし、神様が転生させてくれた訳でも誰かが王城に召喚した訳でもない。気が付いたら、森の中にいたという状況だった。その後、青年は優秀なステータスと珍しい固有スキルを武器に異世界を渡り歩いていく。そして、道中で沢山の者と出会い、様々な経験をした青年の周りにはいつしか多くの仲間達が集っていた。これはそんな青年が異世界で誰も成し得なかった偉業を達成する物語。

クラス転移したからクラスの奴に復讐します

wrath
ファンタジー
俺こと灞熾蘑 煌羈はクラスでいじめられていた。 ある日、突然クラスが光輝き俺のいる3年1組は異世界へと召喚されることになった。 だが、俺はそこへ転移する前に神様にお呼ばれし……。 クラスの奴らよりも強くなった俺はクラスの奴らに復讐します。 まだまだ未熟者なので誤字脱字が多いと思いますが長〜い目で見守ってください。 閑話の時系列がおかしいんじゃない?やこの漢字間違ってるよね?など、ところどころにおかしい点がありましたら気軽にコメントで教えてください。 追伸、 雫ストーリーを別で作りました。雫が亡くなる瞬間の心情や死んだ後の天国でのお話を書いてます。 気になった方は是非読んでみてください。

処理中です...