人間不信の異世界転移者

遊暮

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銀雷は罪過に狂う

51話 復讐の狼煙

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 リリーの父親のフェンリルと別れた俺達は、村に向けて森の中を歩く。
 突然のトラブルに驚きはしたものの、むしろいい結果になって大満足だ。俺の機嫌がいいことを察してか、手を繋いで隣を歩くクウも上機嫌に鼻歌を歌っている。

 勿論、ここが魔物が跋扈する危険な森であることに違いはないので、警戒は怠っていない。
 流石にフェンリルのような化物は出て来ないと思いたいが、何があるかは分からないからな。

 リリーは俺に担がれたまま沈黙を保っている。先程少し動いた様子だったので、意識はあるのだろう。彼女は今、何を考えているのか。
 それが手に取るように分かるのが、楽しくて嬉しくて、俺はクウと一緒に鼻歌を歌う。

 怒りや憎悪、悲しみといった負の感情や、恐怖や苦しみなどの理性ではなく本能によって引き起こされる感情の多くは、思考が直線的になりやすい。

 だから他人が信じられない俺はそれを好むのだ。他人に俺が信じられるものを求めて。
 例えそれがどんな形であっても、その先にどれだけの悲劇が待っていようとも。

 木々の向こうに村が見えた頃、魔法で近寄ってくる魔物を倒してくれていた真白が、何かに気付いたように目を少し細める。

「……マスター」

「どうした?」

「はい、実は――」

 寄り添うようにして耳打ちを受けた俺は、込み上げる笑いを堪えて口元を歪めた。





 雲が月を覆い隠し、地上が暗闇に閉ざされる。
 森の魔物も息を潜め、不気味な程に静かな夜だ。

 両親を殺した日も、確かこんな夜だったとベットに横になって思い出す。
 先程、リリーがこっそり出ていったのをバッチリ見届けた俺は、体にしがみつくようにして寝ているクウを起こし、自分も体を起こして立ち上がる。見れば、真白は既に玄関口で控えていた。

 家を出た俺達は、真白がリリーに付けていた監視の目がある位置を辿って追跡する。
 【気配察知】でもリリーを捉えた俺は、まだ寝ぼけ眼を擦るクウを真白に預け、一人その場所へと向かった。

「……リリー」

 村で生活に利用されている大きな川。その川辺から少し離れた場所の積み上がった石の前に、リリーは居た。
 気配で俺が来たことは分かっていたのだろう。後ろからの呼びかけに反応することなく、リリーはじっと、目の前の積まれた石を見つめている。

 ……墓、か。

「私は、死んだ方がいいのでしょうか」

 ふと、いつもの子供らしさが失われた口調で、リリーが呟いた。

 俺が返事をする前に続ける。

「命を大切にしないのは悪です」

 自嘲するように。

「私は、『正義』に反することはできない」

 したくないのではなく、できないのだと。

「だけどもし――命を断つことが『正義』なのだとしたら」

 言葉という鎖に縛られた幼い少女は、残酷な運命を受け入れる。

「……私を、殺して貰えませんか?」

 振り向いた彼女は、弱々しく笑った。

「…………」

 沈黙の中、水の音だけが夜の川原に流れる。
 俺は、目を瞑って大きく息を吐き出した。

 そして――

「分かった」

 返事をすると、懐から取り出したペインダガーでリリーの左肩を深く突き刺した。

「――ァ! ――!」

 声にならない悲鳴を上げるリリーから、ダガーを力任せに引き抜くと、そのまま足で傷口からリリーを蹴り倒す。

 そのままダガーを片手に、リリーが転がった方へと歩いた。

 肩から血をまき散らして地面を転がったリリーは、荒い息を吐きながら呻く。
 流石に子供相手にやり過ぎたかとも思ったが、ここで引くわけにはいかない。
 俺は、茫然自失しているリリーを見下ろす。

「痛いか? 当然、痛いだろうな」

「……どう、して」

 困惑を孕む、今にも消えそうなか細い声。

「躊躇わなかったことか? それとも一撃で殺さなかったことか?」

 多分、両方だろう。

「リリーも知っているだろ? 俺はそういう人間なんだよ」

 盗賊だけじゃない。人間を殺すのを楽しむ、最低最悪の人間だ。そんな俺を、リリーは悪だと、そう認識していた筈だ。

「あ、あ……」

「だから少しでも長く、楽しむに決まってる」

 そう告げた瞬間、リリーの目に確かな恐怖が映った。

「……い、や」

「リリーは」

 一拍置いて、俺は話す。

「それで満足なんだろ? 馬鹿にされて、虐められて、何一つ自分の意思を持たずに、ただ死んだ母親の言葉に従って無意に生きて、こんな風に惨めな死を迎える」

 ギリッと、歯を噛み締める音が聞こえた。

「――だって! 私じゃ無理なんですよ! シンさん達のような力もない、何より! 自分の『正義』に沿ってでしか生きられないんです!」

 無理だろう。村の全てを敵に回して、平気でいられるような人間なんて、希少な部類に入ると思う。ましてや、彼女はまだ子供だった。

 だが――

「それは一人だった時の話だろ?」

「……え……」

 我ながら、クサイ台詞だ。

「俺が肯定してやる。リリーがどんな選択をしても、それが『正義』かどうかは、俺が決める」

 他人を信じず、少し前まで一人だった俺が言うことかと、内心で自嘲する。
 それでも、彼女にはしるべになる存在が必要だった。

「……本当……ですか?」

「本当も何も、もうお前の命は俺のものだ。だったら何も問題ないだろ? ……それともこのまま死んでみるか?」

 俺が少しおどけた口調で言うと、リリーはくすりと笑う。
 初めて見た、本心からの笑顔だ。

 俺は懐から、真白に貰った上級ポーションを取り出すと、リリーに渡す。

「……ありがとです」

 やったのは俺だけどな。
 あとリリー、口調も安定してないぞ。

 ポーションを飲み、傷を癒したリリーがおもむろに立ち上がった。

「リリー、これやるよ」

「……」

 俺が差し出したペインダガーを、リリーは無言で受け取ると大事そうに胸に抱えて家の方角へと歩き出す。
 その足取りに迷いはない。その後ろを、俺も黙って追う。

 村へとあと少し、という所で、リリーが振り向くと、黄金の瞳が俺を見据えた。

「明日、一度村のみんなと向き合ってみるです。シンさん、見ててくれますか?」

 濁った瞳の奥に見える、強い決意の光。

 そうじゃない、とは言わない。
 ああ、分かっている。まだ彼女は心のどこかで信じている。人間の善性を。
 彼女の『正義』は、このくらいで壊れる程、柔なものではない。
 必要なのは、決定的な一押しだ。

「ああ、しっかりと」

 であれば、何も問題はない。

――既に、賽は投げられているのだから。

「……え」

 前を向いて再び歩き出したリリーは、すぐに異変に気付いた。
 家の方角、オレンジに染まった、その空に。

「――ッ!」

 いつになく焦った様子で走り出したリリーの背中を、俺は歩いて追う。
 もしも今の俺の姿を見た人間がいたのならば、楽しそうな足取りだったと言うかもしれない、なんて想像しながら。

 楽しみだ。これ程愉快な気分になったのは、両親を殺した時以来かもしれない。

 これより始まるのは、不幸な少女の復讐劇。

 押し付ける、自分勝手な『正義』を。
 俺という免罪符は、オマケでしかない。決めるのは彼女自身だ。

 誰からも望まれず、疎まれた彼女は、『正義』の元に裁きを下す。


 轟々と燃え盛る家の前、一人の少女の慟哭が夜空に響き渡った。
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