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憎悪と嫉妬の武闘祭(本戦)
77話 想いは交錯する
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禿頭の男は声を押し殺しながらも、その瞳からは滂沱の涙を流す。
「くっ……うっ……」
己の判断のせいで、また大切な弟子を失ってしまった。それも、何人もだ。
これでは、先に逝ってしまった二人に申し訳が立たない。
渦巻く後悔の念は、とめどなく涙と共に溢れてくる。
男は一人ではなかった。
後ろでは、男と同じ黒いスーツに身を包んだ男達が、同じように腕で目を覆い、鼻をすする。
「お前達の仇は、俺が必ず……!」
やがて男は立ち上がる。
もう二度と、失わせてはいけない。これ以上、同じ思いをする者達を増やさないために。
決意を込め、拳を力強く握る。
その様子を、メイド服に身を包む眼鏡の女性がどこか心配そうに見つめていた。
轟々と白い飛沫を上げて水が落ちる。
その中に、目を閉じ坐禅を組む一人の男の姿があった。
「…………」
自然と一体化し、心を鎮める。
そうでもなければ、この猛る心が抑えきれなかった。
瞼の裏に焼き付いた強者達の姿を思い起こし、笑う。
強く。より、強く。
ただ男は、高みを目指す。
楽しそうに笑う子供達の声が響いていた。
「はい、これでもう大丈夫ですよ」
そう言ってシスター服の女性は柔和な笑みを浮かべた。その先にいた少女が無言で立ち上がる。
「……もう、行くのですか?」
「まだ……まだ……私はやれるから」
憔悴しきった様子の少女。魔法では精神は癒すことはできない。
止めても無駄だと分かってしまった女性は、痛ましげな目で少女を見た。
「……あまり無理をなさらぬよう」
怪我人を放っておくことができない性分とは言え、治療を申し出たのは間違いだったかもしれない。そう頭のどこかで思う女性は、せめて少女が救われることを祈る。
「……ありがとう」
金髪の少女が出ていく。いつの間にか机の上には、何枚か金貨が積まれていた。
少女が去って間もなく、入れ替わるようにして、仮面を付けた派手な男が部屋に入る。
「愛、かぁー。全く、人間というものは面白いねぇ」
女性が男に驚いた様子はない。少し呆れた眼差しで、仮面の男に声をかけた。
「ブルーノ、子供達は?」
「まだ外で遊んでるよ~。子供は疲れ知らずだからね」
いつも通り飄々とした姿に安心を覚える。だからこそ相談もしやすかった。
「そう……ねえ、私はどうしたらいいのでしょうか……?」
くくっ、と仮面の男は笑った。
「やりたいようにやればいいさ。あの人も、きっとそれを望んでる」
「…………」
女性は目を瞑り祈るように手を組む。
「その祈りは何に対してだい? 神々なんてアテにはならない。結局、全ては己の意思と選択次第だろう?」
「私の使命は……」
「まー、どっちみち金欠には変わりないから大会は勝ち進まないといけないけどねー」
「…………」
毒気の抜かれ、開かれた目はジト目だった。
「居候の分際でなかなか言いますね。あなたも稼ぐのですよ」
「予選突破はしたんだから賞金は多少貰えるだろう? 後は君が優勝すれば問題なーし! 子供達も僕も、豪華な食事に大喜びさ」
「……はあ、もう好きにしなさい」
「ふふ、まあ僕も楽しませてもらうさ」
仮面の男は上を見上げて腕を開く。
「さあっ! 楽しい楽しい戦いの幕開けだ!」
笑い声は、いつまでも続いていた。
「くっ……うっ……」
己の判断のせいで、また大切な弟子を失ってしまった。それも、何人もだ。
これでは、先に逝ってしまった二人に申し訳が立たない。
渦巻く後悔の念は、とめどなく涙と共に溢れてくる。
男は一人ではなかった。
後ろでは、男と同じ黒いスーツに身を包んだ男達が、同じように腕で目を覆い、鼻をすする。
「お前達の仇は、俺が必ず……!」
やがて男は立ち上がる。
もう二度と、失わせてはいけない。これ以上、同じ思いをする者達を増やさないために。
決意を込め、拳を力強く握る。
その様子を、メイド服に身を包む眼鏡の女性がどこか心配そうに見つめていた。
轟々と白い飛沫を上げて水が落ちる。
その中に、目を閉じ坐禅を組む一人の男の姿があった。
「…………」
自然と一体化し、心を鎮める。
そうでもなければ、この猛る心が抑えきれなかった。
瞼の裏に焼き付いた強者達の姿を思い起こし、笑う。
強く。より、強く。
ただ男は、高みを目指す。
楽しそうに笑う子供達の声が響いていた。
「はい、これでもう大丈夫ですよ」
そう言ってシスター服の女性は柔和な笑みを浮かべた。その先にいた少女が無言で立ち上がる。
「……もう、行くのですか?」
「まだ……まだ……私はやれるから」
憔悴しきった様子の少女。魔法では精神は癒すことはできない。
止めても無駄だと分かってしまった女性は、痛ましげな目で少女を見た。
「……あまり無理をなさらぬよう」
怪我人を放っておくことができない性分とは言え、治療を申し出たのは間違いだったかもしれない。そう頭のどこかで思う女性は、せめて少女が救われることを祈る。
「……ありがとう」
金髪の少女が出ていく。いつの間にか机の上には、何枚か金貨が積まれていた。
少女が去って間もなく、入れ替わるようにして、仮面を付けた派手な男が部屋に入る。
「愛、かぁー。全く、人間というものは面白いねぇ」
女性が男に驚いた様子はない。少し呆れた眼差しで、仮面の男に声をかけた。
「ブルーノ、子供達は?」
「まだ外で遊んでるよ~。子供は疲れ知らずだからね」
いつも通り飄々とした姿に安心を覚える。だからこそ相談もしやすかった。
「そう……ねえ、私はどうしたらいいのでしょうか……?」
くくっ、と仮面の男は笑った。
「やりたいようにやればいいさ。あの人も、きっとそれを望んでる」
「…………」
女性は目を瞑り祈るように手を組む。
「その祈りは何に対してだい? 神々なんてアテにはならない。結局、全ては己の意思と選択次第だろう?」
「私の使命は……」
「まー、どっちみち金欠には変わりないから大会は勝ち進まないといけないけどねー」
「…………」
毒気の抜かれ、開かれた目はジト目だった。
「居候の分際でなかなか言いますね。あなたも稼ぐのですよ」
「予選突破はしたんだから賞金は多少貰えるだろう? 後は君が優勝すれば問題なーし! 子供達も僕も、豪華な食事に大喜びさ」
「……はあ、もう好きにしなさい」
「ふふ、まあ僕も楽しませてもらうさ」
仮面の男は上を見上げて腕を開く。
「さあっ! 楽しい楽しい戦いの幕開けだ!」
笑い声は、いつまでも続いていた。
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